第2話 鬼の正体
「っ……!?」
あまりの恐怖に、声が出ない。赤黒い肌に、2メートルはあろうかという身長。鋭く光る目に、額には1本角が生えている。
異世界に飛ばされたと思ったらいきなり鬼だ!? おいおい、ツッコミ入れるって聞いてたからもっとアホみたいなやつが出てくるのかと思ってたら、なんだよこいつ……。めちゃくちゃ怖いじゃんか!
え、俺殺されるの!? 異世界来ていきなり!? ああいや、もう死んでんのか……。ややこしいなおい。
俺が固まっていると、鬼のようなバケモノが口を開いた。
「ココニニンゲンガイルトハ、ナニゴトダ……? トッテ、クウ……」
ひいいいい!! こいつ、俺を食う気だ!
やべえ、逃げないと! だが足が竦んで動かない。どうする? どうすればこの状況で生き残れる!?
その時、さっきまで聞こえていた重厚感のある声が洞窟に響いた。
『恐れるでない、ツッコミを入れし者よ』
「称号がダサいな!」
『そこにいるのは鬼ではない。このボケルト王国に住む、ボケルト人。そして、救世主を導きし者だ』
「救世主……? 何言ってんだお前、俺はただこの世界でツッコミを入れるって……」
『導きし者よ、そなたの前で音波を出すほど震え、小便を漏らしているのが、そなたたちの救世主だ』
「そこまでではねえわ! 地面濡れてねえだろ!」
神の言葉を聞いた瞬間、鬼のようなバケモノは大きく目を見開いた。ゆっくりと俺の前まで歩いて来るバケモノ。そして大きく口を開け、俺の上に覆い被さってきた。
おい神の声届いてねえじゃねえか! こいつ俺食おうとしてんぞ!
ああ終わった……。神の手違いから、異世界で鬼に食われて死ぬなんて……。
「救世主様、失礼いたしましたあ!!」
……は?
何だ? なんか変なこと言ってるのが聞こえた気が……。
「救世主様、どうかお顔をお見せください。私は、あなた様をお導きするために生まれた者です」
「はい? 何言ってんだよお前、そんなバケモノみたいな見た目で」
「確かに私の見た目はバケモノかもしれません。ですが、私の使命はあなた様をお導きすること! どうか、お顔をお上げください」
恐る恐る視線を上げると、俺の前で土下座の姿勢を取るバケモノの姿があった。え、何してんだこいつ。俺そんな偉い人じゃないよ? ただのフリーターよ?
「救世主様、我々の一族はずっとあなた様を待っておりました。いつか現れるという救世主を待って2、3ヶ月、ようやく現れてくださいましたね!」
「なんで曖昧なんだよ! お前絶対ちゃんと数えてねえだろ!」
バケモノは顔を上げ、俺の方にカサカサと擦り寄ってきた。ゴキブリかよ。
「救世主様、どうかあなた様のお名前をお聞かせください! どうかこの下劣なる私めにそのお名前を!」
「おいおい、あんまり自分を下げんなよ。俺だってそんな高い身分じゃないんだから」
「なんとおおらかなお方だ! ぜひお名前を!」
「ああもう分かった分かった。俺は城金玄司だ」
「シ・ロカネゲンジ様ですね?」
「区切るとこ間違えすぎだろ! なんだロカネゲンジって! 新種のホタルか!」
「それでシ・ロカネゲンジサブロウ様はどうしてこの世界に?」
「三郎付いてなかっただろさっき! おい嘘だろ、ボケルト人ってこんなボケんの!?」
予想以上にボケてくることと、そのボケてるやつが鬼みたいなバケモノであることに戸惑ってしまう。いやでも、この世界でツッコミ入れて生き返らなきゃいけないんだもんな。しっかりしろ俺! 慣れろ慣れろ!
「俺は神様の手違いで死んだみたいでさ、なんかここでツッコミを入れたら生き返れるって話らしいんだけど……」
「なるほど! ボケルト名物のワインをいただきに!」
「言ってねえよ! 何ここイタリアか何か!?」
「いえ、山形です」
「なんでお前山形知ってんだよ! 実は日本出身だったりする!?」
バケモノはゆっくりと姿勢を変え、俺の前で正座した。無駄に礼儀正しいなこいつ。そこまで畏まらなくてもいいんだけども。
「それよりさ、お前は名前なんて言うんだ? 俺をサポートしてくれるって言うんだったら、名前ぐらい知っとかないと」
「これは失礼いたしました! 名を名乗る時はこちらから名乗るのがバターだと言うのに!」
「マナーだろ! なんでお前が名乗ったら乳製品になるんだよ!」
「では僭越ながら名乗らせていただきます。私は救世主様のお手伝いをさせていただきます、高橋と申します」
「高橋って言うのお前!? その見た目で!? やっぱり日本出身だったりする!?」
「私は日本出身ではありませんが、どうやら我が一族のルーツは津市というところだと聞き及んでおります」
「ああ三重の人なの!? 三重にそんな鬼みたいなやついたかなあ!?」
高橋はゆっくりと立ち上がり、俺の手を握った。その目は一見俺を睨みつけているようで、よく見るとキラキラしている。こんなバケモノが目輝かせてると気味悪いな。
「ロカネゲンジ様、早速あなた様のお命を取り戻すため、ボケルト王国の民にツッコミを入れに行きましょう!」
「ロカネゲンジで呼ぶな! 俺新種のホタルじゃねえから!」
「ゲンジボタル様でしたか?」
「うんそれはもう既存のホタルなんだよ! 俺をホタルにすんのやめてもらえる!?」
「では三郎様で」
「三郎でもねえって! そもそも三郎どこから引っ張り出して来たんだよお前!」
「クローゼットの奥に引っかかってましたよ」
「適当に喋んな!」
ボケまくる種族、ボケルト人……。こんなにボケるとは驚きだが、確かにこれはツッコミが必要だ。俺も心してかからないといけないけど……。頭の整理が追いついてねえ!
高橋に手を引っ張られ、洞窟を飛び出す。するとそこには、小さな村が広がっていた。




