第54話 失意の玄司
カーテンの隙間から、朝日が差し込んでくる。後頭部に微かに感じる温かさと、白く照らされる壁を見て、俺は朝が来たことを知った。
でも、体は動かない。まだここで眠っていたい。ただそれだけの思いしか無い。だって、俺はこの世界にいても何もできないんだから。かと言って元の世界に戻る方法も無い。そこにあるのは、絶望と虚無だけだ。
そんな俺の背中から、いつも通りの高橋の声が聞こえてくる。
「Hey Bob! It’s a great day today! Let’s go to the jail together!」
「うるせえよなんで英語なんだよお前は! 最後一緒に刑務所行こうって言ってなかった!?」
「すみません、最近英語の勉強をしてるんです。英語は世界共通語ですから、できて損はありませんしね」
「それ地球での話だから! ボケルト王国でその常識通用しねえだろ! あと最後一緒に刑務所行こうって言ってなかった!?」
「それにしても素晴らしく晴れた日ですよ! 早く外に行ってドッジ脚立しましょう!」
「ドッジボールじゃなくて!? 脚立投げ合うのはもう喧嘩だよ! あとさっき最後一緒に刑務所行こうって言ってなかった!?」
「早速ドッジ脚立のメンバーを集めないとですね! オフトン、コヅツミ、フクラミ、あとナゾカケですかね」
ナゾカケ……。その名を聞いた途端、体がびくんと跳ねる。俺はナゾカケを恐れているんだ。もうあいつには会いたくない。まだ『お題ください』と迫って来るあいつの顔が、俺の脳内にこびり付いている。
なんで高橋はこんな俺の様子を見ても、いつも通りでいられるんだ? 俺が落ち込んでいることぐらい分かってるはずなのに……。
「玄司様、大丈夫ですか? お腹をさすってゆっくり呼吸するといいですよ」
「俺食べすぎたわけじゃねえよ! 起きてから俺が何か食うの見た!?」
「起きてからは見てませんが、寝ながら引くほどマドレーヌを食べてましたよ。よく水分無しであんなにマドレーヌ食べられますね」
「ほんとに言ってるお前!? 俺寝ながらマドレーヌ食ってたの!? ちょっと信じたくないんだけど!?」
「ああすみません間違えました。フィナンシェでした」
「どっちでもいいわ! 寝ながら何か食ってたこと自体がショックなんだよ! マドレーヌかフィナンシェかは聞いてねえよ!」
「今度は寝ながらヘアアイロンとか食べてみて欲しいです」
「食わねえよ! リクエストすんなそんなもん!」
いつもと全く様子が変わらない高橋にツッコミを入れるものの、俺の心にはずっともやがかかっている。ナゾカケのことが引っかかってるんだな。これを晴らすにはナゾカケにツッコミを入れるしか無いんだけど……。今の俺にそんなことができる自信は無い。なんなら今高橋にツッコミを入れるのにも、かなり気力を使ってしまっている。
ダメだ。やっぱりまた眠ろう。今の俺には、何もできないんだ。
「すまん高橋、ちょっと外してくれないか?」
「顎をですか?」
「席をだよバカ! なんで急に顎外せとか頼むんだよ! 新手の拷問か!」
「席を外すと言っても玄司様、私と外に出ないのですか? ボケルト人にツッコミを入れないと、玄司様の目的も、この町を救うことも、縄跳びで三重跳びをすることも、何も叶いませんよ?」
「最後のは別に叶わなくていいわ! 俺三重跳びしたいって言った!? いやお前さ、いいからちょっと出てってくれよ。俺は今1人になりたいんだよ」
「でも玄司様と私の左臀部は常に一緒って言ったじゃないですか」
「言われてねえよそんな気持ち悪いこと! 普通心とかじゃねえのそういうの!?」
「右に変えておきましょうか?」
「まず臀部を変えろよ! なんで俺お前とケツ共有しなきゃいけねえんだよ! ちょ、もういいから出てけ!」
高橋を押して部屋の外まで連れて行き、呆気に取られる高橋の顔を見ながらドアを閉めた。ちょっとだけ罪悪感が出て来るが、今はとりあえず1人になりたい。高橋の相手をしてられる心境じゃないんだ。
ドアの外にいる高橋が、大きな声で俺に話しかけてくる。
「玄司様ー! 早くこのドアをスライドしてくださーい! 私が中に入れませんよー!」
いやここのドア引き戸じゃねえだろ。なんでスライドさせようとしてんだよ。また壊れて損害賠償請求されるわ。
「玄司様がこのドアを開けるまで、私は待ち続けますからねー! あ、次のソリティア始まっちゃう」
またソリティアしてんのかよ。暇じゃねえか。そのノリで暇つぶししながら待つやつとかいる? もうちょい真面目にできねえのかよこいつは。
「玄司様も一緒にブラックジャックやりませんかー? カクカクしますよー!」
ソリティアって聞いてたんだが。あとワクワクじゃなくてカクカクなのかよ。不具合じゃねえかもう。そんな状態でリリースすんなよ。
「玄司様がドアを開ける3秒前! 3! 5! 7! 11!」
増えてるし素数じゃねえか。全然俺にドア開けさせる気ないだろあいつ。いやほんともういいんだよ。今は、ただ眠りたいんだ。
やかましい高橋の声が聞こえないフリをして、俺はまた目を閉じた。




