第35話 落下する2人
「うわああああ! 落ちる! 落ちるって!」
「大丈夫ですよ玄司様。落ちてもまた来年があります」
「俺受験の話してねえから! 呑気かお前バカだな!」
「そんなことより地面が近づいてきましたよ。手を振って挨拶しましょう」
「地面ってキャラクターか何かだっけ!?」
そんなこと言ってる場合じゃないんだよまじで。町の住人たちに放り投げられた俺たちは、何故か『止まれ』と叫んだ高橋のせいで地面に真っ逆さまだ。
このままじゃ本当に落ちる……! この場合俺死んだらどうなるんだ? この命は神に与えられた仮の命だけど、これすら失ったら俺復活できないんじゃ……。
『安心するが良い城金玄司よ。お前の命はステンレス製だ』
「丈夫だとかそういう話してねえんだよこっちは! 何命がステンレス製って!? ていうかお前久々に出て来たな! 何してたんだよ今まで!」
『すまない。韓ドラに夢中になっていてな』
「主婦か! そんなことしてる間に俺を助けろよ!」
『それが助けてもらう者の態度か? もう少し礼儀というものを弁えた方が良いぞ』
「そもそもお前のせいで俺こんなとこに来させられてんだよ! いいから助けろ!」
『私に今すぐこの場をどうにかする力は無い。後で温かいコーヒーを持って行くことぐらいはできるぞ』
「要らねえわそんなちょっとした気遣い! もうほんとお前何ができんの!?」
ずっと思ってたけど、こいつ神のくせにできることが限られすぎてるんだよ。もっと状況をどうにかできる力とか無いのかよ神のくせに。でもいちいち俺に試練を与えて生き返らせようとしてる辺り、多分そんな大した力は無いんだろうな。そんなやつに生死の管理任せんなよ。
「いや役立たずの神が出て来ても何も解決してねえ! どうすんだよこれ!」
「玄司様、大丈夫ですか? 突然取り乱すのは精神疾患の可能性があります。いい心療内科を紹介しましょうか」
「落下してんだから取り乱すだろ普通! むしろなんでお前は冷静なんだよ!」
「何言ってるんですか玄司様。私は冷たいパスタじゃありませんよ」
「冷製パスタの話してねえから! ああもうアホだなお前は! ダメだもう地面に……」
目の前に地面が迫って来る。俺はもう諦めて覚悟を決め、目を瞑った。
ああ、結局俺の人生はここで終わりか……。ピアニストになる夢、叶えたかったな。あとせめて日本で死にたかった。なんで俺こんなアホな異世界で死ぬんだろう……。
そんなことを考えていると、体が何か柔らかいものに包まれた。優しくて少し甘い匂いが俺の鼻をくすぐり、思わず目を開ける。すると俺の視界は、柔らかく白っぽい色で埋め尽くされていた。
「なんだ……? 何が起きた? 助かった……のか?」
「生きてるんだから助かったに決まってるじゃないですか。何言ってるんですか玄司様」
「お前いちいち場面ぶち壊しにすんなよ! 何かが起こって助かったことを確認するのは必要だろ!」
「見れば分かることを口に出さなくても、すぐ把握すればそれでいいじゃないですか。回りくどい生き方してますね」
「お前はもう小説のキャラクター失格だよ!」
しかし本当に何が起きたんだ? 俺たちは地面に激突する寸前だったはずだが……。それにこの白いものは何なんだ?
「玄司様、これ美味しいですよ。食べてみてくださいよ。まるで味の溶接工場です」
「1ミリも想像つかねえ食レポだな! 不味そうだし! てかこれ食えるのか?」
「美味しいって言ってるんだからそうですよ。毎回言わせないでくださいね本当に」
「なんでお前今回そんな嫌なやつなの!?」
高橋が美味いと言うのを信じて、目の前にある白いものをちぎって食べてみる。ふかふかの食感と、ほんのりとした甘さが口の中に広がる。
これは……パンだな。でもなんでこんなデカいパンがあるんだ? さっきまで地面しか見えてなかったはずだが……。
不思議に思いながらパンを食べていると、上の方から男の声が聞こえてきた。柔らかく包み込むような声だ。
「大丈夫かいお前さんたち。今助けるから、そこでパンを咥えて待っていてくれ」
「珍しいな咥えるもんが! 指とかだろ普通!」
「玄司様、指を咥えて待つというのは、羨ましい時に使う言葉です」
「知ってるわ! それは分かった上で『パンを咥えて』って言葉にかけて話してんだろ!」
高橋のアホに付き合っていると、上から光が見えてくる。パンをかき分けて、キャスケットのような帽子を被ったふくよかな男が顔を出した。
「大丈夫かい? 生きてるかい? 今引っ張り上げるから、このフランスパンに掴まるんだ」
「パンで徹底してんだな!? 別にもう助かるならなんでもいいけど!」
「玄司様、私は後で大丈夫です。先に行ってください」
「いいのか? なんだよお前、やっといいとこ見せたな」
「いえ、このパンが美味しすぎて、もう少し食べていたいのです」
「クソみたいなやつだな本当お前は! いいわもう勝手に食ってろよ!」
「このパン、多分マヨネーズをかけたらもっと美味しいですよね玄司様?」
「俺に聞くなそんなこと! その会話はマヨラーの間でやってもらえる!?」
とりあえず高橋は放っておいて、俺は目の前に降りて来たフランスパンに掴まる。少しづつ引き上げられていき、俺はパンの中から外に出ることができた。
周りには人集りができていて、俺の方を心配そうな目で見ている。コボケ町、いい人ばっかりなのかもな。
俺が座り込んでいると、ふくよかな男は高橋も引っ張り上げ、助け出していた。
「もう少し食べていたかったですが、仕方ないですね。この大きなパン、もらえないですかね?」
「もっと命が助かったことを喜べよ! 割と危なかったぞ!?」
「お前さんたち、大丈夫かい? 怪我や病気は無いかい?」
「怪我だけでいいだろ! 病気があったら多分この落下関係ねえわ!」
「元気そうで良かった。落ちていくお前さんたちを見て、咄嗟にパンを焼いてクッション代わりにしたんだけど、無事でホッとしたよ」
「焼いたの!? あの一瞬で!? お前すげえパン職人だな!?」
「玄司様、この男見たことがあります。確かコボケ町でもかなりの有名人だった気がしますよ」
そうなのか……? 確かに周りを見ると、俺たちじゃなくパン職人の方に目を向けている人もいる。いきなり有名人に会っちゃったのか俺たちは……?




