第107話 シキサイの好物
シキサイがいた道の真ん中へ戻ると、シキサイは既にキャンバスをイーゼルから外し、満足そうな目でデッサンを眺めているところだった。
マヨネーズのデッサン終わったんだな。なんでそんなもん描いてたのか分かんねえけど、とりあえずこのうどんを渡そう。
「おいシキサイ、お前の言う通り、うどん持って来たぞ」
「おお、早いじゃないか。さてさて、吾輩の好きなうどんをちゃんと持って来たのかな?」
「まあ多分違うけど……。高橋、渡してやれ」
「分かりました。これ以上は続行不可能と判断し、関係を終わらせればいいんですよね?」
「引導を渡してどうすんだよ! うどん渡せバカ!」
「ああ、これのことですか? なんだ、これシキサイに渡すんですね。私ちょっと食べちゃいましたよ」
「なんでお前食ってんの!? シキサイとの交換条件だっただろ! さっきまで分かってたじゃねえか!」
「いや、ちょっと小腹が空いてたので」
「小腹ぐらいでうどん食うなバカ!」
高橋は食べかけのかけうどんをシキサイの方に差し出す。なんか食べかけのかけうどんってダジャレみたいだな。かけうどんってそういう意味じゃねえだろ。
「おお……。これは……?」
「ほら、違っただろ? だからかけうどんじゃねえって言ったじゃねえか。もう1回うどん屋行って違ううどん頼むぞ」
「待ちたまえ君! 吾輩はかけうどんが嫌だなんて一言も言っていないよ! そして、これが正解だ」
「ええ……? なんで……?」
「吾輩はかけうどんに目が無いのだよ。特に誰かの食べかけのかけうどんにね」
「おい変態だぞこいつ! 警察呼べ警察!」
「玄司様、ボケルト王国では警察の電話番号はポリスにちなんで938です」
「警察のどこにちなんだんだよ! クサヤじゃねえか! お前好きだなその数字の羅列! 前も見たわそれ!」
高橋の余計な情報に気を取られているうちに、シキサイはかけうどんに手をつける。ものすごい勢いでうどんを啜るシキサイは、あっという間に食べ終えてしまった。
「ふう……。満腹だよ。普段は画材しか食べないから、久しぶりにこんなに美味しい食べものを口にしたよ」
「お前普段画材食ってんの!? そんなことしてるから絵下手なんだろ!」
「そんなことは無いよ。私の絵が下手なのは、単に私に才能が無いからだ」
「なんでそこは認めるんだよ! 宮廷画家としての誇りとかねえのお前!?」
「玄司様、私は絵に自信がありますよ。饅頭を描くことにかけては誰にも負けません」
「他に描けるもんねえの!?」
まあでも、満足したなら良かった。こんな感じで王様もパッと満足してくれたらいいんだけどな。そういうわけにもいかねえんだろうな。
「よし、じゃあシキサイ、改めて王様の情報を話してもらおうか」
「ちょっと待ってくれたまえ。歯磨きがしたい」
「ちゃんとしてんなお前! 食後はしっかり歯磨きするんだ!」
「君、フロスはあるかね?」
「ねえわ! 入念に磨きすぎだろ!」
ゆっくりと歯を磨いたシキサイは、今しがた自分が描いたマヨネーズのデッサンに、歯を磨いた後の水を吐き出した。
「おいなんでお前自分のデッサンに吐き出したんだよ!? いいのか!?」
「ああ、いいんだよ。こんな駄作」
「自分で駄作って言っちゃったよ! 確かに全然上手くはなかったけども!」
「でも玄司様、なんか吐き出した水でいい感じにエモい絵になってますよ。こっちの方が価値高そうですね」
「そんな悲しいこと言ってやるなよお前! 確かに俺もそう思ったけども!」
シキサイは俺たちの会話を聞いて悲しそうな目になったが、気を取り直してフロスを始めた。
「うんだからフロスすんなって! 悠長だなお前!」
「玄司様、私はフロスよりワロスが好きです」
「知らねえわ! 勝手にそう思っとけよお前は!」
「それにしても君たち、よく吾輩の好物がかけうどんだと分かったね」
「かけうどんのくだり引き伸ばさなくていいから早く王様の話してもらえる!?」
入念にフロスをしながら、シキサイは話を続ける。
「私の好物がかけうどんなのには、深い深い理由があるんだよ」
「だからかけうどんの話はいいって! 王様の話が聞きてえの!」
「知っての通り、吾輩は逆ヴィーガン、略してヴィーガンだ」
「最悪の略し方! もうそれは意味変わってんだよ!」
「そんな吾輩の食べられるものと言えば、かなり限られてしまう」
「うんそうだろうな! だから具が入ってねえうどん食うんだろ!? ネギも入れてねえもんなこれ!」
「だから、具が入っていないかけうどんをたべるんだよ。ネギも入れていないからね」
「今言ったそれ! 全く同じこと言った!」
フロスを終えたシキサイは、手鏡で自分の歯を眺め、磨き残しを取るために再び歯ブラシを取り出した。
「もう歯磨きはいいって! どんだけ磨くんだよお前!」
「こうして私はかけうどんを好むようになったのだよ。どうだね? この感動の物語は」
「どこに感動要素あった!?」
「玄司様、この話は割と有名で、映画化もされています。全タイが泣いたって」
「なんでタイ限定で泣かせてんだよ! タイ映画なの!?」
2度目の歯磨きを終えたシキサイは、さっき座っていた小さな椅子に再び腰を下ろした。
「では……。王様について話そう」




