敵味方 - 1
語り:ミレイユ・カロ
地面に転がった人々から、うめき声があがっていた。
「目が……回る……」
「気持ち悪い……吐きそうだ……」
石畳に伏したまま、兵も民も区別なく呻いている。
その中に、別の声が混じりはじめた。
「魔女だ……」
「魔女がいるぞ……!」
その言葉が、風の残り香のように、じわじわと広がっていく。
私は思わずセラを見た。
彼女はほんの一瞬、居心地の悪そうに眉をひそめた。
だがすぐに視線を伏せる。
「……行きましょう。」
それ以上何も言わず、私たちを促す。
私たちは橋を渡り、リンドン南部へ入った。
橋の向こうは、先ほどの混乱とは別の光景だった。
石造りの倉庫は黒く煤けてはいるものの、形を保っている。
だがその間に並ぶ木造家屋は、骨組みだけを残して崩れ落ちていた。
まだ火の勢いが衰えていない家もある。
梁が崩れ、火の粉が夜気に舞い上がる。
ロブソン川から水を汲み、桶を抱えて走る人々の姿が見えた。
顔も衣も灰にまみれ、必死に炎へ水を浴びせている。
胸が、きゅっと締めつけられた。
「……内輪揉めしてる暇があるなら、火を止める方に力を使えばいいのに。」
セラが低く吐き捨てる。
その声には苛立ちよりも、疲労が滲んでいた。
私たちは郊外へ向かって歩を進める。
そのとき、地面を打つ重い音が響いた。
規則正しく、速い。
馬だ。
振り返ると、武装した騎兵たちがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。
槍を掲げ、胸当てをきらりと光らせている。
「端へ。」
ダリウスが短く言う。
私たちは道を開けた。
騎兵たちは砂煙を上げて通り過ぎる。
誰一人こちらを見ない。
ただ前だけを見ている。
緊急の伝令か、それとも鎮圧か。
遠ざかる蹄の音を聞きながら、ダリウスがぽつりと口を開いた。
「そういえば……グリーブス軍はカンタベリオン軍と戦っていたと言っていたな。」
「ええ。」
セラが短く返す。
「ということは、帝国軍はカンタベリオン軍と合流して、あちら経由で帝国へ戻る可能性が高い。」
ダリウスは歩きながら続けた。
「なら、軍より先にカンタベリオンに入りたいところだ。」
私は思わず問い返す。
「なぜですか?」
ダリウスが、わずかに口ごもる。
「それは……」
その瞬間だった。
さきほど通り過ぎた騎兵たちの蹄の音が、再び近づいてくる。
速い。
振り向いたときには、もう目の前だった。
砂を蹴り上げ、騎兵たちが私たちの前で一斉に手綱を引く。
馬がいななき、前脚を高く上げた。
剣帯が鳴る。
私たちの行く手を、半円を描くように塞ぐ。
騎兵の一人が、兜越しにこちらを見下ろした。
「貴様ら――」
その声は、命令を告げる前の、冷たい硬さを帯びていた。




