五里霧中 - 1
語り:ミレイユ・カロ
宿屋の一室で、セラはカイルのことを語った。
すべてを語ったとは、思わなかった。
語らなかったことのほうが、きっと多い。
私が知っている話もあれば、知らなかった話もある。
そして――
カイルとの「最後」の仔細は、初めて聞いた。
二年以上。
城下を見下ろす窓辺に立ち、彼の姿を探し続けていた。
それは、私がずっと見てきた光景だった。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
風が、タンポポの綿毛のように彼を運んできてくれると、どこかで信じていたのだろうか。
語り終えたセラは、ふっと肩の力を抜いて言った。
「……まあ、そういうことよ。」
まるで、他人の話をまとめるみたいな口調だった。
ダリウスは、ずっと黙って聞いていた。
そして、短く息を吐く。
「重いな。」
セラはうなずいた。
「訊かれたくも、話したくもない話だから。これで最後にしてね。」
「……すまなかった。」
ダリウスは、素直に詫びた。
そのとき、私は気づいた。
セラが右手の薬指にはめられた聖環を、じっと見つめていることに。
何も言えなかった。
そうして、その日は終わった。
翌朝。
朝食を済ませた私たちは、三人でフォスター海運の屋敷へ向かった。
ハルフォード港から、カンタベリオン司教領へ。
その行き方を相談するためだ。
執事に声をかけると、すぐに執務室へ通された。
中には、クラリスと、その夫のトマスがいた。
「ゆっくり休めたかい?」
トマスの問いに、セラが微笑む。
「ええ。とても素敵な宿で、身も心も軽くなりました。
ありがとうございました。」
クラリスが、自然な調子で続ける。
「あなたたちの目的が、アルビオン島に来ることだっていうのは知っているけど……
これから、どうするの?」
「そのことで、相談に来たの。」
セラの言葉を受けて、ダリウスが前に出た。
「俺たちは、カンタベリオン司教領に行きたい。
どんなルートが考えられるか、助言をもらえないか?」
その瞬間だった。
トマスの表情が、わずかに強ばった。
――今の、反応。
私は、それを見逃さなかった。
「……なぜ、カンタベリオンに?」
トマスの問いに、セラは迷いなく答えた。
「私が、セラ・アルヴェインだからよ。」
一瞬、空気が止まった。
クラリスが、目を見開く。
「アルヴェインって……あなた、領主のお嬢様だったのね。」
「いや――」
トマスが、低い声で遮った。
「今は、そんな場合じゃないぞ。」
「どういう意味だ?」
ダリウスが問い返す。
トマスは、短く息を吐いた。
「つい最近の話だ。
カンタベリオン司教領は、フランカ帝国に無条件降伏した。
今は、帝国の領地になっている。」
今度は、私たち三人が言葉を失った。
トマスは、続ける。
「アルヴェイン家が、ルーメン教の教皇を殺そうとして、暗殺者を送り込んだらしい。
それで、帝国の怒りを買った。」
――暗殺者。
その言葉に、嫌な予感しかしなかった。
トマスは、はっきりと言った。
「その暗殺者の名は――
セラ・アルヴェイン、だ。」
何が、どうなっているのか。
三人とも、もう、訳が分からなかった。




