第113話 神のお告げ
気がつくと、俺の目の前には白黒の鍵盤が並ぶ。無意識に鍵盤に置かれた指は、勝手に演奏を始めてしまう。
この曲は……ショパンの『別れの曲』か。懐かしい。俺がピアノを習い始めたきっかけもこの曲だったな。親にクラシックのCDを聞かされて、玄司もこんな曲を弾けるようになったらかっこいいねって言われたのが『別れの曲』。高校生の時にようやくこの曲を弾けた時は、半端ない高揚感に包まれたもんだ。
しかし……なんで俺はピアノを弾いてるんだろうか……。今の今まで俺はボケルト王国にいたはず。俺の目の前にあるピアノは、一体何なんだ……?
疑問はあるが、ただ心地良い。慣れ親しんだピアノの音色は、俺の心を落ち着かせてくれる。
ぼんやりとした頭の中に、突然低く重厚な声が響いてくる。
『城金玄司よ、そなたに大事な話がある。放課後に体育倉庫裏に来てもらえるか?』
「告白か! なんでお前とそんなとこで2人っきりにならないといけねえんだよ!」
『だが女子たちはみんな応援してくれているのだぞ』
「まずお前女子じゃねえよ! 嫌だわこんな声低い女子! こいつだけ合唱の時テノール担当だろ!」
『いや、私の場合はバスだったな』
「じゃあもっと嫌だわそんな女子いたら! 低すぎるだろ声! ていうかお前合唱したことあんのかよ!」
『もちろんだ。合唱の時は主に指揮代を押さえる役割を担っていたぞ』
「お前歌えてねえじゃねえか! なんだその聞いたことねえ裏方!」
何なんだよこいつ本当に……。せっかく人がいい気分でピアノ弾いてたってのに。いつもいつも人の夢に勝手に入って来て余計なこと言っていくだけだから、はっきり言って迷惑なんだよなあ……。
『迷惑とは失礼だな城金玄司よ。私は今回に限っては、とても大事なことを伝えに来たのだぞ』
「できれば今回に限らず毎回そうであって欲しかったな!」
『だが城金玄司よ、考えてもみろ。そんなに毎回毎回大事なことなど無いではないか。それだと私の登場回数が、今よりも削られてしまう』
「知らねえよ! 大体異世界ファンタジーなんだからもっと大事なことあれよ! なんでねえんだよ!」
『それは、ここがボケルト王国だからだ』
「すげえ説得力! 確かにこの国来てから大事なことなんかほとんど無かったわ! 高橋の母親の名前がマーサとかで1話使ってるし!」
まじで俺の今までの旅は何だったんだよ……。いや割とピンチの時あったよ。ナゾカケと出会ってツッコミの自信を無くして塞ぎ込んだり、ズッコケ山で盗賊に襲われたり、つい昨日だって兵隊に追いかけられてたわけだし。そういう時こいつ1回も出て来たことねえじゃん。何してたんだよこの神。
『その時はシフト外の業務になるから、しっかり退勤していたぞ』
「うん前も思ったけどなんでお前シフト制なの!? 神なんだからずっといろよ!」
『だが私にも生活がある。家に帰ってゆっくりとFac〇bookを見たりしたいではないか』
「Face〇ookでそんな時間潰せねえよ! まだ使ってるやついたのあれ!?」
『そんなことは良いのだ。城金玄司よ、そなたに伝えなければならないことがある』
「なんだよさっさと言えよ!」
そこで一瞬神の声が途絶える。どうした? 何か問題でもあったのか? いや、躊躇うような吐息が聞こえてくるな。そんなに重要なこと言おうとしてんのかこいつ……。いやちょっと待て。だんだん息づかいが荒くなってきたぞ。ちょっと気持ち悪いな。目覚ますか。
『ちょっと待て城金玄司よ。私はいまお告げをしようとしているのだぞ』
「じゃあさっさと言えよめんどくせえな! なんでハアハアしてんのお前は!?」
『すまない。今女神専門の18禁サイトを見ていた』
「最低だなお前! なんでこのタイミングでそんなもん見てんだよ!」
『ちょっとグラグラしてな』
「ムラムラしろよ! ……いやすんなよバカ!」
神は改めて大きく息を吸い込み、覚悟を決めたように話し始めた。
『城金玄司よ、今から私は非常に重要なことを言う。心して聞け』
「分かったからスっと言えよ!」
『高橋の母親の話は聞いたな? 名前が高橋マーサだと』
「ああ聞いたけど……。それがなんだよ?」
『高橋の父親の名前は、高橋ヨシノブと言うのだ』
「違う人入って来ちゃった! すげえ天才っぽい名前してんな!」
『これが、私の伝えたかった事実だ。今まで黙っていてすまなかった。だが城金玄司よ、お前のことを思うと、まだ伝えるわけにはいかなかったのだ』
「別にいつ伝えても良かっただろそんなこと! どうでもいいわ! むしろなんで今言ったの!?」
『黙っていたことは謝る。だが、どうしても言えなかったのだ。神と言えども、心はあるのでな』
「うん謝らなくていいわどうでもいいから! なんで高橋もお前もこんなことでめちゃくちゃ謝んの!? もっと謝るタイミングあったと思うぞ!?」
『あと深江二世は本心ではお前のツッコミを受けてみたいと思っているぞ』
「お前そんな大事なことさらっと言うなよ! 高橋ヨシノブより絶対そっちの方が大事だっただろ!」
『では、さらばだ』
ええ……? 最後にさらっとめちゃくちゃ重要な情報伝えて消えて行ったけど……? 絶対高橋の父親の名前より大事だったけど……?
まあいいや、ああいうやつだもんなあいつ。とりあえず王様の情報を得られたんだから良しとしよう。




