市街地戦 - 5
語り:ミレイユ・カロ
「私のリンドンに、ずいぶんひどいことをしてくれたわね。」
フレヤ――そう呼ばれた水の魔女は、六本腕の全てに剣を持つ魔物のようなルキウスを見据える。
「こうでもしなければ出てこないと思ってな。」
ルキウスがニヤリとした。
「あなたのそういうところが嫌いなのよ。」
フレヤの言葉に反応したかのように、ヒュドラが仕掛ける。
八つの首のうち、二つが同時に反り返る。
喉が膨らみ、空気が震えた。
「来る……!」
水柱が一直線に走る。
橋の石畳が抉れ、欄干が砕け、帝国兵がまとめて弾き飛ばされた。
水ではない、刃のような圧力だった。
だが、その直線の軌道から、ルキウスの姿は消えていた。
水柱が通り過ぎたあと、橋の中央門の陰から六本の腕が現れる。
次の瞬間、ルキウスが踏み込んだ。
六本の剣が、順に閃く。
一閃、二閃、三閃。
首の一本が斬り落とされる。水飛沫とともに宙を舞い、石畳に叩きつけられた。
だが――
切断面から、水が噴き上がる。
首が、再び生える。
私は息を呑んだ。
「再生……」
セラが小さく呟く。
ヒュドラの首は、一本失ってもすぐに補われる。
斬っても、減らない。
だがルキウスは退かない。
水鉄砲が再び放たれる。
今度は横薙ぎ。
橋上の建物の壁が削れ、瓦が崩れ落ちる。
悲鳴が広がる。
群衆が一斉に後退した。
私は押され、よろめく。
「ミレイユ、下がれ!」
ダリウスの声。
だが、目が離せなかった。
ヒュドラの四本の首が同時に噛みつく。
六本の剣がそれを迎え撃つ。
金属と鱗がぶつかる音が、橋を震わせる。
ルキウスは、同時にすべてを相手にしていない。
順に斬り、順に逸らし、順に距離を取る。
連続だ。
六本の腕が、途切れることなく動き続ける。
一本の首が背後から襲いかかる。
ルキウスは振り向かない。背中の腕が独立して刃を振るい、首を弾き返す。
「……」
ダリウスが、何も言わずにそれを見つめている。
ヒュドラの残る首のうち二つが、再び喉を膨らませる。
水柱が二本、交差するように放たれた。
橋の石が砕け、中央部に溝が刻まれる。
帝国兵がさらに吹き飛ぶ。
ルキウスは一瞬で間合いを詰める。
六本の刃が回るように振るわれる。
一つの首を斬り、再生を始めたその瞬間を狙い、もう一つを斬る。
再生の隙を、削る。
だが完全には押し切れない。
ヒュドラの体躯は、橋の半分を占めていた。
尾が石畳を叩くたびに、建物が軋む。
橋が、持つのだろうか。
私は、橋の下を流れるロブソン川を思った。
もし崩れれば、すべてが飲み込まれる。
フレヤは動かない。
ヒュドラの背で、静かに立っている。
その視線は、ただルキウスだけを射抜いている。
次の瞬間、ヒュドラの三本の首が同時に襲いかかる。
六本の剣が交差する。
斬撃が鱗を裂き、水が弾ける。
だが、徐々にルキウスの刃が空を切るようになる。
「元帥が……負けるのか……」
ダリウスが信じられないといった表情で低く呟いた。
確かに。
斬っても斬っても、減らない。
首が再生するたび、水が橋上を濡らし、足場を奪っていく。
ヒュドラの四本の首が一斉に喉を膨らませた。
轟音。
水が石を裂く音。
金属がぶつかる音。
誰かの叫び。
六本の腕が、水柱の間を縫うように動いていた。
ルキウスは、まだ立っている。
「退くな。」
フレヤは押し切るつもりだ。
このままいけば――
周囲が、ヒュドラの優勢にざわつき始めた。




