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創世の伝記

 私は長い間、過去へと変わりゆく現在を見続け、それを元に遠い未来へと思考を巡らせて来た。そして今、1つの小さな必要性を見出すに至った。

 この星に生きる彼等が、来るべきその時を如何にして受け入れるか。その一助となる物を残しておくべきでないかと考えた。

 私は見続ける者であるから、この星に生きる者の進む先に、道を創る事はしない。この星に生きる者の帆に息を吹きかける事もしない。例えその先が崖になっていようと、凶暴な炎が後を追いかけていようと、決して関わることも交わる事もない。・・が、私の足元に散らばる無数の星々の中にある、1つの星が辿った特異な歴史の、その一部を記録として残しておく必要はあるだろう。近い将来、この星に生きる者の身に否応なしに降りかかる運命の時に、新たな選択肢を生み出す素として。



 遠い遠い太古の時代。この星は多種多様の生命に満ち溢れていた。海でも陸地でも生命の営みは繰り返され積み重ねられていた。そんな時、彼らは現れた。


 彼らは、この星と月のほぼ中間辺りに船を停め、そこから、この星のあらゆるデータを取り始めた。

 星の規模、質量、気候、地質、地殻構造等、この星自体のデータ取得に始まり、水質、大気、原生生命体まで、この星に関する様々な調査が精密に行われた。

 やがて調査項目が全て埋まると、それらの結果はコピーされ、一部は船長に、もう一部は科学者チームに。上層部へも送られ、最後の一部は保管用として艦内に保管された。調査結果を受け取った船長は、船の指揮を副船長へ委ね、他の上級乗組員を招集してデータの精査を始めた。同様に科学者チームもデータの解析に取り掛かった。

 それが終わると、彼らの次のタスクは『検討』だった。彼らの担う最初の目的は、この星が上陸に見合う惑星かどうかの判断と、上陸の決定だった。スケジュール的には、このタスクにはあまり時間が割かれていなかった。何故なら、既に前調査で大まかな調査結果は提出されており、それによる選定でこの星が選ばれたからだ。前調査の段階であらゆる検討が行われており、それによって『条件を満たす可能性が高い』と判断されての派遣だった。よって、科学者チームだけでなく船長さえも、前調査の結果の上に今調査のデータを滑らせ、その差異に注意を向ける事はあっても、大部分の意識は既に上陸後へと向かっていた。しかし、その思惑は大きく外れ、慎重な検討を要する事態になった。

 懸念材料に対し、科学者チームは先ず調査機器の不具合を疑った。全ての機器を念入りに点検し、問題が無い事を確認すると、それを船長にも伝えた。船長も同じ疑いを持っていたが、問題なしとの結果により、より大きな課題に挑まざるを得なくなった。

「大き過ぎるな・・」

船長が呟くと、上級乗組員の一人が続けた。

「・・・かつ、一部の種は凶暴・・ですね。上陸後の作業への影響は否めません」

「前調査の報告には?」

「確認はされていません」

「この期間で巨大化した・・という事か。僅かな期間で、これだけの差異が生じるとはな・・」

彼らは今回の調査まで、後に『恐竜』と呼ばれる種の存在を知らなかった。

「他の条件項目は?」

「一部、達成度の低い項目はありますが、ボーダーラインは全て超えています」

船長は表情を更に険しくして言った。

「この惑星をリストから外すには惜しい。・・しかし・・巨大かつ、凶暴・・だが、『困難』とも『脅威』とも及ばない。せいぜい、『障害』か・・」

 両チーム内での検討が終わり、その結果を合同で突き合わせる事になった。どちらの答えも『上陸を決定する』だったが、双方共に『ただし』が付いた。計画案には新たに発見された懸念材料への対応が書き加えられたのだが、そこに相違があった。船長以下、上級乗組員の出した答えは『排除』。科学者チームの出した答えは『大規模な減少からの再生』だった。この相違を埋めなくては進まない。その議論には長い時間を要した。船長側の意見としては、この『障害』となり得る生物を選定し、障害のみを排除すると言うもので、比較的に短期間で行える利点があったが、科学者チームから相当の反論が上がった。期間的負担は小さいが、障害生物の判断基準が明確にされていなく、選定が困難である事。そして、その後の生態系への影響が予測困難である事。この二点が懸念材料として挙げられた。一方、科学者チームの案は、この星の全ての生命体の限界までに個体数を減らし、その後の再生を自然に任せると言うものだった。これには船長側から、その後の生態系形状の予測がつかない点は同じではないかとの指摘もあったが、科学者チームは綿密な予測モデルを作成しており、全生命体を理論上均等に減らす事で予測の信頼度が増すのだと説明した。しかし、難易度の高い内容と相まって乗組員達の反対は大きかった。特に船長は生命を軽々しく扱う事に激怒し、介入を最小限に留めるべきだと主張した。だが、この星の生命に介入する事実は変わらない。多いか少ないかの違いしかない。分は科学者チームにあった。船長は道徳的、感情的、倫理的に対抗し、議論は一向に収まらなかった。そんな終わりのない議論に皆が疲弊し切った頃、上層部からの指示が入った。それを受けて検討会議は渋々次の段階へ入る事になった。

 議題は『絶滅寸前まで個体数を減らす方法』だった。これも科学者チームは既に案を持っていた。隕石を落とし、地上と海中を同時に壊滅寸前の状態にする。と言うものだった。使用される隕石はこの星と隣星の間にある小惑星ベルト帯から、形状、質量、含有物まで精査されて選定されていた。それを元に、衝突速度、角度、時間等々を再計算すれば、直ぐに実行に移せると言う事だった。この計画は再び上層部へ送られ、直ぐに承認が降りた。船長は変わらず反対の立場を堅持したが、一方で命令が下った新たな計画には真摯に取り組み、程なくして準備は整った。

 しかし、彼等は理解しているのだろうか?

星の内部への影響は最小限とはいえ、地表部分には大きな変化が起こる。これまでにもこの星が幾度か経験した出来事と同様ではあるが、その度にその余波は他方にまで広がった。この星の持つ世界は1つではない。幾重にも重なった他世界にまで影響は及ぶだろう。そして一度広がった波紋は、予想もつかない現象を引き起こす事がある。だが、私は見守るのみ。見続けるのみ。願わくば他世界への影響が、自然回復の可能な範囲である事を・・・。


「牽引粒子散布完了!」

「牽引、開始」

船長の発令を合図に、目標の小惑星に付着した牽引粒子が船からの光線を受けて小惑星ごと移動を始めた。小惑星はゆるゆると動き始め、船を掠める様に真横まで来た時、再び船長からの発令があった。

「粒子内推進波、始動!」

その言葉と共に小惑星はグングンと加速を始め、高速で青い星へ向かって行く。その様子を艦内モニターでしばらく見送った後、船長は隣の科学者チームの代表へ視線を送った。その男はコクリと頷くと、手元の端末を操作し始めた。程なくして「目標速度へ到達!」「侵入角調整完了!」「衝突面調整完了!」等と科学者チームの面々から声が上がった。つい先程まで暗い宇宙空間で無害に佇んでいた小惑星は、彼らの手により恐ろしい脅威となり、更に凶暴さを増しながら青い星へと襲いかかる。艦内に残された任務はただ、見守るのみ。船長は沸き上がる感情を押し殺し、睨み付ける様にモニターを見ていた。

 数日後、小惑星は大災厄と成って、この星に降ってきた。上空の大気に触れ、小惑星が紅蓮の恐怖を身に纏った後は、あっと言う間だった。小惑星は海上に落下したが、莫大な量の海水を弾き上げ、次の瞬間には海水を失った海底の地殻を破壊した。弾かれた海水は脅威的な高さの津波を形成し、猛烈な勢いで八方へ広がる。その後を追う様に地殻の捲れ上がった岩盤が波を作り、凄まじい勢いで広がった。衝突の衝撃波は猛烈な熱波と共に、地上を破壊しながら既に惑星の裏側まで達し、巻き上げられた海水と岩石の粒は上空で厚い雲となり、やがて、この星を暗く覆った。それから数週間、その雲の下では陸と海の違いが曖昧になり、乱雑に混ざり合った。地震と津波、大雨。それに火山の噴火がひっきりなしに起こり、ありとあらゆる自然災害と呼ばれる現象が、規模も強度も桁違いに大きくして、星の全土で繰り返された。

 その頃、彼らはこの星の軌道上に居た。そこから静かに見守っていた。

 それから数ヶ月。相変わらずの黒く厚い雲の下では、混乱が鎮静化し、海と陸は再び互いの領域を定め、降り続いた雨も多くは海へと還っていた。地殻内部の混乱は未だ続いていたが、それが噴火となって表面化する回数は著しく減った。しかし、恒星からの光と熱は極端に遮られ、明るさも熱も失ったままだった。

 軌道上の彼らは、その頃までこの星の観察を続けていた。予想と結果を照らし合わせる為だ。科学者チームは現状の解析結果に大いに満足していた。船長の態度も少しづつではあったが軟化していた。そして、ここまで収集した観察結果を纏め、コピーと取り、一部を上層部へ送った。それから三日後。その船は忽然と姿を消した。

 結果的には、あの科学者チームの提唱した通り。意図された人為的な災厄の衝撃は、惑星全体規模で見れば半壊にも及ばず、地表規模で見れば生命を全滅寸前にまで追いやった。


 それから長い長い時が過ぎた。この星は理不尽に痛めつけられた傷を少しづつ、少しづつ癒し、内と外の規律を1つ1つ築いて行った。そして、僅かに残された生命の息吹を、じっと待った。

 数千万の年を送り、微細な変化を幾度となく繰り返した。そして、生命は種を増やし、数を重ね、大きく広がった。その頃、再びこの星と月との中間点に船が現れた。その出現は唐突で、何の前触れもなく、ずっとそこに存在していたかの様に佇んだ。

 前回とは違い、大きさも形状も違うその船には、長い年月を経たにも拘らず、前回と同じ船長が乗っていた。それだけではなく、科学者チームも、上級乗組員も同じ面々だった。違う所と言えば、船長は皆から『艦長』と呼ばれ、乗組員の制服も変わっていた。規模が大きくなった分、乗員も増えているようだ。どうやら、彼等はこの星とは違う形態と質を持つ『時間』の宙域の存在らしい。

 出現後、艦長はこの星の綿密な調査を命じた。前回同様、集められたデータは纏められ、コピーされた。一部を艦長に、一部を科学者チームに。一部を上層部に、一部を保管庫に。しかし、今回はそれだけではなかった。残された最後の一部は上陸チームのリーダーに渡された。報告を受け取った面々は各部内で検討を重ね、それぞれの答えが出た時点で、艦長室へ招集された。そこには艦長、科学者チームのリーダー。上陸チームのリーダーが居て、本国の指導部代表と査察官がホログラムで参加していた。艦長が先づ口を開いた。

「今回の合同検討会議は、早期に妥結に至る事を切に願っております」。

この言葉は形式的な開会の挨拶の体をしていたが、その内側には皮肉と主張が含まれていた。

 数分前、艦長は前回と同様に、副長と呼称を変えた副船長に会議中の艦の指揮を任せた。その際、副長が言った。

「今回はすんなり進むといいですね」

すると艦長は呆れ顔で「今回は本国からの参加が予定されている」と、答えた。

「会議にですか?」

「ああ、指導部と監査部から代表が来る。会議の最初から参加するそうだ」

「・・となると、それは」

「退屈ではない会議に彼らが参加するものか。本国ではデータを解析し、問題が無い事を確認している筈だ。分かり切った決定をするだけの会議だからこそ、彼らは参加するのだ。・・あっさり終わるよ」

艦長と副長はそんな会話をしていた。そして会議の冒頭で、本国のやり方が如何に横暴かを皮肉った上で、例え意見が通らずとも、自分は意見を曲げる気はない。再び、この星の生命に横暴な振る舞いをするならば、自分は立ちはだかり、計画の再度の遅延は免れない。・・と釘を刺したのだった。査察官はそんな艦長の意思に気付いていながらも、それを軽く鼻先でいなし、「では、早速、議題を進めましょう」と促した。隣の指導部代表は憚る事なくニヤリと口の端を歪ませた。

 会議が始まり、最初は科学者チームのリーダーが惑星の現状について、要求項目と現状が如何に合致しているかを誇らし気に述べた。その上で、上陸に関するタイムスケジュールを提示した。それを受けて、上陸チームのリーダーは上陸班の編成と、追加で必要となる装備や道具について話した。会議は既定路線の上を滞りなく進み、全会一致で上陸は決定された。そこで指導部代表が高慢な口調で言った。

「やっと、皆さんが仕事を出来る環境ができました。存分に力を発揮して下さい」

そう言い終わると、指導部代表と査察官のホログラムは音もなく消えた。その後の艦長室には細波の様な波紋が広がった。

「まるで、今まで我々が仕事をしていなかった様な言い草だな」

呟く様にそう言ったのは科学者チームのリーダーだった。

「目的は同じでも、視えている物は違う様だな」

艦長は呆れ顔でそう言うと、「それでは仕事を始めようじゃないか」と言って、3人はそれぞれの部署に戻った。

 艦長が艦橋に戻ると、副長が席を立った。

「予定通り・・ですか?」

「ああ、退屈な時間は終わったよ。・・準備は?」

「完了しています。後は、上陸チームの準備が整い次第、いつでも開始できます」

「結構。それでは上陸チームの準備を待ちながら、船を惑星へ寄せるとするか」

  数時間後、船はこの星の軌道上に居た。

「上陸チームの発艦を許可する」

艦長の発令後、船の周囲に数十機の小型機が突如、出現した。出現した小型機は統率された動きで艦から距離を取り、そこで、消えた。その直後、この惑星の上空2000m付近に、それらの小型機が姿を現した。真下にはサバンナが広がっていた。

「各班、各機、スケジュールに則り、行動開始」

上陸チームリーダーの声が各機に届き、それぞれ統率された動きから一転して、バラバラに動き始めた。これらの機体は小型機とはいえ、大きさも形状も数種類あった。それぞれに特化した特徴があり、適した任務があるのだろうと予測出来るが、どれもシンプルな形状をしているのは共通していた。

 そのうちの一機に上陸チームリーダーの姿があった。

「リストにある個体は?」

「ごく周辺だけで、47あります」

「片っ端から行くぞ」

上陸チームリーダーの搭乗する機は高度を急激に下げながら、位置を調節しているように見えた。そして地表から20m程の所まで下降すると、そこから地表に向けて黄色の光線を放った。その先には小型の哺乳類が居て、黄色の光を浴びた動物はピタリと動きを止めた。次に青色の光線が、その動物に向けて照射される。青色の光線が、小動物の体をなぞる様に動くと、母艦内の一室に設置された機器から、何もない机上の空間へ白色の光が照射され、その光が通った後には、地上にいた小動物と全く同じ動物が形成されていった。その部屋には科学者チームの一部が待機しており、小動物の形成が終わると、直ぐに分析に取り掛かった。その動きが何度も繰り返される。

「リストは全部で幾つだ?」上陸チームのリーダーはため息混じりにそう聞いた。

「我々の担当は125個体です」

その答えを聞いて彼の顔から生気が三割程、失われた。

「他の班は?」

「全チーム順調です。今の所、予定通りで遅延もありません」

「そうか・・では諸々、任せる。さっさと終わらせよう」

そう言って彼は腕組みをして、目の前の表示を見つめながら小さく溜息をついた。

 上陸チームの作業が進むにつれ、母艦内には次々と多種多様なレプリカが作成され、データと報告が上がって来ていた。母艦内の科学者チームはその対応に追われていた。艦橋では、艦長が窓の向こうの真っ暗な宇宙空間を見つめていた。そこへ副長が報告を持ってきた。

「定時報告があがってきました」

「ん・・」

艦長は短く答え、副長は続けた。

「上陸各班共に作業は順調に進んでいます。一部、予定の変更がありましたが、問題ありません」

「そうか・・惑星コアへのアプローチは?」

「そちらも順調です。惑星内部のデータは十二分にありましたから」

「と、なると問題は・・」

「地表面・・ですね」

そう言って、副長は持っていた端末を艦長へ差し出した。

「現時点で、懸念されていた項目がいくつか、早くも現実化しています」

艦長は深く息を吐きながら「こんな早くに・・表面化するとは・・」と呟いた。副長も不安気な顔で続ける。

「仮に、予測された懸念項目が全て現実化しても、それは予測内である事に変わりはありません・・・が」

「産出ペースも予測値の最低ライン・・と言う事だな」

「はい。それを踏まえた上での決定・・の筈ですが・・」

「指導部がそれで良しとするかどうか・・」

「これまでの経緯を見ると、楽観は出来ませんね」

艦長は暗い宇宙空間から、青い星へと視線を移し、「まだ、始まったばかりだ。少し様子を見よう」と、答えた。

 それから数日の間、艦長は言葉通り状況を見守った。しかし、懸念された数値は一向に上向く事は無く、その兆しさえ見えなかった。

(このままでは時間を浪費するばかり・・だな)

艦長がそう思っていた矢先、副長が厳しい表情で艦長へと端末を差し出した。

 そこには上層部からの命令書が映し出されていた。依然として改善されない産出量に対し、説明を求める内容だった。

「もう来たのか」

艦長は少し驚いた表情を見せた。

「早過ぎますね」副長も困惑の表情をしていた。

「上は一体、何をそんなに焦っているのか」

「何か・・我々に聞かされていない計画でもあるのでしょうか?」

艦長は一度深く溜息をついて、言った。

「何にせよ、命令とあらば無視は出来ない。・・今日の作業が終わり次第、二人と話そう・・君も参加してくれ」

「・・はい」

数時間後、艦長室には艦長と副長、それと上陸チームと科学者チームの両リーダーが顔を揃えた。

「まだ、着手して数日しか経っていないが、進捗の様子を知りたくてな」

艦長は出来るだけ穏やかな口調と表情で二人へ問いかけた。先に答えたのは科学者チームのリーダーだった。

「報告は上がっている筈ですが・・まあ、問題ありません。順調です」

「だが、地表班の作業が、一部、遅れている様だが?」

「遅れてはいません。確かに一部、進捗率の低い部分はありますが、これは当初から予測されていた事です」

「それの改善を見込んでいた筈だが?」

艦長の再三の問いに、科学者チームのリーダーは苛つきを募らせている様に見えた。

「例え、最低水準であっても、要求値は超えているでしょう! 何か問題ですか?」

科学者チームのリーダーが飛ばした唾が、彼の膝の上に数滴落ちた。艦長は黙って彼を見据えていた。そこに上陸チームのリーダーが口を挟んだ。

「磁場ですよ」

艦長には・・いや、副長にも唐突すぎる言葉に思えた。その真意を汲み取ろうと数秒の沈黙を余儀なくされた。・・・にも関わらず、科学者チームのリーダーは、すぐさま反応を返した。

「何を馬鹿な事を! 今は産出量の話をしているんだ! 磁場の話は関係ない!」

一見、真っ当な意見に思えたが、上陸チームのリーダーは科学者チームのリーダーとは対照的に、落ち着いた口調で反論に答えた。

「地表面での作業には、一部、削岩機器を使用しています。これは、地表付近にある岩石内の目標粒子が、予測より小さかった為です」

上陸チームのリーダーがそこまで話すと、科学者チームのリーダーは、上陸チームのリーダーを睨み付けて怒鳴った。

「それはもう報告済みだ!艦長からも上からも認可が降りている! 素人が余計な口を挟むんじゃない!」そう言って、次に艦長へ視線を移し、今度は困った様な、縋るような顔で続けた。

「報告申し上げたように、地表付近の岩石に含有される目標粒子は異常に小さかった。これは事前の遠隔調査では判別不可能なレベルです。今回の直接調査で判明し、急遽、工数を増やした。これが産出ペースを圧迫している原因です。勿論、我々科学者チームは改善の方法を模索してはいます。しかし、すぐには難しい」

そう言い終えると、彼の顔の端には僅かな余裕さえ見て取れた。先程まで顔を赤くして唾を飛ばしていた人物だとは思えない程だった。しかし、上陸チームのリーダーはポリポリと頭を掻きながら「あー、そうではなくて」と否定の言葉を発した。3人の視線が彼に集まる。科学者チームのリーダーは微かに顔を強張らせた。

「工数が増えたのは、何とかカバーできます。人員に多少の余裕があったので。・・問題は磁場なのです」

「またそれか!」

身を乗り出した科学者チームのリーダーの肩を、副長が押さえつけた。上陸チームのリーダーは、それを確認した後、話を続けた。

「使用している削岩装置の出力が不安定でして、色々と調べました。装置の点検も三度行いました。しかし、異常は見られない。では、何が原因なのかと調べた結果、削岩装置にエネルギーの混合異常の痕跡を見つけました。御存知の通り、削岩装置に使用されるエネルギーは主に地熱と重力、そして磁場が混合されて使用されます。この3つが適切な比率で混合しないと出力は不安定になり、動力炉の表面に微細な銀粒子が付着します。発見した痕跡とは、この銀粒子です。そして改めて測定した所、磁場の線強度が要求値を遥かに下回っていました」

これは艦長と副長にとって、かなりショッキングな報告だった。前回の調査に加え、今回の調査でも磁場の測定は行っている。そもそも、磁場に問題が生じる可能性があれば、この惑星は候補地にさえ選ばれなかったかもしれない。それ程に重要な要素だった。そしてそれは、この船の乗員全てに共通する認識だった。勿論、どんなに厳重に調査を行った所で、想定外の事態は起きる。しかし、これは容認される差異ではない。これまでの調査か上陸チームのリーダーの言のどちらかに間違いがあるとしか思えない。

「どう言う事だ?」

艦長がそう聞くと、科学者チームのリーダーはすぐさま端末を取り出して艦長へ示した。そこには前回調査の磁場データと今回調査のそれが映し出されている。

「何も問題はありませんが?」

科学者チームのリーダーは艦長を威圧するように、そう付け加えてから続けた。

「上陸班は急遽選ばれた寄せ集め。惑星の知識も乏しい。行動力だけが自慢の粗暴な連中ですから、高度な機器の使用に難があっても、おかしくありません。メンテナンスも規定通りに行なっているのかどうかさえ怪しいものです」

科学者チームのリーダーがそう言ってせせら笑うように顎を上げると、上陸チームのリーダーは「それでは」と、こちらも端末を艦長へ差し出した。そこには使用している全機械の出力データが記載され、一部機械における出力の乱高下が一目で見て取れた。

科学者チームのリーダーは、それにチラリと目をやると、「操作ミスですね。未熟な操作技術によるエネルギーロスが原因でしょう」と呆れ顔で言った。そして間髪入れずに「君達はもう一度技術を学び直したまえ!」と上陸チームのリーダーに向けて怒鳴った後で、「全く馬鹿馬鹿しい。時間の浪費でしかない。・・・それでは私は失礼します」と席を立とうとした。

「待ちたまえ」艦長の低い声が科学者チームのリーダーを留まらせる。

「前回と今回。これまでの二度の調査結果には僅かな記載の違いがあった。僅かな違いだから気にも留めなかったが、あれは確か・・磁場の項目だったな。前回の調査では『安定的に』とあったが、今回の調査結果には、その一言が無かった。奇しくも上陸チームからは『不安定』との報告があった。その辺に何か・・答えがあるのではないかね?」

疑問を投げかけるような言葉だったが、艦長の中では疑念が確信へと変わろうとしているようだった。科学者チームのリーダーは、その視線を泳がせながら「そ、それでは、・・さ、再調査を実施・・します」

既に逃げ腰で、既に席を立っている。艦長はジロリと科学者チームのリーダーを見て「是非、そうして頂こう。・・だが、その前に、1つ確認してみようじゃないか」

科学者チームのリーダーはピタリと動きを止め、額にびっしりと汗をかき、ゆるゆると視線を艦長に向ける。

「か、・・確認・・とは、な、何を?」

「磁場の調査に使用された測定機器は、磁場だけではなく、気温や大気密度から重力密度まで一度に測定できるものだ。それらのデータに付与されたメタデータを確認してみよう」

この時、科学者チームのリーダーは皆に背を向け、ドアに向ったまま動きを止めていた。同じように艦長も視線を彼に向けたまま、見据える目を動かさずにいた。その傍で副長が端末を弄り始める。その作業が進むにつれて、その顔には怒りと呆れの色が混ざっていった。端末の画面を横目で見ていた上陸チームのリーダーも頭を横に振っていた。

 副長は一通りの作業を済ませて言った。

「磁場の測定データのみ、他のデータと測定時刻が違いますね」

「そ、それは、微細な地震によるデータの乱れが生じたので、さ、再測定・・を」

「地震?」

「そ、そうです! 地殻深部での微細な地震は地表上では体には感じませんが、測定機器には大きな影響を・・」

「二度も? ・・前回の調査時、そして今回の調査でも、都合良く微細な地震が起きたと? 測定のタイミングに合わせて? 同時刻の地殻データを見ましょうか? 地震なら微細な物でも記録が残っている筈です」副長は意地の悪い視線を科学者チームのリーダに送った。

「・・・・・・・・・」

科学者チームのリーダーは、最早、こめかみを流れる汗を拭う事さえなく、微動だにもせず、言葉を発しもしない。

返答がないと悟ると、副長はさらに追い討ちをかけた。

「それに、データ再測定の場合には、その旨を記載する事が義務付けられている筈ですが?」

「失念したんだ! ちょっと忘れただけだ。データ自体には不備はない!」

艦長は、その背中をジッと見据えたまま、低く聞いた。

「改竄したのか?」

その言葉に、科学者チームのリーダーはクルリと振り返り、声を荒げた。

「失念したと言っているでしょう!」そう怒鳴った後、何故か測定手順を1から話し始めたが、その顔は紅潮し、汗は流れ落ち、唾を飛ばす。その姿が全てを物語っていた。


 溜息と共にミーティングは終了した。上陸チームの潔白を証明し、科学者チームの疑惑は、疑惑のままの形で解散となったが、副長は科学者チームの隠蔽を追求するべきだと主張した。どうやら、隕石衝突後の予測にミスがあったらしい。隕石衝突による地殻と内核への衝撃が予想値を超えていた。それが磁場の乱れを誘発し、現在も続いているもだと分かった。これは科学者チームのミスであり、そのミスを隠蔽する為に調査時刻をずらしたのだと思われる。

 実際に調査データの改竄が行われたのであれば、それは大変な損失を招く恐れがある。これまでの調査だけではなく、この遠征までもが無駄になる可能性がある。その為、事によっては、科学者チームのリーダーは重罪に問われるだろう。だからこそ、副長の主張は正しいと言える。しかし、艦長は「簡単に見つかる決定的な証拠を残す程の馬鹿でもあるまい」と返答した。疑念を確信へと確定させる証拠を、探している時間はない。罪が確定した所で、作業の進捗率が上がるわけでもない。優先すべきは作業の方だと判断した。

 艦長は取り急ぎ、作業機械の出力データと科学者チームのリーダーが言った『失念』について報告を上げた。それから各員に磁場の連続データの測定を指示し、それと共に『不安定』の原因を探るよう命じた。

 結果は数時間後に出た。上陸チームのリーダーが主張した通り、測定データには大きな数値の揺らぎがあった。使用する作業機器によっては使い物にならないレベルにまで落ち込んだ数値さえ出ている。

「これは酷いな」艦長が不意にそう呟く程だった。その直後、艦長には新たな命令が届いた。惑星の詳細な磁場データと、これまでの調査結果との食い違いについての説明を求めるものだった。艦長は思慮に思慮を重ね、出来るだけ事実のみを記載する事に腐心し、報告書を纏めた。調査結果との差異について、その原因には触れず、『調査中』ともしなかった。本国がその気になれば、データ改竄の疑いには簡単に辿り着ける事は分かっていたし、そうなれば、誰を疑えば良いのかも自ずと見える。遅くとも数日のうちに、科学者チームは別のリーダーを迎える事になるだろうと予想していた。

 しかし、本国からの指示は意外な物だった。


「労働力を創る・・だと?」

艦長は本国からの命令を携えた副長に向かって、聞き返した。

「はい・・科学者チームにも同じ命令が送られています」

副長は不満と困惑が混在した顔で艦長に答えた。

「一体、何を考えているのだ・・」艦長は信じられないといった表情で、眉間に皺を寄せ、端末に表示された命令書に目をやった。その内容は受け入れ難い物だった。命令書には、「作業効率を回復させる為に、惑星の原生生物を改良し地表での労働力に充てる」・・とあった。

・著しく知能の低い野生動物を、

・命令に従順に従い、

・作業内容を理解し、

・実際に効率良く作業をこなし、

・長期間の労働に耐えうる。

 そんな種族に作り変えなければならない。莫大な時間が必要とされる事は直感的に分かる。数%の作業効率に拘っていた本国の指示とは思えない。それに倫理的にも疑いが残る。それ以上に驚かされたのは、今回の失態に関する科学者チームのリーダーについては、『処分不問』とも記されている。

(何かの間違いではないのか)と、現実逃避にも似た発想が艦長の脳裏を過ぎる。それを理解しているのか、副長は端末を操作し、新たなページを艦長へと向けた。

「少し前の論文ですが・・」

そう言って差し出された画面には、科学者チームのリーダーの写真と小難しい論文が映し出されていた。タイトルには『知的生命体の創出について』と書かれてある。

「彼の研究を、この惑星で行おうと言うのか」

「本国からは遠く、監視の目も届かない。こちらからの情報発信は検閲を避けられず、告発は実質不可能。土地は広大。生息する種は多種多様で個体数も十分過ぎる程。おまけに本国のお墨付き。理想的な研究環境ですね」

副長は呆れ顔で、吐き捨てるように言った。だが、艦長の顔は何かを思案している様に見えた。そして頭の中を整理する様に、ポツポツと話した。

「効率の低下に対する懸念は、この計画当初からあった。本国はずっと、それに固執していた。簡単に諦める筈がない。・・なのに、こんなにも効率の悪い計画を推進する・・のか?」

「効率以外の目的が出来たのでしょうか?」

「いや、この惑星における計画は、そんなに軽々しい物ではない。我が種族全体の未来を担っているのだ。易々と方向を変える等、出来はしない」艦長はそこまで呟く様に言った後でハッと目を見開いた。そしてみるみる顔を強張らせて「・・・一部の者、以外は」と零した。それを聞いて副長も顔を上げ、弾かれたように言った。

「一部の・・って、『上』ですか!」


 彼等の会話に度々登場する『上』と『本国』。これまで見聞きした情報から察するに、これらは別物の様だ。つまり、彼等は2つの指揮系統を持っているらしい。『本国』とはそのままの意味のようだが、『上』とは、上司や上官と言った意味ではなく、『上層部』が最も近いと思われるが、あまり正しくはなさそうだ。

 彼等の話から察するに、どうやら、彼等の種族の一部は『解脱』のような状態への手段を会得しているらしい。しかし、それを行えるのはまだ一部の存在だけで、『解脱』は彼等の社会全体に通じる共通目標のようだ。彼等の言う『上』とは解脱へ達した者達の集まりで、その者達は彼等の社会に於いて指導者的立場にあるようだが、他に未解脱者達の代表も、同様の立場にあるらしい。こちらを彼等は『本国』と呼称し、区別している。議会内に二院制が存在するような形態なのだろう。

 今回、科学者チームに労働力の作成を指示したのは『上』。つまり、解脱者達からの指示だと艦長は考えている。その様子を見る限り、『上』からの指示は『絶対』であり、反論の余地さえ感じさせない。同様の権力地位に在るとはいえ、艦長は『本国』からの指示には、しばしば意見を挟む所を見ると、それが『本国』と『上』の違いなのだろうが、今回の指示が『上』からの物である以上、労働力の作成は絶対であり、既定路線ということになる。


 艦長は考えを巡らせる。

(作業効率の向上に口を出されるのはいつもの事。むしろ、管理責任を負う本国にしてみれば当然の事。だが、事態はそんな悠長な状態ではない。地表での作業は成果を上げず、このままでは計画全体にまで影響が波及するのは明白。計画の破綻を防ぐ為に新たな一手を打つのは当然だが、それが『労働力の生産』? 技術や手法を変えるのではなく、労働力自体を作る? 新たに開発するのならば、『労働力』ではなく『技術』だろう。その方が時間も労力も効率的だし、これまでの前例を見てもそうだ。その上、原生生物を人工的に進化・・いや、命令書通りに実現させるとすれば、それはもう新種の創造だ。我々の遺伝子を使い、高い知能と自我を持つ知的生命体を創造するなど許される事ではない。倫理上、あってはならない事だ。ましてや、それを労働力の為に行うなど、言語道断。

 それに、あの論文。過去の事例。現有する技術力。どれをとっても、この計画は『実験』に近い印象を受ける。莫大な費用と時間と労力をかけての実験。

 他に選択肢はいくらでもあるだろうに、惑星1つを使って壮大な実験を行なうつもりか? 神経を疑う。・・・だが、ひとまず倫理上の問題は置いておくにしても、今計画・・ここに来て違和感を感じる部分が幾つかある。本国からの命令には、どこか一方的な傲慢さを感じるし、調査データの改竄にも近い不備があり、それを科学者チームのリーダーが首謀するという大失態。彼の事はよく知らない。だが、あの地位に居る者の仕業にしては余りにも杜撰。そしてあの失態があった上での、処分不問。つまり、彼には何の不利益も生じていない。せいぜい、乗組員からの信頼が失墜した程度であり、実際、彼はそれを意に介してはいないようだ。そして、それを決定したのは『上』。・・・もしや、これが元からの計画? むしろ、『上』の本来の目的はここにあった? 科学者チームのリーダーも、それを知っていた?・・いや、失態を犯した時の彼の様子・・あれは演技だとは思えない。気位の高い彼が、あんな姿を望んで晒すとは考えにくい。・・とすれば、彼は手駒の1つでしかない。強引に結果だけを求められ、準備も裏工作も間に合わなかった・・・と、言ったところか。同様に本国も問答無用で計画に従わされているのだとすれば、命令に強引さが滲むのも頷ける。『上』と『本国』の力関係を考えれば、あり得ない事ではない。『上』は何を考えている? 単に労働力の為とは思えない。新たな種を創造して、何をしようというのだ・・・)

 艦長は眉間に皺を寄せ熟考を重ねた。しかし、どれだけ思考を進めても、その裏側には常にそれを妨げようとする影がある。それは、どんなに振り払おうとしても、無視しようとしても思考の裏側でじっとこちらを見つめている。・・・そう。たとえ艦長の思考が『上』の真意にまで辿り着けたとしても、それがどんな物であろうと彼らに逆らう術はない。彼らの意思は絶対。元より、彼らの意志は計り知れない。それが艦長ら未解脱者層の共通認識だった。それは半ば法であり、宗教の教えに近い物でもあった。浅はかな考えが、大幸の妨げになってはならない。真理の根本に刻まれた教えは、時に障害であり、時に救いでもあった。艦長はため息と共に、一旦、思考を止めた。



 本国から新たな計画書が艦長の手元に届いた。「早いな」と呟きながら目を通すと、それは最早、別の計画と言っても良い程の物だった。しかし、驚きの感情は湧かない。どこか諦めにも似た虚しさが胸の中でモヤモヤとしたわだかまりを作った。

「これでは我々はただの端末ですね」副長が肩を窄ませながら吐き捨てるように言った。

 副長が言うのは、当初は現場に委ねられていた権限さえも計画書の中に見当たらないからだ。それ程に計画書は微に入り細に渡り構成されていた。口を挟む隙さえ無い計画書は、その発令者の傲慢を表しているようにも思えるが、常に下々とは一線を画している『上』が発令者だと仮定すると、その印象も多少変わる。計画書の表面に満ち満ちた傲慢さの内側に、焦りのような物を感じた。

 翌日、新たな計画書が発布されると、艦内には動揺と困惑が広がり、案の定、あちこちで不満が噴出した。作業の方向性を大きく変える必要があったし、部署によってはこれまでの成果を御破算にされる所もあった。これでは不満が出るのも当たり前だし、十分に予測できた。本来であれば艦長はここで強権を振るいながらも部下を鼓舞し計画を推し進める所だが、艦長は取り立てて反応もせず、静かに推移を見守った。

艦内の様子に気を揉む副長に、「何が起こるのか、見てみようじゃないか」と気楽な様子で答えた。

 その後の数日、艦の内外には動揺と困惑、そして不満が残り続けたが、計画は予定通り進められた。そんな時、地上に降りた作業班にちょっとした事故が起こった。原因は機器の不具合。負傷者も出たものの、程度は軽く被害も軽微だった。しかし、それを切っ掛けに隊員達の胸中にあった不安や困惑の感情は一気に不満へと変化し、堰を切ったように表出し、伝播した。艦内のあちこちで声を抑えることもなく不満を口にする者も増え、作業効率も一気に落ちた。その事態はすぐに艦長の耳に入り、本国でも把握されたが、それでも艦長は動かない。それから間も無く、副長の元に本国から通信が入った。


 「現況が今後も継続する様であれば、艦の士官全員の更迭も考慮せざるを得ない」

それが本国からの要求だった。

「士官全員とは・・また大きく出たな」と副長が思わず苦笑してしまう程に、この要求は異例中の異例だった。副長は呆れ顔のまま艦長に報告すると、艦長もまた「ハンッ」と鼻で笑った。

「お望みの反応ですか?」副長が問うと艦長は肩を窄ませ「確信を得るには十分だ」と答えた。

「本国からこの命令を受けた際の通信記録をお聞きになりますか?」

副長はどこか含みのある口調で聞く。通常、艦長は副長の受けた命令の内容をあらためて聞き返す事はない。ましてや、副長からそんな質問さえ出る事はない。つまりは『聴かせたい内容がある』という事。艦長は注意深く録音を聞いた。・・だが、それ程の集中は必要無かった。

「現場の者しか知り得ない内容が多々あるな」

艦長が溜息混じりに言うと、副長は満足気に答えた。

「ええ、私の報告書には記載の無い事を、本国は知っていますね」

そんな情報の出所について、2人の頭には科学者チームのリーダーしか浮かんでいない。そしてこれによって、艦長の持っていた懸念はより強固な物になった。

 それは情報の筋道。

 本来であれば、この遠征に於ける報告権限は艦長か副長にある。通例実務として業務的な報告は副長が報告書を作成し本国へ送る。それを『本国』が『上』へ情報として上げる。艦長と副長以外には外部へ報告する権限が無い。しかし、副長が作成した報告書に記載のない事実を本国が把握していると言うことは、誰か他の人物が情報を漏らした事になり、通常、それは規律を乱す行為として本国は受け止める。本来であれば、何よりもまず、漏洩者当人へ処分が下されるだろう。しかし、本国は今回の命令でそれに触れてもいない。情報の漏洩があり、それを把握していながらも、本国は処分しようとしない。不正が不正のまま黙認されている。この事実が指し示すのは、情報を漏らした人物は、本国ではなく、他のもっと上位の存在に情報を流し、それがその上位の存在の希望に則しているという事。これまでの経緯を見れば、情報を漏らしたのが科学者チームのリーダーであり、受け取ったのは『上』である事は明白。これは艦長にとって大きな懸念だった。情報の行き先と出所が2箇所ある。もしその情報に差異があれば、それは追求の的にもなる。濡れ衣や策略を仕込むにはうってつけだ。これを放置すれば規律は崩壊し、首謀者の望むままになる。そして情報の宛先2箇所の内、より力を持つ『上』に情報を上げているのは自分達ではない。・・・艦長はすぐに副長に命令した。

「艦内・艦外、および地上班。今計画に於いて生じる全てのデータに暗号化とプロテクトを施せ。一切の上書きを許すな」

艦長にとって苦肉の策だった。この命令は末端乗組員の個人記録にまで及び、全乗員の負担は増加した。また膨大な量のデータを強固に管理せねばならず、担当部署の負担は特に大きかった。これにより新たな不満を生むと予見した艦長は、担当部署を直接訪れ、その必要性を説明し、納得を得た。だが、それだけでは全く足りない。本国からの命令通りに、艦内の不満を抑えるのは難しくはない。全乗組員が自らの任務に誇りを持っている事を艦長達は知っている。その意味で高い規律も保たれている。しっかりと向き合えば理解は得られる。その自信はあった。心配なのは命令系統が実質的に2つある事。今はまだ『上」の意思は『本国』を通して伝えられているが、この形が壊れた時、艦内が分断される恐れがある。艦長にとって、それが一番憂慮する事態だった。 

 その後、艦長は上級士官達を呼び、会議を行った。現状を伝えると、熟考を待つ間も無く艦長の推測と同様の意見が次々に出てきた。そしてこの先の方針についても艦長の意思は全面的に受け入れられた。これにより、艦内の不満は多少の時間をかけて沈静化し、それぞれの作業効率は回復し、成果を順調に上げて行った。科学者チームも同様に順調な様子に見えた。

 あの計画書の発布以来、科学者チームの一部・・とは言っても、リーダーを筆頭に半数に近い者達は、最早、別組織と言っていい存在になった。辛うじて進捗報告は上がって来るものの、その内容は通り一辺倒で、目を通す事でさえ苦痛を感じるほどだった。その事に対し艦長が質問権を行使すると、リーダーはのらりくらりと躱すばかりで、何度か繰り返すうちに不快感さえ示す様になった。その態度は自信に満ち溢れていて、口には出さないものの、彼等の後ろ盾が何者なのかを容易に想像させた。それを苦々しく思う者は当然居たが、最早彼等は別組織。歪な形にはなるが計画自体は粛々と進んで行った。



 それからまた長い長い時間が経った。死に覆い尽くされようとしたこの星の生命は、糸の様に細い命脈を繋ぎ、紡いで、強かに生き残り、そして広がって行った。時はそれを静かに見守り、宇宙はそれを加護し、子ども達は逞しく成長した。そんな輪廻の中にありながら異物である彼等もまた、下された命令に対し成果を上げていた。母艦は基本、衛星軌道上に在ったが、長い時間の間に何度か姿を消し、また何度か姿を現した。その間も地上では作業が進み、地表にはかつてに劣らない程の自然が広がり、彼等の思惑も順調に染みていた。

 そんなある日、科学者チームのリーダーが艦長室を訪れた。これは滅多に無い奇事。迎えた艦長が面食う程だった。不意な訪問に一旦は驚きの表情を見せた艦長だったが、その顔はすぐに緊張し、口は一文字に結ばれた。一方、訪問したリーダーは対照的で頬の肉は緩み、顎を上げ、胸は堂々と張られていた。

「ついに完成しましたよ! 艦長!」

その言葉に、艦長の胸中には複雑な思いが去来する。この艦と遠征隊を指揮する立場としては、これで効率の改善が図れる。長い間横たわっていた最大の懸念事項が改善される。それは喜ばしい事。だが、それより幾分か大きな感情がある。

 科学者チームは、ついに新たな種族を生み出してしまった。それも単純な交配ではない。遺伝子レベルで我々と共通する質を持った知的生命体。それは、最低限の生命力を持ち、繁殖力は強く、我々の加護が無くとも外敵から自らの身を守る。高い知能を持ち、我々の意志を言葉で理解し、それに従い行動する。求められる結果を得るには高度な社会性も持ち合わせていなければならない。意志を持たぬ機械ではなく、己を理解せぬ下等生物でもない。そんな種族が、ただ、我々の望みに答える為だけに生み出された。その事実が艦長の心に重くのし掛かかる。そして、それを成す術もなく黙認して来た自分の無力さも、痛みとなって胸の中で蠢いた。

 艦長は科学者チームのリーダーに地表へと案内された。資料さえ貰えればいいと一旦は断ったが、「どうしても直接お目にかけたい」と押し切られた。渋々同意したつもりだったが、地表の環境は意外にも快適だった。空気は暖かく適度な湿度で瑞々しい。風は柔らかく、運んでくる植物の匂いが爽やかな気分にさせる。艦長は自然に目を閉じ、新呼吸をしていた。

「さあさあ! こちらをご覧下さい!」

爽やかな気分を一瞬で吹き飛ばされた艦長が、リーダーに促され視線をやると、そこには6体の人物が立っていた。リーダーの誇らしげで高揚感に満ち溢れた表情を見ると、その6体が彼の成果物である事は明白だった。そして艦長は思わず言葉を失った。その6体は艦長の予想を遥かに超えて、自分達と同様の見た目をしていた。自分達を基準に、『人物』と呼ぶに差し支えない見た目をしている。基となった生物の名残りか姿勢が僅かに前屈みで、それに伴い首から顎にかけてぎこちない違和感がある。さらによく見ると、そこかしこに相違点は散見されたが、これまで目にしてきたどの生物よりも自分達に近かった。

「隊の名簿を書き換えねばならんな」艦長は精一杯の嫌味を込めてそう言ったが、リーダーには褒め言葉以外の何物でもない様だった。

「いえいえ、それには及びません。これらは私の制作物ゆえ」

すまし顔でそう答えるが、一言では物足りないのか、次の褒め言葉を待ち受けている様にも見えた。その時、背後から声がした。

「大した成果ではないか」

慌てて艦長が振り向くと、そこには本国の指導部代表と監査部の査察官が居た。

 遠征隊の全権を担う艦長であったが、此処に居ることを知らされていない人物が居たところで最早驚きもない。その人物が本国の重鎮であっても、それだけ本国内に『上』の力が及んでいる事への査証でしかなかった。

 指導部代表と査察官は物珍しそうに、目の前の6体を覗き込む。その食い付き様はリーダの承認欲求を刺激するには十分だったようで、上機嫌で説明を始めた。

「これらは、この惑星環境に合わせて雌雄を分離し、各々その特徴が顕在する様、設計しました。また、自らの肉体を自らで管理する能力も持っていますので、怪我や体力の回復も自ら行い、放っておいても生殖と繁殖を繰り返します。これらと同様の物を800体程生産すれば、僅かな時間で十分な数へ増えるでしょう」

監査官は目の前の1体の顔を覗き込み、訝しげに聞いた。

「命令を聞けるのかね?」リーダーはすぐさま答える。

「なにせ低脳種がベース故、『教育』の形で言語をインストールせねばなりませんが、最低限の言語はすぐに使えるようになります」

「そうではない。命令には従順に従うのかと聞いている」

「その辺も抜かりはございません。4万を超える候補種を徹底的に調査・研究をした上で選びました。元々、低度の社会性を持つ種族であり、グループ内には力による上下関係も存在します。集団によるイジメも有りますし、群れの役に立たない個体を群れから追い出す行動も確認しております。今後の『教育』は容易いでしょう。勿論、『教育』に関しても最初の数体に施せば、後はこれらが勝手に周囲や子孫へ伝えます。多少の時間は必要になりますが、手間が掛からず効率的かと」

「ふむ・・良い結果を出したな」

査察官は満足げにそう言った。言うまでもないが、お褒めの言葉を受けたリーダーは査察官以上に満足げな顔をしていた。


 艦長が母艦に戻ると副長と数名の上級士官達がリラックスした様子で歓談していた。

「男爵の成果はどうでしたか? 艦長」

現場で見てきた事を伝えようとしていた艦長だったが、それ以前に副長の言葉に問い直す。

「男爵? そんな爵位を持つものが艦に居たか?」

副長は苦笑いで答えた。

「彼ですよ。大きな功績を上げ、最近は話し方まで貴族みたいになってきました」

皮肉混じりの返答に、艦長はすぐに理解した。科学者チームのリーダーの話し方の変化には、皆、閉口しているらしい。

「話し方の評判はともかく、出した結果の評価は高そうだ」

「モニターで見てましたが、とうとう行き着く所まで行った・・感じですね」

艦長は艦橋のモニターに目をやった。そこには地上で部下に指示を出す『男爵』の姿が映し出されていた。艦長は1つ溜息をつき、険しい表情で答えた。

「我々には止める力も権限もない。だが、黙認は同罪だ」艦長はそう言った後、黙り込んだ。


 科学者チームが生み出した最初の成果物は3種3対の6体あった。雌雄1対で、それぞれに特徴の異なる種を3種製作した。科学者チームのリーダーは、それらを纏めて『ニルス』と呼んだ。彼等の言葉で「低水準」と「完成体」を組み合わせた造語らしい。生み出された『ニルス』達の1つは身体能力に優れていた。環境に対し高い耐性を持ち、気温の変化に強く、長時間の作業にも対応出来た。次の1つは感性に優れ、敵を察知する能力や同族内での意思疎通に有用だったが、反面、感情の起伏が激しくしばしば内部で混乱を起こした。最後の1種は、それらのミックス種で身体的にも特筆する部分はなく、感性や感情の表現も控えめだった。科学者チームのリーダーは、これら3種の『ニルス』達を800体づつ生産し、それぞれ離れた地域へと移住させ、独立した社会を形成させた。

 しかし、直ぐにその社会は揺らぎ始める。最初の6体と3種800体を合わせ2406体の被験体が一ヶ月もしないうちに半減した。感情表現の激しい種は対立と抗争を繰り返し、殺し合いによって。ミックス種は殆ど活動を示さず、捕食もせずにゆるゆると数を減らした。・・が、科学者チームを最も混乱に陥れたのは、身体能力の優れた筈の種が次々と病に倒れた事だった。この悲惨な状況に科学者チームは右往左往し対応に追われたが、艦内は比較的に落ち着いていた。これは科学者チームに対する乗組員達の静かな意志が露見する事態であり、艦内が二分されている事への査証ではあったが、艦長は敢えて状況を放置した。艦長は最早、この遠征の成功を願ってはいないように見えた。

 それからも彼等は方向を変えず、粛々と進み続けた。科学者チームは予定の被検体を作り終えてからは、観察と微調整の段階へと移行し、順次、教育も施した。ニルスの個体数減少にも歯止めがかかり、なんとか増加へと転向し始めた。艦の他の班は、それぞれに与えられた役割を順調にこなした。だが双方共に、艦内に横たわる亀裂をなんとかしようとする者はいなかった。当初、艦長は立場上、それを見過ごす事はないと思われていたが、実際はそこに触れることを極力避けた。そんな艦長の態度に不満を覚える者もいたが、時と共に「何か狙いがあるのでは?」との予見が支配的となった。

 その後、彼等の自由意志はまるで壁に阻まれているかのように、狭い範囲を小さく動くばかりで、大きな変化を生む事なく長い長い時間が経過した。


 

 なんとも・・彼等の時間軸は非常に興味深い・・。彼等はこの宙域から度々姿を消すが、長い時間を経て戻って来る。地上では彼等の残したニルス達が日々を暮らし、子を育て、死んで行く。それを幾度と繰り返し、やがて物を使い、作り、伝え、文明の芽を息吹かせていると言うのに、やって来た彼等の変化は乏しく、剃った髭が生え揃う程度の違いしかない。服装は毎回変わる。乗って来る船も時折変わる。だが、彼等自身の変化は少ない。行動も然り。月と惑星の中間に母艦を置き、数人の小部隊だけが地上へ降りる。ニルス達の様子を観察し、教育を施し、環境の様子を記録し、また姿を消す。そんな単調の繰り返しだったが、ニルス達は劇的に変化した。ある時、ニルスの一人が地上に降りた男爵の姿を目にした。するとそのニルスは男爵の前へと進み出て、膝を折り、深々と首を垂れた。それを見た他のニルス達も同様に首を垂れた。この行動はニルス達が『神』の概念を手に入れた証となった。それは男爵の教育の成果。そして、こともあろうに、男爵はその成果と自らが重なるよう誘導し、その結果、男爵はニルス達の神と崇められるようになった。勿論、その結果に男爵は大いに満足していた。

 この『教育』が正しいのか、そして、誰の計画によるものなのかは定かではない。しかし、この教育によってニルス達の従順度は飛躍的に向上し、それに伴い、作業効率も上がった。見方を変えれば、それはニルス達の自己犠牲的な貢献による物だったが、男爵をはじめ、彼等の方針としては大きな成果として記録された。

 そんなある日、彼等は母星へ戻る準備を始めていた。数時間後、彼等はこの惑星から姿を消し、この惑星基準で早くても数十年後、遅ければ数百年、数千年を経過した後戻って来る。おそらく、今とほとんど変わらない姿で。だが、今回は少し様子が違った。副長がひどく困惑した表情で艦長の元を訪れた。

「帰還準備は順調か?」

副長の姿を認めた艦長が聞いた。副長は「すこぶる順調です」と言い切った後、ポツリと「一部を除いて」と付け加えた。当然、艦長はその『一部』について聞き正さなければならない。

「・・・一部とは?」

「男爵です」

艦長は天井を仰ぎ、大きく溜息をついた。うんざりとした気分を最早隠し切れてはいない。

「彼が・・どうした?」

副長への質問を喉の奥から押し出したのは、唯一、責任感だった。・・・が、副長の返答はその責任感さえ大きく揺らした。

「男爵は残ると言っています」

数秒間、艦長は副長の言葉を理解できずにいた。対象者が男爵でなかったとしても、彼等にはあり得ない選択肢だった。

 第一に、ここに残ればこの惑星の時間軸の中で生きる事になる。つまり次に彼等が戻って来た時、すでに男爵は死を迎えている。

 第二に、責任ある立場に在りながら詳細な報告の義務を放棄する事になる。ましてや、今現在ではニルス達に対しての全権は科学者チームが持っており、艦長に挙げられる報告はニルス達の知能程度や身体能力の変化、遺伝情報の変遷等の各種情報だけでなく、進捗の報告さえ満足のいく内容には遠く及ばなかった。男爵が居なければ、帰還後の正確な報告はほぼ不可能と言える。他にも理由は山程ある。そんな選択肢が存在する事自体、艦長には信じられない事だった。だが、そこに男爵が発案者である事を加味すると段々と現実的に思えてくる。いや、副長が伝えてきた以上、これは紛れもない現実。重要な責任をかなぐり捨てて、男爵はこの惑星で生涯を終えようとしている。それが男爵の意思なのか、それとも他の誰かの意思なのか。それを確認する術を艦長は持ち合わせてはいない。ただ、どうしても副長へは確認しておきたい。

「彼は正気なのか?」

副長は肩を窄ませるだけで、何も答えなかった。

 一応の確認の為、艦長は地上の男爵へと通信を送った。

「このまま残るのが希望か?」

「その通りでございます」

「報告の義務はどう果たす?」

「情報は既に送ってあります。遠征隊としての私の責務は終了しました。これからはニルス達の標べとして生きて参ります」

 それから数日後、彼等は再び姿を消した。たった一人を除いて。


 次に彼等がやって来た時、前回とはいくつかの違いがあった。その違いは彼等の中にもあったが、最も大きな違いは惑星にあった。以前の彼等の記録に残されたデータには、地上のニルス達の集落にはポツリポツリと建築物があった。それは草や葉で作られた屋根と、それを支える柱のみの建物で、ニルスが住まう住居ではなく、特別な祭礼の行事に使われる物だった。しかし、今は違う。建物には外界と内部とを隔つしっかりとした壁が造られ、多少の雨風だけでなく、獣の襲来からも守れる程だった。ある集落では、その建物に集落の全員が暮らし、また他の集落では家族が個々に住居を持っていた。地上には、とうに男爵の生体反応は無くなっていたが、これが彼の遺した成果なのだろう事は容易に想像できた。

 男爵は残ることを告げた後、移動の為の乗り物と幾つかの機器を希望した。その希望は本国によってあっさりと受け入れられ、おまけに立派な住居まで与えられた。その住居は今なお朽ちる事はなく、観察する限り、ニルス達によって神殿の様に扱われていた。副長は艦長の隣で艦内のモニターを見ながらポツリと言った。

「これはもう。『文明』と呼んで差し支えないのでは・・」

確かに、副長の言葉は正しかった。しかし、艦長の視線は別の、どこか遠くへ向けられていた。艦長は副長の言葉に何も答えない。それは副長の言葉を否定する意図ではなく、それどころでは無かったから。その原因子は今回の遠征に出発する前から艦長を悩ませていた。艦長は眉間に皺を寄せ、僅かに頭を横に振り、深いため息の後で副長に命じた。

「上級士官と科学者チームの代表を集めてくれ。そのミーティングが終わるまで外部への通信は一切禁止だ」

 程なくして、ミーティングルームには数名の幹部が集まった。その殆どは前回の遠征と変わらない顔ぶれ。そして、おそらくは初の参加になるであろう2人。その2人が今遠征での大きな違いの1つ。2人とも科学者で、言ってみれば男爵の後釜だった。1人には男爵の後継として科学者チームのリーダーの役割が与えられ、もう一人には科学者チーム代表の役割が与えられていた。この2人。同じ科学者でありながら、その属性が違う。リーダーの方は男爵と同じ科学院の出身。これは『上』の息が掛かった組織らしい。そしてもう1人は科学省からの派遣。こちらは本国政府により設立された組織。どうやら『上』の推し進める施策に本国が口を出し始めたと言う事だろう。

 艦長の懸念は正にここにあった。

この2人の属性の違い。そのバックボーン。そしてリーダーと代表と言う役職。これらを見れば『対立』は明確だし、最早それを隠そうともしていない。母星から遠く離れた辺境での出来事とはいえ、彼等を代表する2つの組織の対立は深刻な結果をもたらすだろう。そんな爆弾を抱えたまま指揮を執らねばならない艦長の心労は計り知れない。科学者チームは完全に2つに分かれ、相互間には何の繋がりもない。情報の行き来も、隊員の交流さえない。それぞれの研究室は艦内の遠くに離れ、艦内ですれ違っても互いの意識下では壁と変わらない。そんな風でありながらも、常に相手を警戒し進捗と成果を気にしている。そしてその責任者である2人。リーダーと代表。この2人には微妙な力関係が存在していたが、それは建前の範疇を超えず、互いに干渉をしない事で無意味な事となっていた。

 今遠征の開始と共に正式な命令書に則って科学者達の任務は大陸を南北に二分して実施される事になった。その詳細をこのミーティングで確認する。この二分割体制の実施に当たり、現在、ニルスの居住する大陸の南部から代表達の管轄する大陸の北部へと一部のニルスを移動させる計画だが、その時点でリーダー側から反発が起こる事を艦長は懸念していた。しかし、意外にもリーダーからは反対意見は一切、出なかった。そんなやりとりを見て、艦長はさらに気を引き締めざるを得なかった。一体、どこまで話が出来上がっているのか。艦長である自分には上辺だけの情報しか与えられていない。2つの科学者チームが友好的に任務を遂行するのであれば、そのまとめ役として艦長には十分な情報が提供されていただろう。しかし、それがない。リーダーと代表の人となりや経歴、計画の詳細さえ中身の薄い伽藍堂な情報だった。反目とも言える程にぎこちなくギスギスとした2つのチームが、その目標に対する重要な要因を一部とはいえ譲り渡す事に、反発もなければ、交渉さえない。上層部の何処かで、何かしらの密約が交わされているであろう事は疑いようがない。遠征の回を重ねるにつれ、機材や人員も増え、今や遠征隊は『艦隊』と呼べる程に大掛かりになっていた。それに比例して作業は順調に進み、当初目指していた目標は既に目前にある。だが、計画は幾度も見直され、1歩進むごとにゴールを遠ざけられた。それはまるで自分の影を踏もうとしているような気分にさせた。とはいえ、計画の見直しや目標の再設定はこの手の任務にはありがちな事。ねちっこい違和感が拭い切れないからと言って、それを口にする者はいない。この遠征の目的が自分達の知らない所で変更され、それを知らされないままである事に気付いていたとしても。

 ミーティングを終えて程なくして、大陸南北におけるニルス達の情報が報告として上がってきた。当初、3種作成されたニルスの内、2種族が完全に絶滅したと言うものだった。艦長は報告書の内容を目で追いながら、感情を抑えるのに多大な神経を割かなければならなかった。しかし、背筋が冷える程の戦慄を覚えたのは最後の1文。そこにはこう書かれてあった。

「残った1種のみで支障なく任務を継続できる」

 ニルスは彼等に近い種族。彼等の遺伝子を利用して造られたのだから、それは当然。そして言語を有し、彼等と意思の疎通が出来た。感情も意思も有る。子を慈しみ、隣人と手を取り合った。そんなニルス達2種族の絶滅。少なくとも数万の個体が死を迎えた筈。それを『支障はない』と終わらせる。そこに戦慄した。怒りも湧いた。無力な自分に絶望もした。殆ど接触はなかったとはいえ、悲壮な運命を辿ったニルス2種族を思うと深い悲しみに覆われた。そして艦長は決意した。ただ、その決意を現出させるには待つ事が必要だった。そこから艦長はその時が来るのをひたすら待った。

 副長は艦長に何か重大な変化が起きている事に気付いていた。そして、その内容を知ってしまえば自らの将来に深刻な運命をもたらすであろう事も、なんとなく予想出来た。それでも副長は艦長の前に進み出て、聞いた。

「絶滅したニルスの事ですか?」

それは艦長にとって唐突であり、何の装飾も誤魔化しも無い、真っ直ぐな質問だった。それだけに艦長は少し返答を躊躇った。

 何の前触れもなく、流れもなく、唐突にその質問を投げかけて来ると言う事は、副長も艦長と同じ感情を抱き、それについて熟考し終えているだろう事は、直感的に理解出来た。しかし、どう答えるべきか・・。このまま命令書に対し従順で居れば、約束された将来へと流れ着く。今遠征任務は順調に進んでいる。計画通りに進め、計画通りの結果を出せば、それを大きな成果として本国は受け止め、母星の難問を解決する最重要パーツを手に入れた英雄として迎えられるだろう。それは妄想でも夢物語でもなく、事実として目前にある。一方、艦長が自らの感情と決断を正直に答えてしまえば、おそらく、副長も同調するだろう。そして、その先へも傍で進む事を選択するだろう。その選択が輝かしい未来を手放す結果をもたらすと知っていても。・・それは艦長の望む所ではない。巻き込むつもりも無い。艦長が答えあぐねていると、副長は続けた。

「私は、英雄として凱旋するより、目覚めの良い朝を迎えたい」

その言葉が艦長の迷いを全て吹き飛ばした。艦長は軽く微笑むと「ならば、今は待とう。我々は重要なパーツを入手しなければならない。だが、それはまだ存在しているかどうかも判らない。だが、近い将来、必ずそれは生まれる。そう信じている。だから今は待とう」そう言った。副長はその瞳に強い意思の輝きを持ってコクリと頷いた。

 地上では2つの科学者チームがそれぞれ独自の思惑で任務を遂行していた。相変わらず、その情報は形式だけの伽藍堂で肝心な内容の情報は上がってこない。ニルス達の状態を確認するだけでも一苦労だった。しかし、時の経過と共に艦長の内なる意思を感じ取り、それに同調を示す者達が現れ始めた。その動きは上級士官だけではなく、階級も専門分野も超えて、広く艦内全体に広がった。艦長は彼等の協力を得て遠巻きに、内密に、科学者チームの情報を得られ始めた。

 それによると、2つの科学者チームはニルス達をより効率的に支配する方法を得ようとしている様だった。その方法は男爵によって施された教育によってニルス達が得た神の概念を利用するもの。つまり、神として地上に君臨し、ニルス達を思いの儘に扱おうとするものだった。これを艦長は「愚かな方法だ」と断じた。同調者達も強い意志を持ってそれに賛同し、中には激しい怒りを現す者も居た。そして同調者達の存在を未だ知らない者達の中にも同様の動きがあった。その中の1人が「アン=テ・ラスロ」。彼女は本国側の科学者チームの一員だった。彼女は前任者である男爵の事を「大馬鹿者」と呼んだ。

「あの大馬鹿者が目指したのは、きっとこれに違いない! 数千、数万のニルス達を侍らせ、ひれ伏させ、悦に入りたかったに違いない! そんな下衆な大馬鹿者の意思を利用し、倣い、便乗し、卑しい座に座ろうなどと!」

ラスロの怒りは激しく、猛々しかった。だが、何よりその心根が真っ直ぐで慈愛に満ちていた。それが艦長には心強く感じられた。そして、彼女こそが艦長の求めた重要なパーツだった。条件は3つ。

1:科学者チームの一員であり、チーム内で相応の影響力を持つ者。

2:少なくとも現時点でのニルスに対する方針に反対であり、かつ、ニルスの幸福を最優先に出来る者。

3:今後のリスクを承知で行動出来る者。

『アン=テ・ラスロ』。彼女はその条件を見事にクリアしていた。


「そろそろお話いただけますか?」

副長の問いに艦長は少し目を伏せたが口を開かない。副長は続けた。

「艦長の考える終着点はどこなのですか?」

副長は僅かに語気を強めていた。艦長は眉間に皺を寄せ、少し考えてからポツリと答えった。

「まだ迷っているのだ・・いや、踏ん切りがつかないと言った方が正しいか・・」

その言葉で副長は何かを悟ったのか、その顔に暗い影を落とした。

「望まぬ選択をすると?」

「そうしなければならないだろう・・」

副長は一度俯いて、それから大きく息を吸い、吐いた。そして、顔を上げ言った。

「であれば、一度彼女と話す必要があります。彼女は確かに条件に当て嵌まります。そして科学者としても優秀です。ニルスに関しても精通している。我々が求める人材にこれ以上理想的な人物はいません。だからこそ、話さなければなりません」


 副長は艦長の決断を知ってから精力的に動いていた。艦内には科学者チームの独立した行動に不満を持つ者も少なからず居た。しかし、艦長の前でその不満を表出する者は居ない。皆、立場があるし、この遠征隊に選出された事を誇りに思っている。遠征隊員としての意識は高い。そんな乗組員の本音に触れられるとすれば、艦長よりも副長が適任だった。そして副長はその活動の中で、ニルスとの関わりに対し様々な意見がある事を知った。勿論、科学者チームの計画に賛同する者も居る。しかし、現状を変更すべきと考える者達の意見も多岐に渡る。艦長に同調する者も噂レベルの話を聞いているだけで、艦長からはっきりとした言葉を聞いた訳ではない。方針を知らず、漠然とした方向のみを知っていたのだから、今は同調できていても今後は分からない。艦内を隅々まで知る副長の体感では、この先一歩踏み出せば、同調者は半減し、次の一歩で更に半減するだろうと予測出来た。ましてや、艦長が望まぬ選択をするとなれば最終的に残る同調者はごく一握りだろう。だからこそ、アン=テ・ラスロとはしっかりと話さなければならない。彼女は最重要人物と言って良い。科学者チームの有力者であり、現状を良しとしない彼女を失うわけにはいかない。彼女とは同じ終着点を目指し、同じ歩調で進まなければならない。常にリスクがつきまとう。外部に漏れれば全てが終わる。計画は破綻し、そこに参加した者の未来は絶望と苦難だけが残るだろう。それらを回避し、計画を成功させるには全員がそこを向いていなければならない。

 しばらくの時間を経た後、副長の尽力でアン=テ・ラスロと艦長の密会が実現した。誰にも知られずに、艦長と副長、そしてアン=テ・ラスロの3人が艦長室で顔を合わせる。ラスロの瞳には色濃く疑念があったが、それを悟られぬ様に口元には薄い笑みがあった。

「お呼びですか? 艦長」

ラスロの声は穏やかにして淡々としている。艦長は2人をソファーへ促すと温かい飲み物を人数分用意し、テーブルに置いた。そして自らもソファーへ座ると、事もなげに言った。

「私はニルス種を君達から解放したい」

その言葉に副長は思わず目を丸くし、艦長を見た。まさか、いきなり何の捻りも飾りも無い言葉を投げ掛けるとは思ってもいなかった。

 ラスロはじっと艦長の目を見据えた。そしてゆったりとした動きでテーブルの飲み物を手に取り、口に運ぶ。コクリと飲み物を喉に落とすと、カップをテーブルに戻し、再び艦長の目をじっと見据え、言った。

「・・・私もです」

副長は最大限の努力で平静を装ったが、ラスロの言葉は意外だった。ラスロは科学者チームの一員。話を合わせているだけという可能性を完全に捨てるわけにはいかない。

 ラスロは言った。

「解放・・と、おっしゃいましたが、具体的には?」

艦長の意思に同調を示した以上、それが芝居や良からぬ策略でなければラスロも同じリスクを背負う事になる。この問いが艦長の真意を探る言葉である事は明白。ここは何よりも慎重さが優先される。多少の齟齬であれば後でいくらでも修正できる。

 ラスロの質問から数秒が経過した。副長には長く重い時間だったが、艦長はまだ口を開かない。テーブルの一点を見つめ、その眼差しは真剣そのものだった。この時、艦長が何を考えていたのか・・。未だ自らの決断を飲み込めずにいるのか。それとも、ラスロを取り込む方便に意識を巡らせているのか。この数秒の沈黙で、副長だけではなくラスロまでもが艦長との意見の相違を確信していた。

「私は・・」ようやく艦長が重い口を開き、その真意が短い言葉で語られた。

「私は、・・・ニルス達を無に帰すべきだと考える」

副長はこれを漠然と予想していた。あの決断の日、艦長の顔に浮かんだ苦渋の色は、これまで何度か目にしてきた。その顔は意にそぐわない義務を果たそうとしている時の顔だった。

 意にそぐわない『方法』によるニルス達の『解放』。その2つが指し示すものは、この惑星におけるニルス種の全滅。それを自らが実行する。それが艦長の意思だった。その意思を聞き、半ば予想出来ていたとはいえ、副長は胸を痛めた。

 副長は艦長を知っている。崇高な理念と責任感。そして思いやり。副長にとって艦長を示す言葉は、この3つだった。そんな艦長が信念の下であれニルス達を手にかける。その個体数は膨大なものになる。大虐殺と言っていい。それが艦長にとってどれだけ苦渋に満ちた決断なのか。想像するだけで逃げ出したくなる。全てを放り出してしまいたくなる。恐ろしくもあり、悲しい決断だった。

「はんっ! ニルス達を皆殺しなんて、お話になりませんね!」

ラスロが吐き捨てるように言い、蔑む目で艦長を一瞥し、その後で胸の前で腕を組んだ。そんなラスロの拒絶反応を見て、副長は艦長へと目をやった。

(何故、もっと上手く話を進めないのですか・・・)そんな抗議の籠もった視線だった。しかし、艦長は意外にも穏やかな空気を纏っている。

 ラスロは強い反応を示した。それは拒絶とも取れる否定だった。しかし、彼女はまだ席を立ってはいない。その事実が艦長に交渉の余地を確信させていた。

 ラスロも艦長と同様に現状には否定的。地上でニルス達と直接に接触する科学者チームの一員なのだから、その思いは艦長よりも強いのかもしれない。ニルス達は科学者チームを目にすると、神と仰ぎ、首を垂れて膝を折る。それは服従の姿であり、ニルス達の意思だった。しかし、それを植え付けたのは科学者チームの前代表である男爵。そして、おそらく『上』の意図。そんなまやかしの信仰を利用して、ニルス達の労働力を搾取する。ラスロは、そんなやり方に強い反発と不満を抱いていた。だからこそ、現状を変えたい。しかし彼女も、後ろに控える『本国』や『上』の存在から見れば、非力でちっぽけな科学者の1人でしかない。彼女にもまた、艦長の力が必要だった。この交渉の場を崩壊させる訳にはいかないのは彼女もまた同じ。

 艦長は顔を背けるラスロの横顔を見つめて話し始めた。

「かつて・・・ニルス達が、この艦で生まれ地上に送られたばかりの頃、私には彼らが歪に見えた。我々に近い姿をしていながら、目には生気がなく、明瞭な言葉さえ話せなかった。知能は赤子同然、まともに歩くことさえままならない。床に座り、転がるボールを目で追いながら、言葉にならない声を発して手足をバタつかせた。我々に近い大人の姿で・・だ。病に侵されている訳でもなく、完全な健康体だと男爵は言った。そんな個体が数十体。・・その光景は異様だったよ。異様な『歪』だ。・・だがすぐに『教育』の効果は表れた。次に私が地上を訪れた時、ニルス達はその足で自在に大地を駆け回り、私と会話を交わした。多彩な表情を持ち、言葉で行動と感情を抑止出来た。文字を読み、理解し、伝える事が出来た。

 最初に目にしたニルス達は、言うなれば『空っぽの箱』だ。軽くて貧弱で頼りない。しかし、その箱に正しく適切な物を詰めてやれば、どっしりとして丈夫になる。だが、ニルス達は『箱』ではなく『生命体』なのだ。その生命体が物を詰め込む程度の短期間でここまでの成長・・これも異様だ。彼らは今後、苦しむ事になる。その遺伝子に刻まれた『歪』を未来永劫、抱えたまま種を繋いで行くのだ。いつか必ず、その『歪』が彼らを滅ぼす。彼らは内なる自分に滅ぼされる。その苦痛。その苦悩。その時、彼らの世界に充満するのは、悲鳴か嘆きか、それとも狂気の笑顔か・・そして、忘れてはいけない。その生命体は我々の手によって創り出された。我々は生み出してはいけない存在を創ってしまったのだ。・・・ならば、我々の手で、無に帰そう」

 艦長がそう話し終えた時、ラスロはいつの間にか体を艦長に向け、真っ直ぐに話を受け止めていた。艦長の真意を初めて言葉で受け取り、正確に理解した副長も神妙な顔をしていた。そして、ラスロは話し始めた。

「確かに、艦長の仰る事は一理あります。・・いえ、ニルス達の将来について言えば、私の予測はもっと悲惨です。ニルス達の最も顕著な特徴は排他的、かつ、争いを好む交戦的な種族である事。これまでの観察データが示す通り、彼らは幾度となく諍いを繰り返し、隣人を殺しては何かしらを得ています。彼等は勝利に熱狂し、他者の命を終わらせる事に興奮します。また、彼等は生息域を徐々に拡大しています。今はまだ大陸の北と南で互いに干渉も認識もせず暮らしていますが、近い将来、彼等の縄張りは何処かで接触するでしょう。今の好戦的で排他的な特質を持ったまま出会えば、それは個々人の諍いではなく、地域の紛争でもなく、いずれ『戦争』と呼べる事態に陥るでしょう。前任者・・男爵? ・・は、それに気付いていた。そこで自らの力を見せつけ、時に罰を与え、時に救い、ニルス達の心理に畏怖の念を芽生えさせた。そうする事で、信仰によって平和をもたらそうとした。この方法は一定の効果を上げています。・・・ですが焼石に水です」

そこで艦長は口を挟んだ。

「だが、現にニルス達は絶滅せずに存続している。生き延びるどころか、その世界を広げている。このままでは、彼等は際限なく増え続け、広がり続ける。それは将来、来るべき時が来た時に、苦しむ者を増やすだけだ」

「艦長の仰る通り、今後もニルス達は増え続け、広がり続けるでしょう。・・ですが艦長、それを支えているのは何だとお考えですか?」

「・・認めたくはないが、好戦的なニルス達を抑えているのは『信仰』だろう。内発的に生まれる自戒の念が諍いを抑制している。男爵の人柄はどうあれ、優秀な人物であった事は間違いない。『信仰』は諍いの抑制以外にも効果を発揮している」

ラスロは少し悲しそうな笑顔を見せて言った。

「艦長・・ニルス同士で殺し合いをしているのは、その信仰心を持ったニルスなのですよ?・・艦長は『歪』と仰いました。その通り。彼等ニルス種は片方で他者を愛し、敬いながら、もう片方で他者を殺すのです。彼等はそんな歪な心を抱えています。そしてこれも仰る通り、その『歪』が彼等を滅ぼすでしょう」

「では、現在の彼等の繁栄を支えているのが『信仰』でなければ、何なのだ?」

「簡単な事です。単に死者数を出生数が上回っているのです。技術の未熟さ故に自らを助けているのです。

 ニルス種は驚異的に強い繁殖力を持っています。それを支えているのは、旺盛な性欲。これは、人為的な遺伝子操作が原因だと思われますが、我々にも、原生種にもない特筆すべき特徴です。ですが、このまま彼等の文明が向上すれば、殺し合いの武器は殺戮の兵器へと変貌するでしょう。そうすれば、彼等の強い繁殖力を持ってしても死者数と出生数の関係は簡単に逆転します。そうなった時、男爵の作り上げた『信仰』ではあまりに無力なのです」


 この3名による会合は、環境に恵まれているとは言い難い。人目を避け、気付かれないように装わなくてはならない。よって、会合の経過時間にも気を配る必要がある。今回の会合はここで一旦、終わらせる事になった。艦長とラスロの主張は平行線のまま交わりはしなかったが、スタートから数歩のうちは同じ道である事が確認出来た。まだ時間はある。これから何度も話し合えばいい。互いを失う事が出来ない以上、必ず落とし所は見つかる。3人共がそう確信していた。


 次の会合は副長の尽力により間をおかずに開催された。3人は艦長室に集うと無言のままテーブルを囲み、艦長と副長は階級章を、ラスロは科学省の紋章を、それぞれ襟から外しテーブルに置いた。どうやら、それらは音声の送受信装置のようで、衣服から外し皆の眼前に晒す事で、この部屋の会話を外部へは漏らさないとの査証にしたようだった。それらが出揃った所で、艦長が口を開いた。

「ニルス達の将来に対して、私の意見は前回述べた通りだ。ラスロ君、君はその時、『話にならない』と一蹴したが、ニルス達が将来辿るであろう道筋と、その行き着く先の予見は、私と同様のように思えるのだが?」

「ええ、半分はそうご理解頂いて構いません。ですが、ニルス種の未来を憂うあまり、その絶滅を選択するのは正しい判断とは言えません」

「私も、好き好んでそんな選択をしている訳ではない。・・だが! 我々には責任があるのだ! 哀れな運命を背負った種族を! 意思を持った操り人形を我々は生み出してしまったのだ! 私には、それを止められなかった。彼等の絶滅は、私が背負うべき業なのだ」

艦長の主張には後悔という熱が篭っていた。副長も複雑な表情をしている。ラスロもまた、その思いに応えようとした。

「私は、ニルス開発の初期段階から研究に携わって来ました。・・と言っても、研究の殆どは前任・・男爵によって行われましたが、そのデータには全て触れて来ました。私は本国で、そのデータの解析と分析をしていましたから。勿論、それらのデータがどこに向かい、何を作ろうとしてるのかも把握していました。艦長の言う『背負うべき業』は私にもあります。だからこそ、私は今、ここに居る。そして、その責任を果たす為の、艦長とは別の選択肢を持っています」

「その選択肢とは?」

「もう一種、別のニルスを創り出します」

その言葉に、艦長は息を呑み、副長は思わず立ち上がった。それ程にラスロの提案は突飛なものに思えた。これ以上、不幸なニルスを増やさない為の会合だった筈。ラスロの提案は艦長や副長にとっては、可能性の端っこにも浮かばない発想だった。

「バカな事を・・それこそ話にならん!」

艦長の言葉には多少の感情が混じっていたが、ラスロは意に介す様子もなく、淡々と説明を始めた。

「これが最善なのです。最高ではありませんが、選びうる中で最善の策なのです」そう前置きしてラスロは続けた。

「現存する2種のニルス種。元となったニルスは男爵の遺伝子操作により、この惑星の原生種から生み出されました。原生種を利用するのは、惑星環境に適した肉体が得られるからです。しかし、惑星には知能の高い種は存在していない。そこで男爵は我々の遺伝子を知能領域に絞って組み込んだのです。そして、実際に使用されたのは、主に男爵の遺伝子でしょう。幾度の失敗を繰り返し、完成形と思われた3種のニルスの内、2種は絶滅し、残った1種が現存する南部のニルスです。そのニルスに更なる改変を加え、生み出されたニルス。これが大陸北部のニルス」

ここでラスロは何かを確かめるように2人を見た。「ここまでは知っていますね」と確認しているようだった。2人もそれに答えるようにコクリと頷く。ラスロは続ける。

「この2種のニルス、大元は同じ遺伝子です。よって、この2種間には共通点が多い。排他的であったり好戦的なのも、我々側の遺伝子・・もっと言えば男爵の遺伝子による影響だと推測しています。ですから、もっと別の性質を持ったニルスを作るのです」

艦長は眉間に皺を寄せ話を聞いていたが、落胆したように深いため息をついて言った。

「それが・・最善だとは思えない理由が2つある。1つは時間。男爵が現在のニルスを作り上げるまでに相当な時間が掛かった。君がどんなに優秀でも、新たなニルス種を生み出すのに短時間で出来るとは思えない。時間を掛ければそれだけ外部に勘付かれるリスクは高まる。計画はあっさりと潰され、我々は悲惨な未来に投げ込まれるだろう。もう1つは勝算がない。新たな種を作った所で何が出来る? 三竦みでも狙うか? そんなに上手く行くとは思えない。哀れな個体を増やすだけだ」

艦長の真っ向からの否定意見をラスロは僅かな微笑みと共に受け止めた。そして胸を張って言い放った。

「ニルスの未来に絶望しかないのなら、ニルスに救わせれば良いのです」


2度目の会合はここで終わった。ラスロの意見を2人が理解するには、もう少しの時間が必要だと判断出来たからだ。次にまた3人がここに集った時、ラスロが丁寧に説明するのだろう。艦長と副長にも新たに示された可能性に対し、想像力を膨らませる時間が必要だ。


 副長は職務に忠実で真面目な男だった。艦内の動向にも細かく目を配り、友人と呼べる存在も多かった。そんな副長に艦長は絶大の信頼を寄せていたし、副長もそれに応えることに誇りを感じていた。そんな副長にも稀に疑問が生じる。

 副長は今日も乗組員のスケジュールに目を通し、動向を見定めて3人の会合に最適な場所と時間を探していた。そんな時にも頭の片隅には会合の終着点についての不安が過る。今の所、艦長とラスロの意見に妥協点は見つからない。2つの意見は全く別の方向に向かい過ぎていて歩み寄る余地がない。もしも、2つの意見が平行線のまま時間を浪費するだけになったら・・。その時、自分はどうするべきなのか。

 悠長に時間を浪費出来るだけの余裕なんてない。かと言って、中途半端な方針で解決出来る問題でもない。その状況下で自分はどう行動すれば良いのか。その疑問に答えを出す為の最大の問題は、自分の中に明確な答えが出ていない事だった。

 3度目の会合の為、ラスロは艦長室を訪れたが、そこに艦長の姿はなく副長だけが出迎えた。

「艦長は?」

「少し遅れると連絡がありました」

「お忙しい方ですものね。こう言うこともあるのでしょう」

副長はラスロを席へと促し、飲み物を淹れようと立ち上がった。すると、ラスロが「私が淹れましょう」

そう言って副長と入れ替わる。ラスロの手によって飲み物が2つ、テーブルに置かれた。そこでラスロは考える。艦長が居なければ本題には入れない。さりとて、お互いに互いの事をよく知らない。艦長が来るまで気まずい沈黙の時間を過ごすのだろうと予測した時、意外にも副長が口を開いた。

「ラスロ博士。私はこれまで、貴方からニルス達についてお話を伺いました。そして、貴方が今、ここに居るのはニルス達の未来を憂いて・・だと理解しています。しかし、これまでのお話からは、貴方にはニルスへの思い入れがあるようには感じないのです。むしろ、その逆の印象さえあります」

ラスロは少し考え、小さく笑ってから答えた。

「ええ、そうね。これまで、この場で話したニルス種への私の見解を聞く限りでは、そう思うのが当然でしょう。・・だって、ニルス達の悪口しか言ってないもの」

そう言って悪戯にクスリと笑ってから続けた。

「でも、それはほんの一面でしかない。確かに彼等は排他的で攻撃的。同族に攻撃を仕掛ける事も珍しくない。知能の低さは言わずもがなだけど、寛容さに乏しく、大半の個体は向上心にも欠ける。・・まだあるわよ。あげればね。でもね。彼等はとても感性が鋭いの。沈む夕日をじっと眺めてみたり、花や虫を愛でたり、小型の野生動物に食べ物を分けたりするのよ。それに、表現も豊か。副長はご覧になった事があるかしら。母が愛おしそうに我が子を眺める目。顔中を綻ばせて笑う笑顔。愛する者を失ったニルスが、地に膝をつき、大声で泣いているのを見た事もある。彼等はね、嬉しい時に歌うの。最初はただの鳴き声。遠吠えに近かった。それが世代を経るにつれて少しづつ洗練されて、メロディができた。言葉が伴って歌詞が出来た。1人が歌い始めると、隣も歌い始めるの。その輪がどんどん広がって、その頃にはみんなが踊るの。無茶苦茶に体を動かしているだけだけれど。でも、本当に楽しそう。みんな笑顔で踊るの。見ているこちらが幸せな気持ちになる。悲しい時にも、寂しい時にも歌う。星空を、風を、感情を歌うの。・・一度、ご覧になってみるといいわ。それだけで理由がわかる。彼等を騙し、操る事がどれだけ醜い事なのか。彼等が殺し合う事が、どれだけ悲しい事なのか。一度でも、その目で確かめれば私の思いを理解出来るはずよ」

「・・なるほど。是非、見てみたいですね」

副長は何処か吹っ切れたような表情で、短く答えた。

少しして艦長が戻り、3度目の会合が始まった。この時、副長にはもう迷いは無かった。自分の中に確固とした答えが出たようだ。

 部屋に戻った艦長は「遅れてすまない」と短く詫びて、椅子に座ると早速本題に入る。

「博士の言葉を考えた。ニルスがニルスを救う・・だったな。あれからニルスに関する資料を再度読み返してみた。これまでの観察データや施した教育内容と、その成果。全ての記録に目を通したが、残念だが、博士の言葉が実現するとは思えない」

「理由をお聞きしても?」

「ニルスは排他的で好戦的。これはニルスに関わった者なら皆が持つ印象だ。そしてこれまでの記録にあるように、ニルスはニルス同士の関わりに於いてコミュニティの大小に関わらず、暴力で支配し、暴力で統治する。統治が決まれば幾分かその傾向は弱まるが、次の統治を狙う者もまた暴力でその座を得る。さらに自浄の手段もまた暴力。これだけを見れば野生種そのものだ。今はまだ喧嘩に毛の生えた殺し合いでしかないが、技術の革新が進み、武器の進化が進めば、彼等は自らを絶滅に追い込む兵器を手にするだろう。その時、彼等はそれを使う事を拒めない。科学の進歩の為、正義の為、何かと理由はつけられるだろうが、その実、強大な兵器を行使する魅力に抗えないのだ。誘惑には勝てないだろう」

そこで副長も口を開いた。

「私も艦長の意見に同感です。ニルスには個の死を悼む感性がありますが、また、集団になった時の凶暴性は顕著です。・・その矛盾した二面性を内包出来るのも、人工的な遺伝子操作の結果なのかもしれませんが・・」

2人の意見を聞き、ラスロは静かに答えた。

「私もお二人の意見に同意します」

・・意外な返答だった。艦長も一瞬首を傾げた。

「それでも君は、ニルスには自らを救える能力があると?」

「いえ、それは叶わぬ夢です」

そう答えるラスロには微かにも悲壮感はない。真っ直ぐに艦長と副長とに目を合わせて言った。

「ニルスの根源的な性質は我々とよく似ています。我々にも遠い過去には愚かな諍いと戦いの歴史があります。幸いにも我々は技術の進歩よりも種としての成熟の方が早かった。我々の遠い祖先もニルス同様、排他的で好戦的だった。そして今や技術革新は進み、あの惑星を一瞬で消し去る技術もある。・・しかし、我々はこうして存在し続けています」

そこで艦長が口を挟んだ。

「しかし、我々には歴史上、幾度かの奇跡を経験している。その奇跡が今の我々へと存続する鍵であることには間違いはない。だが、我々には、あの様な奇跡は起こせない」

そんな反対意見に対してもラスロには返答が用意されている。

「いえ、奇跡は必要ありません。何故なら、我々には現在に至る軌跡があります。経験したからこそ学んだ経緯がある。我々には何が足りずに、何が必要だったのか。それを学びました。そしてニルス達はまだ未熟です。いえ、種として幼すぎます。だからこそ時間が有る。学びと変化を飲み込む余地がある。技術を手にし、腹に狂気を溜め込んでいた、あの頃の我々とは違うのです。ニルス達に必要なのは奇跡ではなく、新たな、信頼できる指針なのです」

「具体的には・・その指針とやらは、どうするつもりなのかね?」

「新種のニルスは、穏やかで理知的な性質を持たせます。その遺伝子レシピも既に完成しています。7回のシュミレーションを行い、満足のいく結果を得られました」

「穏やかで理知的。その性質を得るのに何を犠牲にしたのかね?」

艦長からの質問に、ラスロは手にした端末に目を落として淡々と読み上げた。

「身体的能力は17%程劣ります。芸術的思考や精神的な強さも劣ります。根源的生命力に欠け、体外への性的刺激物質の分泌も低下します。その他諸々、・・端的に言ってしまえば、貧弱で危うく魅力に乏しい種・・ということになります。しかし、認識力に優れ、特に他者への共感認識力はスバ抜けています。認識する事でそれを学び、協調性がそれを根源的に広めます。現存するニルスとのバランスも取れるでしょう」

「しかし、そんなひ弱な存在では、現存のニルスにすぐ滅ぼされてしまうのではないか?」

「はい。・・ですので、一定期間は両者を隔離します。新種のニルスは現存ニルスの居る大陸からずっと離れた・・惑星の反対側にある別の大陸に植民します。面積は小さめですが、海で隔てられた土地であれば両者の接触は、現在の技術レベルであれば、かなりの期間避けられます」

「この惑星に3種のニルスか・・」


 その後、艦長の意見とラスロの意見は長い間平行線を辿った。それはラスロの案があまりにも唐突で、具体性に欠け、秘密裏に行うには規模が大きすぎたから。しかし、最終的にはラスロの案が採用される事になった。それは副長の「他に方法はないかと思われます」という一言と、ニルスの全滅を提案した艦長自身の中にあった『自身の案に対する抵抗感』が後押しした。そんな消極的な動機ではあったが、この頃には艦長におけるラスロへの信頼は大きく、その能力にも十二分な信頼が置けた。ラスロを信じる事で、その提案のもたらす未来をも信じようと思えた。

 それからは慌ただしい日々となった。先づは人員を確保しなければならない。これには副長があたった。副長は以前から候補者リストに挙がっていた者に慎重に接触した。多少の時間は要したものの、艦内全域から数十名の協力者を得る事ができた。その面々は上下級士官だけではなく、機関部・衛生部・探査部・技術部等、様々な部署から集められた。彼等のスケジュールを調整し、出来る限り秘密裏に計画を進めなければならない。最も重要視されたのは隠蔽班。計画を実行する大陸は、これまでほぼ手付かずで放置されていた為に監視の目は届かないが、そこで何かをするのは逆に目立ってしまう。実際に人員を現地へ派遣する必要もある。出来る限り痕跡を消すには膨大で細やかな作業が求められる。そんな重要で緻密な任務を受け持つ隠蔽班の班長に、副長が選んだ男には見覚えがあった。彼の名はゴルジ・ウスルス=ロジ。ロジは機関部で第二エンジン担当班の班長をしており、艦内の技術的要素に精通している。地上での作業機器のメンテナンスも行なっており、ニルス達との交流もある。時折、ニルス達と物々交換をしては得た品を嬉しそうに周囲に見せびらかしていた。これ以上無いと言える程の人選だったが、驚く事に、その顔は以前、上陸班の班長だった男と瓜二つだった。しかし、上陸班の班長は誠実な男ではあったが、見た目は野生的で、仲間との交流も盛んな人物。ガッチリとした体格に人懐っこい笑顔を持っていた。それに比べ、ロジは機関部に所属し、ひたむきに機械と向き合い、物静かで繊細。丁寧な態度と、どこか厳かにも見える気品を纏っている。・・まるで同じ顔をした別人としか表現出来ない。・・と言うか、その言葉そのものなのであろうが・・。こんな事にはもう十分に慣れたつもりだったが、余りに違いが大き過ぎて少々驚いてしまった。

 ロジは計画を知って大いに喜んだ。どんなリスクを冒してでも実行すべきと主張した。それ故に、最もリスクが高く、最も緻密で、最も膨大な作業をこなす役目を進んで引き受けた。

 計画はすぐに実行された。先づは、新たな大陸における現地調査が綿密に行われた。地質・気候・生息する野生種・水質・大気成分等、その項目は広範囲に渡った。一方、ラスロは部下数名と共に新しく生み出すニルス種の遺伝子レシピの最終調整に入った。それが完成した時、ラスロはこの新しいニルス種を『ミクァルド』と名付けた。意味は『時の中で読む者』。


 その頃、ニルス達の生息域は大陸全土に及ぼうとしていた。南北のニルス達が出会うのも目前に迫っている。大陸のほぼ中央で訪れるであろうこの出会いに科学者チームだけでなく、多くの乗組員も注目していた。この出会いが2つのニルス種に大きな変化をもたらす事は必至で、それがどんな変化になろうと起点はここになる。その歴史的瞬間を見逃すまいとする者達だった。彼等は野次馬的視点で今か今かとその時を待った。そんな興味的傾向はジワジワと艦内に広がり、程なくして艦内の大半が大陸中央へと視線を注ぐ。結果、他業務が多少疎かになったが、咎めを招く程の事でもなく、各リーダー達はそれを黙認した。

 他方、この大陸の東側には南北に走る大きな山脈があり、その影響で山脈の東西では気候が大きく違う。とは言っても、山脈の東側の面積は僅かで大陸全体の20%にも及ばない。よって、科学者チームからは見落とされがちな場所だったが、ここにもニルス達は進出している。この南北に走る狭い土地でも、ほぼ中間点で南北のニルスが出会おうとしていた。ラスロは、艦長・副長と共謀しロジの協力の元、この地点に点在していたニルスを南北からそれぞれ200個体程度、人目につかない艦内の一室へ招いた。総勢400余名のニルスが見たこともない質感を持つ部屋で、キョロキョロと辺りを見回し、動揺し、言葉を失って立ち尽くしていた。ラスロはそんなニルス達に穏やかな笑顔で向き合い、新天地への移住を提案した。ちなみに、科学者チームの注目が大陸中央へ集まった裏には、ラスロの部下が暗躍していた事は言うまでもない。

 元より、ラスロ達を神と崇めていたニルス達はラスロの提案に抗う事もなく、逆にこれを神からの恩恵と受け止めて大いに湧き立った。新天地になる大陸は、これまでの大陸とは気候風土が大きく異なるため、ラルスはどんな準備が必要か、どう乗り越えれば良いのかを伝えた。(遺伝子操作に関しては、余計な動揺をもたらさない為と、理解の範疇を越える、との理由で伏せられた)。

 その後、ニルス達は1人づつ遺伝子操作の施術が施され、終わった者から順に新大陸へと送られた。

 最後のニルスが新大陸へと送られた頃、ロジは自室のモニターで新大陸のニルス達を観察していた。機密保持の為、ミクァルドに関する全てのデータは数名のメンバーが個人的に保持する事になっていた。そこへ副長がやって来てロジと共にモニターを覗き込んだ。その副長の顔は心配な様でもあり、嬉しそうにも見える。まるで子を送り出した親のそれだった。そんな副長を横目で見て、ロジは静かに言った。

「いよいよミクァルドの歴史が始まるのですね」

「いや、厳密には彼等はニルスだ」

副長の意外な返答にロジは不思議な顔をして首を捻った。副長は答える。

「ラスロ博士の施術は生殖関係に限定しているらしい。難しい事は解らないが、ミクァルドとしての素養は彼等の精子と卵子にのみ発現すると・・つまり、ミクァルドの誕生は次の世代、と言う事になる」

「ああ、そう言う事ですか」

「それより、土地の状態はどうだ?」

「はい。土壌の改良は既に終了しています。大気組成にも問題はありません。ウイルスや細菌などの微細有機体の調査も完了、問題なしとの報告が上がっています。生息する動植物の情報もある程度は渡してありますので、順調なスタートは切れるでしょう」

「・・・で?」

副長は少々意地の悪い顔をロジに向けた。

「ええ・・懸念材料はやはり気候ですね。今より1,800時間程度は心配ありませんが、その後大気の大きな乱れが予想されています。以前と比べると陸地面積は7分の1ですから海からの影響をより大きく受けます。・・が、周囲の海水温は高めな上に不安定。渇水の心配は少ないのですが、その分、荒天時の被害は覚悟しておかなければなりません。公転内での寒暖差は許容範囲内ですが、寒冷期の内陸部と大陸西部での雪は相当量が予想されます。食料保存は今後の教育次第でなんとでもなりそうですが、ひ弱なミクァルド種ですから体力的に乗り越えられるか・・」

「ああ、そこはラスロ博士も心配していた。何かしらの援助物資も提案したのだが、それでは彼等が余計に弱くなると一蹴されたよ」

「博士のお考えは理解できますが、土壌の改良を支持されたのも博士でしょう?」

「ニルス・・いや、ミクァルド・・ややこしいな。・・とにかく、彼等が認識出来なければ良いのだそうだ。博士曰く、『ミクァルドには我々からの助けを認識させずに、感じてもらいたい』・・のだそうだ」

「なんだか・・微妙で難しそうですね」

「ああ。理解が及ばなすぎて反論も出来なかったよ。・・まあ、そこは博士に任せるしかない。艦長も、そのおつもりだ」

 一方でラスロは早々に新大陸での教育も開始していた。その中で特に力を入れていたのが『言語』だった。ラスロは新大陸内での使用言語を、これまでとは別の言語に指定し、その言語のみに限定した。これはニルス達への教育に組み込まれるばかりではなく、隊員達にも徹底された。例え隊員同士の会話であっても、ニルス達の耳に届く可能性がある以上、それ以外の言語の使用は認められなかったが、どうやら、彼等の使用言語の1つであったらしく、隊員達の間では大きな混乱は無かった。

 ニルスには男爵の時代から伝わる言語が存在していた。それは時を超えて多少変化し、地域によって分派したが大元は同じ言語。ラスロの指定した言語とは大きく違った為、ニルス達の新言語習得には時間が必要だった。しかし、ニルス達はこれを『神の言語』として受け入れ、当初はラスロ他、隊員達との接触時や、それにまつわる物の名詞に使われた。そこから教育の成果もあり少しづつ流行り言葉の様に広がりを見せ、数世代が経過する頃には以前の言葉は一部の名詞にのみ残るだけとなる。

 ある日、ロジはラスロに聞いた。

「これは純粋に疑問なのですが、・・何故、手間を増やしてまで言語の変更を行なったのです?」

ラスロはニコリと微笑んで答える。

「時間は限られ、大っぴらにも出来ず、これまでニルスとの意思疎通には問題はないのに・・と言うことかしら?」

ラスロの悪戯な顔にロジは慌てて否定した。

「い、いえいえ・・そうではなく・・あ、い、いや、意味合い的にはそうですが・・その、博士の方針に意見するつもりではなく・・ですね・・」

ラスロは「ふふ・・」と再び微笑んで答えた。

「ニルスの持つ問題。最大の問題は彼等の攻撃性。あの攻撃性はいずれ彼等自身を滅ぼすわ」

「しかし、それは男爵の遺伝子を基にしたから・・だと聞いています」

「それは一部間違っているわね。男爵も我々も遺伝子的には大きな違いはない。ニルスにも同程度の個体差はあるから。・・ニルスの持つ攻撃性は我々が持つ遺伝子のせい。私達も歴史上、何度か滅びかけている。・・運よく助かっているけれど、ニルス達もそうなるとは限らない」

「・・それを回避する為に、ミクァルドには遺伝子操作を施したのでは?」

「そうよ。でも、攻撃性も悪い面ばかりではないでしょう? 時には身を守る事にもつながるし。だから、攻撃性の全てを抑え込む訳にはいかない。・・匙加減が難しいのよ」

「それで、言語ですか。私、文化言語学には疎いのですが・・」

「男爵の使用していた言語、トロスティーバの人達は大成する人が多いでしょう? 彼等は自分の才能を伸ばすことに躊躇がないの。私も間近で関わるまで実感出来なかったけれど、それはもう凄いの。惜しみない努力と失敗を恐れない精神力。それでいて野心的。国の上層部にトロスティーバが多いのも納得。でも、その歴史は暗く、血に塗れている」

「ええ、艦内でも主張の強さは軋轢を呼びますね」

「言語は思考の源。生み出された思考は言語によって輪郭を与えられ、論理になる。言語の構成は論理の構成に影響し、言語の形が論理を受け取った側の感情を刺激する・・考え事をする時、言葉で考える時が少なくないでしょう? より複雑で緻密な内容であれば尚の事。それを誰かに伝えるにも、受け取るにも言語を使う。そうやって文化は作られていく。文化の隅々まで言語は浸透しているの。ニルスは荒野を開拓し、突き進む力がある。でも、それは時に他人を傷付け、諍いを生む。だから、ミクァルド達には共に手を取り合って荒野を進む力を持って欲しい。ゆっくりでも構わない。先に1歩進むよりも、傷付いた仲間を癒すことを優先して欲しい・・と、願っているわ」


 ミクァルド計画の開始からしばらくの間、艦長以下ラスロ博士のチームとその協力者達は多忙を極めた。通常の任務に加えミクァルド関係の任務もこなさなければならない。特にミクァルド関係は内密に進める必要があった為、余計に神経を消耗させた。ロジは彼等の行動に関する隠蔽工作を十分に果たしたが、それでも個々人の精神的疲労は大きかった。そんな状態でもなんとか計画は進み、気が付くと遠征隊の帰還の時が迫って来ていた。そんなある日の艦長室。

 もう何度目だろうか。人目を憚り艦長・副長・ラスロの3人が集まる。艦長は淹れた飲み物を差し出しながら「大丈夫か?」とラスロに聞いた。その短い言葉が何を指しているのか、ラスロは直ぐに理解できた。

「ごめんなさい。人目の無いこの部屋に来ると気が抜けてしまって」

そう言って薄く笑うと、副長も「全く同感です」と身体の力を抜いて背もたれに身を任せた。艦長も疲労の色を隠しきれていない。だが残り時間は僅か。立ち止まっている余裕はない。

「計画の進捗はどうか?」

艦長が問うと、ラスロは表情を引き締め答えた。

「概ね順調に推移しています。協力してくれている者達にも疲れは見えますが、残った時間を乗り切れるでしょう」

「新大陸の様子は?」

「そちらも順調です。現段階で必要と思われる教育はほぼ終了しています。文明・文化の両側面での進歩も順調ですし、ロジの作ってくれた新型監視機器の設置も終了しました。これで我々が帰った後も、データがタイムリーに受け取れます」

そこまで聞いて、艦長も副長も少し顔を緩ませた。

「万事、順調な様だな」艦長は満足げにそう言うと、手にした飲み物をクイと喉に流し、フウと息を吐いた。しかし、。ラスロはまだ何か言い残した事がある様で、その表情はみるみる笑顔へと変わって行った。艦長と副長が視線と向けると、もう待ちきれないといった感じでラスロは話した

「それだけではありません。・・・近い将来、最初のミクァルドが誕生します!。遺伝子操作の影響が色濃く発現した最初の個体です。・・我々は少し間に合いませんが」

「なんと!?」

艦長も副長も思わず椅子から腰を浮かせた。

「とうとう産まれるのか」

期待の籠った艦長に向けてラスロは大きく頷いた。3人の顔が明るくなり、副長は拳を突き上げた。ずっと待ち望んだ一報だった。

「そうか、しかし、間に合わないのは残念だ。是非、誕生の瞬間に立ち会いたかった」喜びの中に、ほんの僅かに寂しげな色の混ざった艦長だったが、それは副長もラスロも同じだった。

「協力者全員が同じ感想を持つでしょう」

ラスロはそう言うと、窓の外の暗い宇宙に浮かぶ青い惑星をじっと眺めた。

 その頃、惑星のニルスを巡り不穏な空気が漂っていた。

 ある日、ラスロが艦長室を訪ねて来た。ミクァルドの計画が発覚する事を恐れ、艦長はこの様な行動を推奨してはいなかった。それを熟解している筈のラスロの行動に、その重要度を理解した。

「何があった?」艦長の問いかけにラスロは神妙な表情で答えた。

「艦長、ニルス達の事で相談があります」

「ニルス? ミクァルドではなく?」

「はい。ニルスです」

ここ最近の多忙さに忘れがちではあったが、ラスロ博士の本来の任務は北のニルス種の管理と調査。そして博士の属する科学者チームの目的は、北のニルス種の変革だった。加えて、ニルス種に関する核心的情報は表面的には艦長にも上がってこない。ラスロもそれを苦慮していたが、艦長に情報を伝えれば下手に目を引くことになる。そこは艦長も納得した上で、艦長にもたらされる情報は概要にも満たない、輪郭と言うにも覚束ない形式だけを取り繕った物に限定されていた。

「ニルスに何か問題でも?」

「いえ、問題があるのはニルスにではなく・・」

自ら部屋を訪ねて来た割に、ラスロは口ごもり、次の言葉を見つけられずにいる様だった。艦長は逡巡する。禁を侵してまで部屋へ来る程の問題が存在し、それはニルス内部ではなく、どこか別に存在する。その条件を満たした上で、あの大陸で問題の種となる要因と言えば、真っ先に思い当たるのは『上』と『本国』の軋轢だった。

「・・まさか、何か良からぬ命令でも下ったのか?」

「い、いえ、そうでは無いのです。・・そうでは無く・・南のニルスを管轄する科学院のメンバーから聞いたのですが、彼等はニルスにおける宗教的崇拝をもっと堅固にする為に、近々、神としての偶像を作り出す計画があると・・」

艦長は眉間に皺を寄せ首を捻った。

「いや、ニルス種は男爵を神と崇めていたのではないか?」

「はい。それは事実です。ですが、・・これは私の管轄する北のニルスにも言えますが、男爵の死後、ニルスの前に現れなくなってから随分と時間が経っています。ニルス達は数世代の時を経て、男爵の記憶も曖昧な物へ変化しています」

「・・だが、宗教的な『神』とはそう言う物だろう」

「はい。仰る様に神とは語り継がれ、教義と共に受け継がれる。そう言う物です。しかし、信仰によってニルスを穏やかに支配する。それは『上』と『本国』の両方に共通する方針であり、『上』はそれをより強固にしようとしています。いずれ、『本国』もそれを知れば同様の動きを取るでしょう。受け入れ難い方針ですが、それが命令である以上、我々は従わざるを得ません」

「・・では何が問題なのかね?」

「問題はその『より強固に』と言う部分。・・おそらく、『上』の誰か・・・少なくとも1人、若しくは複数が、この惑星に降りる計画だと推察します」

「・・・なんだと?」

艦長は明らかにラスロの言葉を受け入れられてはいなかった。それ程に信じ難い内容であり、実現の可能性さえあるとは思えない様子だ。しかし、ラスロは口を一文字に結び、真っ直ぐに艦長の目を見た。艦長には可能性を疑い続ける道は残されていない。今直ぐに頭を切り替えて、『上』から誰かが訪れる現実に対処する方向を向かなくてはならない。

「・・そこまでしてニルスを支配したいのか。そこまでして彼等を思い通りに操りたいのか!」

艦長は激しい感情に押され、自らの拳をテーブルに叩きつけた。ラスロは驚きと恐れで一瞬、肩を窄ませたが、対処の為の時間的猶予は少ない。

「落ち着いて下さい艦長。我々は今、考えなければなりません」

艦長は一度大きく深呼吸をしてから聞いた。

「具体的な問題点は?」

「『上』から誰が降りてくるのかは判りません。そもそも、その存在さえ我々には曖昧ですから。ですが、誰が降りてこようと南のニルスにおける信仰は完全な物となるでしょう。そうなれば、『本国』もそれに追従する筈です。そして信仰が完全な物になれば、次に来るのは他の排除・・排他的はニルスの特筆すべき特徴です。別々の神を信仰するニルス達が無事で住む道理がありません。最悪なのは、そんな衝突が我々の居ない間に起きたら・・」

「全面戦争になりかねない上に、それを抑制する者が居ない・・」

「・・はい。そして、こんな簡単な事を『上』が予想していない筈がありません」

「全滅のリスクを冒してでも・・と言う事か・・」

艦長はガックリと肩を落とした。こんな非道な計画に対して尚、あまりにも非力だった。それを思い知らされた。この宙域を離れ、帰還してしまえば、この惑星で何が起ころうと防ぐどころか、それを知る事も出来ない。艦長にとって、それは非力な証であり、無能の象徴だった。そこで艦長はハッと顔を上げた。

「まさか、我々の計画が・・ミクァルドの計画がバレているのか?」

「分かりません。・・ですが、我々の計画を疑念程度でも察知していれば、もっと直接的な方法を選択するのではないのでしょうか」

「ああ、確かにそうだ。・・となると、彼等の懸念は我々に邪魔をされる事ではなく、我々に知られる事を警戒している・・と言うことか」

「ええ、私もそれに同意です。そして我々に知られたくないと言う事は、国民全てに隠しておきたいと言う事。それはつまり、知られたくない目的があると言う事」

「一体、どんな目的があると言うのだ」

「・・そこまではわかりません。我々には理解の及ばぬ事なのかも知れません」

問題は確認出来た。その内容も理解出来た。しかし、帰還の時は目前だった。それは何かに対処するにはあまりにも短過ぎた。このまま何の対処も出来ず、指を咥えて帰途につかねばならない。帰還を遅らせるのには理由が要る。ロジは意図的に機関部に不具合を発生させる提案をしてきた。ロジならば下手な痕跡を残さず、十分な時間を稼げるだろう。しかし、余計な疑義を招く可能性は高まる。艦内であっても協力者はごく一部。大半の乗組員は『上』や『本国』に逆らうことを望んではいない。

 艦長は予定通りの帰還を決断し、窓の外の青い星を見た。暗く冷たく際限を持たない広さの中に浮かぶ小さな星。その星がひどく孤独に見えた。

 

 遠征隊の艦隊が消え、惑星と月の中間にはいつもの闇と無音の静けさが戻った。宇宙には極端に遅い時が、流れ、漂い、滞留している。その事を思い出す。彼等の星はあらゆる意味で遠く、私の目は届かない。私にとって、彼等は異物であり、歓迎も敬遠もしない。だがどこかで『招かれざる客』と見ていたのかもしれない。その反動なのか、彼等が再び戻る日を訝しみながら心待ちにしている。



 

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