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聖環  作者: 北寄 貝


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カイル - 3

回想:セラ・アルヴェイン

 賊は、やがて散り散りに逃げていった。

 エドマンドも今度は追撃を命じなかったので、戦いはそこで終わった。

 傷ついたのは、カイルだけではなかった。

 死者も出た。

 弔いの準備と並行して、負傷者の治療が始まった。

 幸い、視察団の中に医術に長けた神官がいて、応急処置から順に手を尽くしてくれる。

 カイルの傷は致命傷ではなかった。

 けれど、刀傷は深く、出血が多かった。

 神官が傷口を開き、ワインを注いだ瞬間、

 カイルは堪えきれずに声を上げた。

「――っ!」

 神官は眉ひとつ動かさず、そのまま縫合を続ける。

 私は、祈ることしかできなかった。


 そうして、カイルは生き延びた。

 だが、傷が癒えるまでの二か月近く、私は彼と顔を合わせることはなかった。

 その間に、私のもとへ縁談の話が持ち込まれた。

 相手は、フランカ帝国南方のある地域を治める領主の三男だという。

 父に呼び出され、その話を聞いた私は固まった。

 領主の娘であれば、いつかは親が決めた縁談が来る。

 頭では分かっていた。

 それでも、実際に突きつけられると、息が詰まった。

 けれど、これは従うしかないのだ。

 そう覚悟したにもかかわらず、父はきっぱりと言った。

「この縁談は断るつもりだ、アルヴェイン家にふさわしいものではないからな。」

 父は、ふさわしいの意図を言及しなかったが、

「十六になった以上、いつ縁が結ばれてもおかしくない。覚悟はしておけ」

 とだけ告げた。

 そのとき、私は決めた。

 賊に襲われたあの日から、ずっと考えていたことを――

 もう、先延ばしにはしない。


 やがて、カイルが訓練相手として戻ってきた。

「ご迷惑をおかけしました。」

「……また、よろしくね。」

 互いに、よそよそしい挨拶だった。

 走り込みの流れで郊外へ出て、人の気配がなくなったところで、

 私はようやく口を開いた。

「……身体、大丈夫なの?」

 カイルは、少し困ったように笑った。

「もう修業には戻ってる。

 僧兵としては問題ないよ。」

「……守ってくれて、ありがとう。」

 そう言うと、彼は肩をすくめた。

「とどめをしくじって怪我するなんて、世話ないよ。」

 自嘲するような言い方だった。

「今日は、どこまで走る?」

 カイルにそう聞かれて、私は答えた。

「前に行ったでしょう。

 林の中の……ブルーベルが咲いてる場所。」

「ああ。そういえば、今が見ごろかもしれないな。」

 彼は、あっさりとうなずいた。

 しばらく走って、林に入る。

 木立の影が濃くなり、足元には、淡い青の花が一面に広がっていた。

 ブルーベルの群生地だった。

 風が吹き抜けるたび、小さな鈴のような花が、さわさわと揺れる。

 冷たすぎず、湿り気を含んだ、心地よい風だった。

 私は、そこで足を止めた。

「……私ね」

 言葉が、思ったよりも素直に出た。

「カイルのこと、好きになっちゃった。」

 彼は、完全に固まった。

 私は続ける。

「賊との戦いのあと、ずっと考えてた。

 どんなに想っていても、あなたは戦で死ぬかもしれない。

 私だって、政略で引き離されるかもしれない。」

 逃げ場を作らないように、真正面から彼を見る。

「だから……伝えられるうちに、伝えたいの。

 好きだって。」

 しばらく、沈黙が落ちた。

 やがて、カイルは小さく息を吐き、

 私の視線を受け止めた。

「……言ったら、後戻りできないぞ。」

「その時は、その時よ。」

 次の瞬間、

 彼は、私を強く抱きしめた。

「俺も、セラが好きだ。」

 胸がいっぱいになった。

 私は、思わず彼を抱き返していた。

「好きだからって、どうにもならないから、我慢してたのに……

 本当に、とんでもない女だな。」

「あなたが助けてくれた命の、正しい使い方よ。」

「死ぬ気で頑張った甲斐があったよ。」

「……笑えない話ね。」

 それでも、二人で笑った。

 抱きしめたまま、彼が言う。

「俺、セラが欲しい。」

 私は、ためらわなかった。

「全部、あげる。」

 そして――

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