カイル - 4
回想:セラ・アルヴェイン
その夜の私は、どうしようもなく浮き足立っていた。
うれしさと恥ずかしさが入り混じって、胸の奥が落ち着かない。
きっと、顔に出ていたのだと思う。
「……ずいぶん、機嫌がよさそうですね。」
ミレイユにそう言われて、はっとした。
誤魔化そうとしたけれど、視線を逸らした時点で無駄だった。
この人なら、分かってくれる。
そう信じて、私は声を潜めた。
「……カイルと、気持ちが通じたの。」
一瞬、ミレイユの目が丸くなって、
次の瞬間、同じように声を潜めて、にっこり笑った。
「まあ。おめでとうございます。」
それだけで、胸がいっぱいになった。
そんな浮かれた気分のまま迎えた、次の訓練の日。
――冷静に。冷静に。
そう言い聞かせながら、カイルといつも通り、そっけない挨拶を交わす。
組手も、普段通り。距離も、普段通り。
次は走り込みか、と思ったところで、カイルが言った。
「今日は、走らないよ。」
胸の奥が、わずかに沈む。
「司教に頼まれてさ。薬になる木の実を集めに行かなきゃならない。」
「……それなら」
言葉が、先に出た。
「私も、一緒に行く。」
カイルは少し驚いた顔をしてから、まんざらでもなさそうに口元を緩めた。
「本当に? ……じゃあ、行こう。」
領主の娘と、背負籠を背負った僧兵が並んで城外へ出る。
これまでは、決して見せてはいけない光景だと思っていた。
でも、その日は、少しだけ気が緩んでいた。
何を話していたのかは、あまり覚えていない。
ただ、二人の距離が、これまでより近かったことだけは、はっきり覚えている。
薬木は、城のすぐ近くの山に生えていた。
赤い実をつけた木はすぐに見つかる。
カイルが背負籠を下ろし、軽やかに木に登る。
赤い実をもいで、地面に落とす。
私はそれを拾って、籠に入れる。
そんな作業を繰り返し、籠が半分ほど埋まった頃だった。
――悲鳴が聞こえた。
女性の、切羽詰まった声。
私たちは顔を見合わせ、木から飛び降りたカイルとともに、声の方へ駆けた。
そこには、三人の武装した男に押さえつけられ、衣服を引き裂かれた女性がいた。
男の一人がこちらに気づいた瞬間、カイルの拳が、その顔を打ち抜いていた。
残りの二人が慌てて女性を放し、こちらに向き直る。
カイルは間合いを詰め、蹴り、拳を、ためらいなく叩き込んでいく。
瞬く間に、三人は地面に転がった。
それでも、カイルは止まらなかった。
倒れて動けない男たちの顔に、容赦なく、何度も蹴りを入れた。
やがて、三人はぴくりとも動かなくなった。
荒い息を整えながら、カイルは振り返る。
私は、急いで女性を抱き起こした。
女性は破れた胸元を押さえ、震える声で、ありがとうございます、と繰り返した。
そのとき――
草木をかき分ける音がした。
現れたのは、武装した男が五人。
倒れている三人を見て、名前を呼び、反応がないと分かると、憎悪をむき出しにして剣を抜いた。
「貴様らがやったのか。」
五人が、囲むように動く。
カイルは、私と女性をかばうように立ち、構えたまま、じりじりと後ずさった。
「逃げろ。」
低い声だった。
「その人を連れて、逃げろ。」
「私も、戦う。」
思わずそう言うと、彼は鋭く言い返した。
「自分が何者か、考えろ。」
――分かっている。
領主の娘なら、まず守るべきは民だ。
それでも。
男二人が、同時に斬りかかってくる。
カイルは一人目の剣をかわし、手刀で弾き落とす。
二人目もかわし、前蹴りで突き放す。
地面に落ちた剣を拾い上げ、それを、私に突き出した。
「俺が、絶対に守ってやる。だから、それを持って行け!」
胸が、張り裂けそうだった。
私は、湧き上がる感情をねじ伏せ、女性の手を引いて、走り出した。
「逃がすな!」
怒号が、背後で上がる。
私は、振り向かなかった。
男の悲鳴が聞こえた。
――そして、カイルの呻きが聞こえた。
私は泣きながら、それでも振り向かなかった。
城まで、どうやって辿り着いたのか、覚えていない。
城門には、次兄トリスタンが、手勢を連れて立っていた。
衣服の破けた女性を抱え、泣きながら走ってくる私を見て、兄は目を見張った。
「兄さん……お願い。」
言葉が、途切れ途切れになる。
「カイルを、助けて。」
事情を飲み込めていない様子だったが、トリスタンはすぐに手配をした。
女性を城内へ送り、残る手勢を連れて、私とともに山へ入る。
けれど――
どれだけ探しても、カイルは見つからなかった。
男たちの痕跡も、なかった。
その日以来、カイルは、姿を消したままだ。
私は、何度も一人で山に入った。
それでも、見つからなかった。
やがて私は、屋敷の窓辺に立ち、城下をぼんやり見続けるようになった。




