第85話 高橋の奇策
馬車の前にずんずんと進み出た高橋は、大きく口を開け、信じられないような声を出した。
「今日は……今から……このガムを噛む音を……聞いて欲しいと思います……」
「なんでASMRなんだよ! おいこらお前バカ、デカい声で脅かしに行ったんだろ!? なんだその気持ち悪いASMRは!?」
「でも玄司様、このガム噛みASMRはボケルト王国内でもかなり人気のコンテンツなんですよ」
「知らねえよ! くっちゃくっちゃうるせえだろ! お前ちょっとやり直せバカ!」
「ええ? でも玄司様、やり直しても何も凄みとか無いですよ? それでもやり直します?」
「分かってんなら最初からちゃんとやれよ! なんで囁いたんだよ!」
「ああん? なんだてめえ? この漏れに何か文句があるってのかああん?」
「ASMR聞かされてもセリフに変化ねえの逆にすげえなお前! もう尊敬の域だわ!」
やっぱ高橋に期待しちゃダメだったか……。まさかあんなに堂々と出て行って、山賊の前で囁き始めるとは思わなかったわ。バカが過ぎるだろ。
当然山賊はビビったりせずに、その場に残ってフンシツを睨み付けている。困ったなあ。もっとイカついやつとかいなかったかなあ……。
そんな時、突然空に黒雲が現れる。次第に雨が降り始め、雷まで鳴り出した。
「ああん? なんだこの雷は! この漏れに何か文句でもあるってのかああん?」
「雷に言っても仕方ねえだろ! 自然現象だから!」
「ですが玄司様、この雷雨は玄司様のツッコミで起こったものですよ?」
「うんそうなんだけどさ! 俺もこれ自在に操れるわけじゃねえからさ! ややこしいこと言うの今やめてもらえる!?」
「ややこしいことって言うと、トルクメニスタンの内情とかそういうことですかね?」
「そのレベルのややこしいことはもう生涯口にすんなよお前! あとなんでお前そんなに世界情勢に詳しいの!? 地球出身!?」
「地球出身ではないですが、1年のうち40週間ぐらいは地球にいますね」
「日数で言えよ分かりにくい! 40週間ってどれくらいだよ!?」
「7をかけるだけなので、大体280日ですね」
「じゃあお前もう地球人だよ! 1年のほとんど地球にいんじゃねえか! お前そんなに地球にいて何してんの!?」
「お化け屋敷の受付してます」
「なんでお化け側じゃねえんだよ! 入口からエンターテインメントが過ぎるわ!」
そんな話をしているうちに、雷雨はどんどん強まってくる。山賊も流石に威勢が無くなり、雷がなる度にビクッと反応しているようだ。
「おい高橋、これ今脅かせばあいつ逃げるんじゃねえか?」
「そうですね、確かに原付で60キロ出すなら中型免許取った方がいいです」
「聞いてなさすぎるだろ! 誰が今バイクの話したんだよ! お前いいからもう1回あいつ脅かして来いよ」
「え、いいんですか? やった、これで私もお化けになれますかね」
「ああお前単純に脅かすの下手でお化け屋敷の受付やってんだ!? そりゃ確かにASMR始める鬼とか怖くねえわな!」
高橋は雷にビビっている山賊の後ろにそーっと回り込み、足音を殺して近づいて行く。見てるだけだとめっちゃ怖いんだけどな。鬼がこっそり近づいて行ってるわけだし。ああいいからその指でしーってやるジェスチャーとかいいからまじで。さっさと脅かしてそいつ追っ払ってくれよ。
高橋は山賊のすぐ後ろまで辿り着くと、息を吸い込み、そのまま山賊の耳に息を吹きかけた。
「気持ち悪い脅かし方! 山賊の耳に鬼が息吹きかけるって俺何のプレイ見させられてんだよ!」
「ひゃあああっ! な、なんだあ!? この
漏れに何をしたあ!?」
「ふっ……。所詮あなたもただの1人の人間だった……というわけですね。私の吐息をまた吹きかけられたくなければ、この場から去りなさい」
「嫌すぎるな追っ払い方が! なんか見ちゃいけないジャンルの作品見てるみたいだわ!」
「ひいいいっ! くっ、覚えてやがれ! この漏れがまた襲ってやるからなあ! では、お疲れ様でした」
「なんで去り方はしっかり挨拶していくんだよ! 仕事帰りじゃねえんだから! ……ああ、一応山賊としては仕事帰りなのか!」
大雨が降る中をスタコラと逃げて行く山賊。なかなかに足は遅いようで、山に慣れているはずなのに全然視界から消えていかない。
更に途中でぬかるみやツタに足を取られてすっ転んだりしているので、まだ俺たちからはそんなに離れていない状況だ。
さっさといなくなれよまじで。でもまた来るって言ってたなあいつ……。次も都合良く雨が降ってくれるとは限らねえから、今度来た時の対策とか考えておかねえとな。
雨宿りできるような大きな木も無く、そのまま雨に打たれていると、ウマシカが後ろから歩いて来た。
「救世主様、高橋、今カリヤドがちょうど来たんで、設営頼んでおいたっす! さあ、早く簡易宿に入って全部服を脱いでまた外に出て、雨に打たれて天に向かって両手を広げるっす!」
「お前変な宗教入ってない!? 普通に雨宿りさせてくれよ! でも簡易宿の設営頼んでくれたのはナイスだ! 高橋、入るぞ!」
「ホームランですか?」
「打球の話してねえわ! 簡易宿にだよ!」
もう既にびしょ濡れになってしまっていたが、俺たちはとりあえず雨を凌ぐために簡易宿に入った。




