迷いの森 - 6
語り:ダリウス・エルネスト
アルシアはロバを引きながら、振り返りもせずに歩き出した。
「あんたらの長い話とやら、聞こうかね?」
落ち着いた調子だ。
だが歩みは一定で、迷いがない。
セラが口を開いた。
自分が何者か。
父のこと。
聖環を渡されたこと。
帝国へ渡ったこと。
殺されかけたこと。
俺とミレイユと出会い、旅をし、見聞きし、身をもって味わってきた出来事を、順を追って語る。
森は静かだ。
ロバの蹄の音だけが、規則正しく地面を打つ。
やがてセラは声を落とした。
「……あなたの娘、水の魔女、フレヤが腕を斬られて、フランカ帝国軍に連れ去られるのを……私たちは間近で見ていたの。」
遠慮がちに告げる。
アルシアは足を止めなかった。
ただ、大きく息を吐いた。
「リンドンってのは、つくづく罪な街だよ。」
振り返らず、呟く。
俺は思い出す。
フレヤとルキウスのやり取り。
街を焼かねば出てこない、と言った男。
“私のリンドン”と呼んだ女。
セラも同じ記憶に触れたらしい。
「フレヤは、リンドンを“私のリンドン”って呼んでいたわ。
ルキウスは、街を火の海にでもしなければ出てこないと思っていた、と。」
アルシアの肩がわずかに揺れた。
「娘の“相方”は、リンドンを愛していた。
それが凶と出ちまったね。」
相方。
フレヤが愛した男。
水の聖環の、生贄。
「娘の選んだ道とはいえ……助けてやれなかったのは、辛いもんさ。」
声は静かだ。
だが、滲むものがある。
俺は問う。
「リンドンで起きたことは、知っているのか?」
「何が起きたかは知らないよ。」
即答だった。
「だが、娘に何があったかくらいは分かる。
婆さんとはいえ、魔女なんでね。」
誇るでもなく、ただ事実のように言う。
「……では、水の魔女は今どこにいるか分かるのか?」
「知っているさ。」
あっさり。
「拘束されたまま、海を渡るようだね。」
胸が重くなる。
「フランカ帝国に連れていかれる、ということか。」
「ルキウス・ヴァルメインの目的は、エリアス・ヴァルメインに“生きた聖環”を渡すことさ。」
――生きた聖環?
「そのためには、エリアスが身に着けるまでは、本来の保持者が生きていなきゃならない。
だから娘は死なずに済んでいるのさ。」
裏を返せば、保持者が死ねば聖環は力を失う、ということか。
セラが口を挟む。
「私は……指を切り落とせと言われたわ。」
アルシアは鼻で息を鳴らした。
「生きた聖環を奪うなら、肉を穿るしかないからね。
あんたも娘の……酷い連中に目をつけられたもんだよ。」
森が深まっていく。
木々の間隔が狭くなり、光が薄くなる。
風が通らない。
音が吸われる。
踏みしめる落ち葉の音さえ、どこか遠い。
ロバの背で眠るウェアウルフは、微動だにしない。
俺は横目で見る。
酩酊しているというが、戻らない。
酔いが覚めれば、また暴れるのか。
森の奥へ進むにつれ、空気が重くなる。
やがて。
木々の隙間の向こうに、小屋が見えた。
苔むした屋根。
煙突から細く立つ煙。
木々が小屋を囲うように立っている。
迷いの森の奥に、不思議と溶け込んだ小さな家だった。




