敵味方 - 5
語り:ミレイユ・カロ
「愚か者!」
サムの怒声が接見の間に響いた。
隊長がはっと息を呑む。
「サム様、奴こそが暴動の旗頭にございます!
やはりカンタベリオンの回し者――あの女を殺さねば暴動は治まりませぬ!」
「黙れ!」
肘掛けを叩く音が乾いた。
「お前のような短慮な者がいるから、この騒ぎが起きたのだ。下がれ!」
隊長は言葉を失い、顔を紅潮させたまま一歩退く。
先ほどまでの勢いは、見る影もない。
サムは大きく息を吐き、背もたれに体を預けた。
肩が重く落ちる。
背もたれに沈み込み、首の力まで抜けている。
「サムグリおじさま……」
セラが心配そうに声をかける。
「君の父親のせいで散々だよ。」
サムは吐き捨てるように言った。
「徹夜で戦って、戻ればこれだ。
さすがに頭も回らん。」
その疲労は本物だった。
セラは何か言いかけて、言葉を飲み込む。
その沈黙を破ったのは、ダリウスだった。
「ちょっといいか?」
場違いなほど穏やかな声。
サムが投げやりに顎をしゃくる。
「何だ。言ってみよ。」
「まずは民衆に食糧を配ったほうがいい。」
接見の間の空気が、わずかに揺れた。
「リンドンへの攻撃は未明から始まっている。
夜が明けて久しい。
そろそろ腹も減る頃だ。
領主が先頭に立って食糧を配れば、人心は多少なりとも落ち着くだろう。」
淡々とした口調だった。
確かに、お腹が減っていては心が乱れるだけだ。
私のお腹も、きゅうと鳴りそうになった。
サムはしばし黙り、そして小さく頷く。
「そうか……まず民を食わせねばならんな。」
「なりませぬ!」
隊長が食い下がる。
「暴動の最中に街へ赴かれるなど危険すぎます!
魔女どもはサム様を民に害させようと企んでいるのです!」
サムの目が冷たくなる。
背後で槍を向けていた兵士に向かって言った。
「その者たちはもうよい。
こいつを牢に放り込んでおけ。」
一瞬、兵士たちがざわめく。
槍の穂先が、私たちから下げられた。
「サム様は騙されておられるのです!」
隊長が血走った目で叫び、セラに向かって踏み込む。
だが、その前に動いた影があった。
ダリウスだ。
横から鋭い蹴りが隊長の脇腹に入る。
隊長は呻き声とともに横倒しになった。
起き上がろうとする手を、さらに蹴る。
剣が床に落ち、乾いた音を立てる。
ダリウスはその剣を遠くへ蹴り飛ばした。
すぐに、先ほどまで私たちを拘束していた兵士たちが槍を向け、隊長を囲む。
「動くな。」
短い命令。
「サム様ー!」
叫ぶ声が虚しく響く。
サムは目を閉じ、低く言った。
「さっさと連れていけ。」
隊長は取り押さえられ、引きずられるように退場する。
扉が閉じる音が、やけに大きく聞こえた。
接見の間の空気は、まだざわついている。
私は、自分の鼓動が早まっているのを感じていた。
落ち着かない。
「恥ずかしいところを見せてしまったな。」
サムが苦く笑う。
ダリウスが肩をすくめる。
「彼も戦い通しだったのだろう。ひと眠りすれば落ち着くさ。」
サムはダリウスをじっと見つめた。
「……助言、痛み入る。」
それからセラへ向き直る。
「君とは話すことが山ほどある。
だが、まずは彼の言うように人心を安定させねばならん。
部屋を用意するから、しばらく待っていてくれ。」
「分かりました。」
セラが静かに頷く。
接見の間に残った兵士のひとりが、おそるおそる口を開いた。
「しかし……やはり危険では……」
サムは真っ直ぐに言い返す。
「民あっての領主ぞ。民を恐れる領主がどこにいる。」
兵士は深く頭を下げた。
「申し訳ございません。」
私は、サムの横顔を見た。
疲労と責任と、焦りと覚悟。
なんだか、少しだけ――
気の毒に思えてきた。




