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聖環  作者: 北寄 貝


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迷いの森 - 4

語り:ダリウス・エルネスト

 ウェアウルフの牙を躱し、地を転がった瞬間、横から影が割り込んだ。

 鵺だ。

 体当たりの衝撃でウェアウルフが横へ弾かれる。

「ダリウス、下がって! 鵺が相手するから!」

 セラの声。

 一瞬だけ逡巡する。

 だが退く。

 今は俺が前に出る場面ではない。

 ウェアウルフが低く唸り、再び踏み込む。

 速い。

 だが、鵺のほうがわずかに上だ。

 半身で躱し、前脚で脇腹を払う。

 浅い。

「……お願いだから、目を覚ましてよ……」

 セラの祈りのような声が、風に紛れる。

 その瞬間、鵺の動きがほんのわずかに鈍る。

 ウェアウルフが二足で跳び、上段から爪を振り下ろす。

 鵺は四足で滑るように地を裂き、すれ違う。

 尾がしなる。

 尻尾の蛇が鋭く伸び、太腿へ噛みつこうとする。

 ウェアウルフは反射的に跳び退く。

 牙は空を噛んだ。

 交錯。

 爪が空気を裂き、毛が舞う。

 ウェアウルフの攻撃は荒い。

 力任せだ。

 鵺は急所を避け、肩、前腕、腿を叩く。

 崩しに徹している。

 だが暴走するウェアウルフは躊躇がない。

 踏み込み過ぎた。

 ウェアウルフの重心が前に流れる。

 鵺が前脚で胸を押し、同時に蛇尾が足首へ絡む。

 体勢が崩れる。

 倒れかけた瞬間、鵺が背後へ回る。

 前脚で肩を押さえ、後脚で下半身を固定。

 蛇尾が腕へ絡む。

 地面に押さえ込む。

 唸り声が森を震わせる。

 だが、動けない。

 制圧は完了した。

 ウェアウルフは暴れる。

 爪で地を抉り、牙を剥く。

 だが鵺の拘束は解けない。

 俺とセラは、ただ立ち尽くしていた。

 ここからどうする。

 頭の奥で、最悪の選択肢が形を持つ。

 殺すしかないのか。

 考えただけで、胃が冷える。

 口にする気もない。

 実行に移す気など、さらさらない。

 セラを見る。

 彼女もただ、押さえ込まれたウェアウルフを見つめているだけだった。

 祈ることしかできない顔。

 そのとき。

 背後で枝が揺れた。

 反射的に振り向く。

 ――さっきの猿か?

 剣を構えかけて、止まる。

 そこにいたのは、ロバに乗った老婆だった。

 灰色の粗末な外套をまとい、背は小さく丸まっている。

 白銀に近い髪をきちんと後ろでまとめ、細い顎の線はどこか気品を残していた。

 皺は深いが、目は澄んでいる。

 年老いた身体に似合わぬ、静かな芯の強さがある。

 ロバはのんびりと草を噛み、老婆はその上からこちらを見下ろしていた。

 森のざわめきが、遠のく。

 あまりに場違いだ。

 だが違う。

 場違いなのは、俺たちのほうかもしれない。

 直感した。

 ――この人が、魔女だ。

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