市街地戦 - 4
語り:ミレイユ・カロ
煙はまだ街路を這っていた。
夜と朝の境目が曖昧なまま、ロブソン川へ続く通りは混乱に満ちている。
「橋に向かうぞ。」
ダリウスの声は低いが迷いがない。
私たちはロブソン川を渡河する橋に急ぐ。
曲がり角をひとつ抜けたところで、槍を携えた帝国兵五人と出くわした。
「うわっ、本当にダリウスだ!」
ジロッティの声が届いていたのだろうか。
ダリウスが前へ出る。
「俺の後ろに。」
兵の一人が踏み込んだ瞬間、ダリウスの剣が閃いた。
槍の穂先が弾かれ、返す刃が腕を裂く。悲鳴。
もう一人が横から突く。
ダリウスは身体を半歩ずらし、柄で払って体勢を崩させ、そのまま手元へ浅く斬りつけた。
槍がカランと落ちる。
「退け。」
冷たい声に、残る兵は逡巡した。
そこへセラが一歩出る。
右手がわずかに上がると、足元に小さな風が渦を巻いた。
砂と煤が舞い上がり、兵の視界を奪う。
私たちはその隙に走った。
火事から逃げてきたと思しき市民の数が、川に近づくにつれ増えてきた。
やがて、視界が開けた。
ロブソン川。
広い水面が、煙に霞んでいる。
そして、その上に架かる巨大な石橋。
両側に建物が並び、中央に塔のような門を持つ、分厚い橋。
だが、橋の上は帝国軍で埋まっていた。
整然と並ぶ槍。
門の前に立つ黒い外套の騎士たち。
群衆は橋の手前で押しとどめられ、通行を制限されている。
「やはり橋は押さえられたか。」
ダリウスが低く言う。
そのとき、川の上流からざわめきが広がる。
「船だ。」
人々が指さす。
小舟が一隻、ゆっくりと下ってくる。
舟上には中年の女性が立っている。風に揺れる外套。
その姿は、静かだった。
「魔女だ! 水の魔女が助けに来てくれたぞ!」
誰かが叫んだ。
橋上の騎士たちがざわつく。
だが、中央に立つ男は動かない。
ルキウス・ヴァルメイン。
ただ川面を見下ろしている。
舟が橋の中央アーチの真下に差しかかった瞬間、川面が盛り上がった。
水が爆ぜ、巨大な影が立ち上がる。
八つの首。
濡れた鱗。
咆哮。
ヒュドラ。
巨体が弧を描き、橋の中央へと叩きつけられる。
石畳が砕け、建物が軋む。
帝国兵が吹き飛ぶ。
魔女と呼ばれた女性はその背に立ち、橋上を見渡した。
ルキウスと視線が交わる。
「久しいな、フレヤ。」
ルキウスの声は静かだった。
フレヤ、魔女の名前だろうか。
なぜルキウスはそれを知っているのだろう。
橋上はそんなことをのんきに考えている余裕をくれなかった。
ヒュドラの八つの首が一斉に開く。
喉が膨らむ。
私は息を呑んだ。
次の瞬間、橋を貫く直線の水柱が放たれた。
石が削れ、兵が弾き飛ばされる。
「ぐあぁぁぁぁ!」
「いいぞ! やっちまえ!」
帝国軍の、避難民の、様々な声の喧噪に包まれる。
水飛沫の中、ルキウスは一歩も退かず、外套を脱ぎ捨てた。
背中の布地が、内側から押し広げられる。
肩甲骨のあたりが不自然に盛り上がり、肉が裂ける音がした。
そこから二本の腕が生えた。
さらに二本。
腕は六本となった。
「剣を持て!」
ルキウスの声に、騎士たちが剣を渡す。
「なんだ、あれは……まるで魔物じゃないか……」
ダリウスが呆然としていた。
「彼女が水の魔女……水の聖環……」
セラは言葉を失っていた。
夜明け前の空気が、張り詰めた。
私たちは逃げるべきだと分かっているのに、足が動かなかった。




