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聖環  作者: 北寄 貝


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カイル - 2

回想:セラ・アルヴェイン

 カイルとの距離は、時を追うごとに少しずつ縮まっていった。

 けれど、人の目がある場所では、私はそれを表に出さなかった。

 領主の娘が、同い年の男と親しげに振る舞えば、どう見られるかは分かっていた。

 噂は尾ひれをつけて広がり、本人の意思とは関係なく、立場を縛る。

 そういう話を、カイルと改めてしたわけではない。

 けれど彼も、同じことを理解していたのだと思う。

 人前では、あくまで護衛と訓練相手。

 必要以上に言葉を交わさず、視線も長く合わせない。

 その代わり、走り込みの流れで郊外へ出たとき――

 人の気配が途切れる場所まで来ると、私たちは自然と周囲を見渡し、誰もいないことを確かめてから、並んで走り続けた。

 話す内容は、他愛のないことばかりだった。

 最近の訓練の愚痴。

 この先の丘で、今はこんな花が咲いているという話。

 組手で、わざと足を引っかけただろう、という軽い非難。

 楽しい時間というのは、不思議なもので、

 誰かに話したくなる。

 その相手は、いつもミレイユだった。

「カイルがね、こんなこと言ってたわ。」

「今日は、あの花を見てきたの。」

 そんな話をすると、ミレイユは決まって、何も詮索せず、ただ楽しそうに頷いてくれた。

 それが、私にはありがたかった。


 そんな日々が、ほぼ一年続いた。

 当時の私は、それがいつまでも続くものだと、どこかで思っていた。

 私たちが十六になった、秋のこと。

 フランカ帝国にあるルーメン教の総本山から、神官たちが視察のためにカンタベリオンを訪れることになった。

 港町ロウズヘイブンからカンタベリオンまでの街道は、賊が出やすい。

 そのため、長兄エドマンドを中心に、領内の兵と僧兵を合わせた五十名ほどで、視察団を迎えに行くことになり、私も同行した。

 僧兵の中に、カイルの姿があった。

 道中、予想は外れなかった。

 街道脇から、賊が姿を現した。

 私は数名とともに、視察団を守る位置へ下がり、盾となる陣形を取る。

 エドマンドの号令とともに、兵たちが前へ出て、賊を迎え撃った。

 賊の数は、こちらと同じくらいに見えた。

 だが、ほどなく形勢が傾き、彼らは散り散りに逃げ始めた。

 エドマンドは手勢を率いて、追撃に出る。

 視察団から、離れていく。

 ――そのときだった。

 別の賊の一団が、街道の先から現れた。

 こちらに残っているのは、私と数名の僧兵だけ。

 人数はこちらのほうが明らかに少ない。

 僧兵たちは槍を構え、迎撃の陣形を組む。

 私は、変わらず視察団の前に立つ。

 ぶつかり合いは、激しかった。

 槍が打ち合わされ、怒号と悲鳴が入り混じる。

 僧兵は強かった。

 けれど、多勢に無勢だった。

 陣形を突破した賊が、三人、こちらに向かってくる。

 一人には、腰のスリングから石を放った。

 賊は呻き声を上げて倒れる。

 残り二人。

 もう、投げる余裕はない。

 恐怖で、身体が固まる。

 背後から、僧兵の槍が一本伸び、一人の賊を貫いた。

 最後の一人が、剣を振り上げ、私に向かって踏み込んでくる。


 ――動けない。


 その瞬間、横合いから影が飛び込んだ。

 カイルだった。

 飛び蹴りが賊を捉え、男は地面に転がる。

 カイルはすぐに距離を詰め、とどめを刺そうとする。

 賊が、砂を掴んで投げつけた。

 一瞬、カイルの動きが止まる。

 賊が体勢を立て直し、剣を振り下ろす。

 カイルは身を沈めるようにして刃をかわし、踏み込んで、拳を叩き込んだ。

 賊が倒れたところへ、駆けつけた僧兵の槍が突き刺さる。


 ――助かった。


 そう思った、次の瞬間だった。

 カイルが、がくりと膝をついた。

 胸元が、赤く染まっている。

 刃はかわしたと思ったのに、切っ先が、身体をかすめていた。

 ほどなく、戻ってきたエドマンド隊が、残る賊を蹴散らした。

 私は、考えるより先に走っていた。

 カイルのもとへ駆け寄り、膝をつく。

 大丈夫だ、と声をかけようとして、声が出ない。


 ――死ぬかもしれない。


 息が浅くなり、指先の感覚が消えていく。

 震えが、止まらなくなった。

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