表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖環  作者: 北寄 貝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/118

市街地戦 - 4

語り:ミレイユ・カロ

 煙はまだ街路を這っていた。

 夜と朝の境目が曖昧なまま、ロブソン川へ続く通りは混乱に満ちている。

「橋に向かうぞ。」

 ダリウスの声は低いが迷いがない。

 私たちはロブソン川を渡河する橋に急ぐ。

 曲がり角をひとつ抜けたところで、槍を携えた帝国兵五人と出くわした。

「うわっ、本当にダリウスだ!」

 ジロッティの声が届いていたのだろうか。

 ダリウスが前へ出る。

「俺の後ろに。」

 兵の一人が踏み込んだ瞬間、ダリウスの剣が閃いた。

 槍の穂先が弾かれ、返す刃が腕を裂く。悲鳴。

 もう一人が横から突く。

 ダリウスは身体を半歩ずらし、柄で払って体勢を崩させ、そのまま手元へ浅く斬りつけた。

 槍がカランと落ちる。

「退け。」

 冷たい声に、残る兵は逡巡した。

 そこへセラが一歩出る。

 右手がわずかに上がると、足元に小さな風が渦を巻いた。

 砂と煤が舞い上がり、兵の視界を奪う。

 私たちはその隙に走った。

 火事から逃げてきたと思しき市民の数が、川に近づくにつれ増えてきた。

 やがて、視界が開けた。

 ロブソン川。

 広い水面が、煙に霞んでいる。

 そして、その上に架かる巨大な石橋。

 両側に建物が並び、中央に塔のような門を持つ、分厚い橋。

 だが、橋の上は帝国軍で埋まっていた。

 整然と並ぶ槍。

 門の前に立つ黒い外套の騎士たち。

 群衆は橋の手前で押しとどめられ、通行を制限されている。

「やはり橋は押さえられたか。」

 ダリウスが低く言う。

 そのとき、川の上流からざわめきが広がる。

「船だ。」

 人々が指さす。

 小舟が一隻、ゆっくりと下ってくる。

 舟上には中年の女性が立っている。風に揺れる外套。

 その姿は、静かだった。

「魔女だ! 水の魔女が助けに来てくれたぞ!」

 誰かが叫んだ。

 橋上の騎士たちがざわつく。

 だが、中央に立つ男は動かない。

 ルキウス・ヴァルメイン。

 ただ川面を見下ろしている。

 舟が橋の中央アーチの真下に差しかかった瞬間、川面が盛り上がった。

 水が爆ぜ、巨大な影が立ち上がる。

 八つの首。

 濡れた鱗。

 咆哮。

 ヒュドラ。

 巨体が弧を描き、橋の中央へと叩きつけられる。

 石畳が砕け、建物が軋む。

 帝国兵が吹き飛ぶ。

 魔女と呼ばれた女性はその背に立ち、橋上を見渡した。

 ルキウスと視線が交わる。

「久しいな、フレヤ。」

 ルキウスの声は静かだった。

 フレヤ、魔女の名前だろうか。

 なぜルキウスはそれを知っているのだろう。

 橋上はそんなことをのんきに考えている余裕をくれなかった。

 ヒュドラの八つの首が一斉に開く。

 喉が膨らむ。

 私は息を呑んだ。

 次の瞬間、橋を貫く直線の水柱が放たれた。

 石が削れ、兵が弾き飛ばされる。

「ぐあぁぁぁぁ!」

「いいぞ! やっちまえ!」

 帝国軍の、避難民の、様々な声の喧噪に包まれる。

 水飛沫の中、ルキウスは一歩も退かず、外套を脱ぎ捨てた。

 背中の布地が、内側から押し広げられる。

 肩甲骨のあたりが不自然に盛り上がり、肉が裂ける音がした。

 そこから二本の腕が生えた。

 さらに二本。

 腕は六本となった。

「剣を持て!」

 ルキウスの声に、騎士たちが剣を渡す。

「なんだ、あれは……まるで魔物じゃないか……」

 ダリウスが呆然としていた。

「彼女が水の魔女……水の聖環……」

 セラは言葉を失っていた。

 夜明け前の空気が、張り詰めた。

 私たちは逃げるべきだと分かっているのに、足が動かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ