第65話 見張り番
「なんだあれ……?」
まだ寝起きで視界がぼやけていて、焚き火の傍にあるものが何かよく見えない。ちょっと近づいて見てみるか。しかし誰が何を置いたんだ……。
焚き火の傍まで行くと、そこに置いてあったのは空になったマヨネーズの容器だった。
「うんめちゃくちゃどうでもいいな!? どうせ高橋が置いたんだろこんなの!」
「呼びました? 呼びましたよね絶対? ねえ玄司様、呼びましたよね?」
「呼んだようるせえな! お前飲んだ後のマヨネーズこんなとこに放置しとくなよ!」
「え? 私はマヨネーズの容器なんか放置しませんよ? 私はちゃんと飲んだ後に茂みに向かって全力で投げるので」
「もっと良くねえよ! ポイ捨てじゃねえか! ずっと悪質だなお前の行動!」
「でも玄司様、その時は138キロ出たんですよ」
「知らねえよ! 速いけど確かに! 芸能人が始球式した時に驚かれるくらいの速度ではあるよ!」
「しかも投げたものがボールじゃなくてマヨネーズの容器なんですよ? すごくないですか?」
「誇ることじゃねえよ! まずゴミを山に投げ捨てんな!」
「でも私、アンダースローですよ? すごくないですか?」
「投げ方どうでもいいんだわ! ゴミを捨てんなって話をしてんだよ! なんでお前だけずっと速さの話してんの!?」
でもこれ置いたの高橋じゃないのか……。なら誰がこんなことを? 高橋以外にマヨネーズを直飲みするやつなんて……いやいっぱいいるな多分。オトボケ村のやつらはほとんどマヨラーだからな。
……待てよ。オトボケ村にはマヨラーが多かったけど、コボケ町には別にマヨラーなんていなかったよな。特にマヨネーズをゴリ押しされるわけでもなかったし。
てことは、ここに直飲みレベルのマヨラーがいることは考えにくいのか。じゃあやっぱ高橋の仕業なんじゃねえの?
「なあ高橋、正直に言えよ。お前がこのマヨネーズ放置したんだろ?」
「違いますよ。それだけは私しないです。ゴミが出たらちゃんとポイ捨てしますもん」
「何の『ちゃんと』なんだよ! ゴミ箱に捨てりゃいいだろ! なんでわざわざ山の中に全力投球すんの!?」
「いやだって、山のフレーミング技術すごいんですよ。どこに投げても受け止めてくれるんです」
「お前山のことキャッチャーだと思ってんの!? そりゃ山だから大体山ん中入るだろ! デカいから!」
「私以前、コツヅミに振られた腹いせに、山に酷いこと言ってしまったんです。それでも山は、大きな心で私に寄り添ってくれました」
「お前いつの間にコツヅミに告白してたんだよ! 何山に酷いこと言ったって!? 何言ったんだよ!?」
「酷いことは酷いことです。つい『どうせあなたもやましい気持ちがあるんでしょ』って」
「やかましいわ! 上手いこと言うな!」
「え? やまかしい?」
「言ってねえよ! なんでも山にかけんな!」
「何言ってるんですか玄司様。私が山にかけたのは、私のことを好きになる魔法と七味だけです」
「なんで七味かけたんだよ! うどんか! 魔法よりそっちが気になって仕方ないわ!」
話が逸れまくってるけど、とりあえず犯人は高橋じゃないんだな。高橋が犯人じゃないって珍しいな。この世界で起こる事件大体こいつのせいなのに。
でも高橋が起こす事件って確かにもっと派手なんだよな……。空のマヨネーズ容器を放置するなんて地味なこと、こいつがやるかと言われたらやらない気もする。
やるならマヨネーズ容器に白の絵の具を入れて、壁に向かって発射して『タルタルソース』って書くとかだもんな多分。
……それやりそうだな。なんか高橋とずっと一緒にいるせいで、俺もバカになってないか?
「しかしマヨネーズの容器を放置するなんて、許せませんね。マヨラーとして非常に遺憾です」
「そういやお前、今まで見張りしてたんだろ? なんか変なもん見なかったのか?」
「変なものは見てないですが、空のマヨネーズ容器を持った人が焚き火に近づいて行くのは見ましたよ」
「じゃあそいつだよ! 早く言えよお前! 何スっと見逃してんだよ!」
「スっとは見逃してませんよ。ちゃんと引き止めて、好きなタイプとか趣味とか聞きました」
「雑談じゃねえか! ちょっと仲良くなってんじゃねえよ! なんでその上で逃がしちゃったの!?」
「いやあ、一緒にマヨネーズを飲んでたら心地よくなっちゃって。よくありますよね」
「ねえよ! マヨネーズを飲み交わすなバカ! よくそんなこってりしたもん飲みながら雑談できんなお前!」
こいつは本当にもう……。焚き火に近づいて来た知らないやつなんて、どう見ても危ねえだろ。なんで普通に仲良くなって帰してんだよバカだな。一応俺たち山の中で野宿してるんだから、変な人とか動物に出くわさないように見張り付けてんのに……。
やっぱ交代制とは言え、高橋を見張りにするのはダメだったか。でも俺がずっと見張りやるわけにもいかねえしなあ。
ただ今のところ犯人は、高橋と喋って空のマヨネーズ容器を放置してただけだ。あまり過敏になりすぎるのも良くない。俺たちと同じように山越えの途中なのかもしれないし、無闇に警戒するのはやめよう。実際高橋が喋って何も起きなかったわけだしな。
自分を納得させた俺は、そのまま高橋と交代し、見張りを始めた。俺が見張りをしている間は特に何も起こらず、あくびをしながら焚き火を眺める時間が続く。
高橋はずっと寝袋の中でこっそりスマホを開き、ソリティアをしてるみたいだ。いや寝ろよ。スマホ使える時間を親に制限されてる中学生か。あと寝袋あったのかよ。早く出せよそれ。俺普通に地面に寝ちゃったよ。
「玄司様、交代の時間です」
しばらくして、高橋が起きてきた。いや元々寝てなかったけどさ。もう交代の時間か。意外と早かったな。
「じゃあ高橋、今度は頼むぞ。また怪しいやつが来たら、ちゃんと追い返してくれよ?」
「分かってますよ。今度はもっと踏み込んで最高月収とか聞けるようにします」
「そんなこと頼んでねえよ! 知らねえやつの最高月収気になんねえし! なんでお前はいちいち不審者と仲を深めようとすんの!?」
「いやだって、親しき仲にも礼儀ありって言うじゃないですか」
「……だから何なんだよ! 今全然関係ねえ言葉だろそれ! 一瞬どう関係あるのか考えちゃったじゃねえか! 時間返せ!」
「分かりました。一応時間に採点を付けて、訂正箇所には赤ペンを入れてますので」
「時間ってテストじゃないのよ! 俺別にテスト返ししろって言ってねえよな!?」
なんとか高橋を黙らせた俺は、再び寝る姿勢になった。このまま何も無く夜が明けてくれたらいいんだけどな……。




