市街地戦 - 3
語り:ミレイユ・カロ
宿屋の主人は、自分の宿が燃えていると知った瞬間、顔色を変えた。
裏手の桶に水を張り、布団を何枚も浸すと、火の上がる外壁に向かってそれを投げかける。
煙にむせながら、何度も何度も。
やがて炎は弱まり、焦げた匂いだけが残った。
主人はその場にへたり込み、肩で息をしている。
私は一礼して、急いで戻った。
セラとダリウスのもとへ戻ると、黒ずくめの三人は、まだ地面に倒れたまま悶えていた。
眩暈の風は、まだ尾を引いているらしい。
ダリウスが、無言で剣を抜いた。
そして、ためらいなく一人の脚に刃を走らせた。
「っ……!」
血が石畳に飛び散る。
私は思わず目を背けた。
悲鳴が上がる。
続いて、もう一人。
さらにもう一人。
立て続けに悲鳴が響き、三人全員の脚が切り裂かれたのだと、音だけで分かった。
セラが、渋い顔でダリウスを見ている。
ダリウスは何事もなかったように剣を拭い、鞘に収めた。
「行くぞ。」
淡々としている。
「彼らは……」
私が振り返ると、
「放っておけ。」
ダリウスは一度も振り向かなかった。
歩きながら、セラが言う。
「帝国側、だいぶ入り込んでいるんじゃないの?」
「リンドンのような大都市を、火攻だけで一晩で落とせるはずがない。
入り込んだ連中は、討死覚悟だろう。」
未明の空は暗い。
だが、対岸の炎と、騒ぎで灯された家々の明かりが、周囲をぼんやり照らしていた。
そのときだった。
「ああーっ!」
鋭い声が、夜気を裂く。
三人同時に振り向く。
十人ほどの武装集団がこちらを見ていた。
そのうちの一人が、ダリウスを指さしている。
「貴様、ダリウス・エルネストではないか!」
ダリウスが目を細めた。
「……最悪の奴に見つかった。」
「誰?」
セラが低く問う。
「ジロッティ。国教騎士だ。」
ジロッティは、こちらを睨みつけた。
「奴は教皇暗殺に加担した、国教騎士にあるまじき男だ!」
そこで、セラと私を見た。
「ダリウスと一緒にいるということは……その女……まさか、セラ・アルヴェインか!
教皇暗殺未遂の首謀者だ!
奴らを殺せ!」
ジロッティの声に、武装集団が一斉に踏み込む。
セラが右手を掲げた。
「吹け、私の風!」
つむじ風が再び巻き起こる。
三人が地に伏した。
だが、残る七人は踏みとどまった。
「……立っているのは、魔法具を持っているってことね。」
セラが呟く。
ジロッティが叫ぶ。
「怯むな! 神の加護を信じるのだ!」
ダリウスが、私を引き寄せた。
「俺の陰にいろ。」
私はダリウスの邪魔にならないように後ろに下がる。
そのとき、セラの周囲に風が渦巻いた。
渦の中心で、黒い影が形を成す。
鵺だ。
それは、するりとセラの体内へと溶け込んだ。
ダリウスが、わずかに目を見開く。
「ここで鵺を見られたら、騒ぎが大きくなるわ。
鵺に、私の体を預ける。アストリア港で一度やっているから大丈夫。」
次の瞬間、セラの動きが変わった。
踏み込みが低く、鋭く、獣じみている。
ダリウスが正面の一人に斬りかかる。
一太刀で槍を弾き、返す刃で喉を裂いた。
もう一人の剣を受け流し、腹を横薙ぎにする。
血が飛ぶ。
セラは三人の包囲に滑り込んだ。
体をひねり、肘を顎へ叩き込む。
倒れた男の手首を踏み抜き、武器を奪う。
振り向きざまに蹴りを放ち、肋を砕く。
さらに二人。
膝裏を蹴り、転倒させ、顔面に拳を叩き込む。
風が巻き、黒い影が尾を引く。
四人が石畳に転がった。
残るは、ジロッティのみ。
「セラ・アルヴェインと裏切り者ダリウスがいるぞ!
助け――」
言い終わる前に、ダリウスが間合いを詰めた。
一閃。
ジロッティの首が裂け、男は崩れ落ちた。
「面倒なことになった。」
ダリウスが低く言う。
「急ぐぞ。」
だが、ジロッティの声を聞きつけたのか、別の武装した男たちが路地から現れた。
「本当だ……ダリウスじゃないか!」
驚きと興奮が混じった声。
私は、リンドンを無事に脱出するのは、もう無理だとはっきり悟った。




