迷いの森 - 2
語り:ダリウス・エルネスト
セラが右手を掲げた。
「来い、私の風!」
落ち葉が巻き上がる。
渦の中心で空気が裂け、低い唸り声とともに鵺が現れた。
枝の上、影が増える。
「一体、何匹いるのかしら。」
数は読めない。
だが、こちらの“手”が足りないことだけは分かる。
セラと鵺は問題ない。
俺も迎撃に徹すれば持ちこたえられる。
問題は――ミレイユだ。
守りながら戦えば、隙ができる。
隙は、死に直結する。
「私……やります。」
ミレイユの声がした。
見れば、迷いはあるが逃げてはいない。
……覚悟はできている、か。
本当は使わせたくない。
だが、今は俺の感情より戦力が優先だ。
「……頼む。」
短く言う。
「ローズさんが強くしてくれたから。きっとやれます。」
ノルドハイムで強化された魔化の指輪。
理屈は理解している。
だが実戦は初だ。
しかもミレイユが制御できないという条件は変わらない。
そこまで考えて、打ち消す。
やるしかない。
「聞いてくれ。」
俺は武器を剣に持ち替え、素早く指示を出す。
「制御不能なウェアウルフは遊撃。割り切ろう。
俺とセラと鵺は基本迎撃。危なくなったら鵺で拾う。
大丈夫。猿に人間が負けるわけない。」
二人がうなずく。
「魔化!」
骨が軋む音。毛が逆立ち、体躯が膨れ上がる。
次の瞬間、そこにいたのはウェアウルフだった。
猿たちが一斉に鳴いた。
そして降ってくる。
雨のように。
最初の一匹が地に触れるより早く、ウェアウルフが動いた。
速い。
牙が喉を裂き、鉤爪が腹を断つ。
五匹が、ほとんど同時に倒れる。
強い。
目が追いつかない。
右から十匹。
鵺が跳ぶ。
雷のように枝を渡り、八匹を引き裂く。
撃ち漏らしが二匹、セラへ。
俺は踏み込む。
一匹を横薙ぎに断ち、もう一匹の胸を突き上げる。
血と紫の霞が混ざる。
構えは崩さない。
「……ミレイユが、すごいな。」
思わず漏れる。
速度が段違いだ。
「すごいというか、不安になる強さだわ。」
セラが低く言う。
同感だ。
ウェアウルフは幹を駆け上がる。
重力を無視したような動きで枝を渡り、残った猿を切り裂く。
死骸がいくつも落ちる。
紫の霞が森を満たす。
あの強さ。
敵だけを選んでいるうちはいい。
だが――
この力が、猿だけで済めばいいが。
セラが不安がるのも無理はない。
だが今は、考えるな。
まずは生き延びることだけだ。




