第1話 ピアニスト志望、死亡
気がつくと俺は、真っ白な世界にいた。
ここは……どこだ? さっきまでピアノの練習をしてたはずなんだが……。
周りを見渡しても何も無い。ただ真っ白な空間がぼんやりと広がり、俺自身も浮いているような感覚だ。
おかしいな……。夢か? うんそうだ、夢に違い無い。でないとこんなに浮遊感があるはず無いしな。さてさて、目覚めるまでここでゆっくりするか。
そう思った矢先、低く重厚でよく響く声が、俺の頭に響いてきた。
『夢ではない。城金玄司よ』
「な!? だ、誰だ! 人の夢に勝手に入って来ないでもらえるか!?」
『畏れることはない。私は人間を超越した存在。そなたたちで言うところの、民だ』
「神じゃなく!? 普通の人じゃねえか!」
『ああすまない。神と言うのか。人間の言葉はややこしくて仕方ないな。じゃ、それで』
「口調の割にノリが軽いな!?」
しかし、神……? なんで神様が俺の夢なんかに……。
『だから夢ではないと言っておろう。ここは現実。そして、死後の世界だ』
なーるほど。死後の世界だから何にもないのな。それなら納得だわ。そりゃ誰もいないし何も無いはずだ。
……ん? 死後の世界? ならなんで俺が死後の世界なんかに……。
『城金玄司よ、そなたは死んだ』
「はあ!? なんで俺が死んでるんだよ!? 俺はただピアノの練習してただけだろうが!」
『慌てるでない。そなたには生き返るチャンスを与えてやろう』
生き返るチャンス? そんなものがあるのか。俺はまだピアニストになる夢を叶えていない。生き返れるなら喜んで生き返りたいものだが……。
『正確に言うと、そなたは今仮死状態なのだ。ほとんど死んでいるが、まだギリギリ命を保っている。ギリギリでいつも生きていたいからな』
「やかましいわ! お前なんで神のクセにそんな俗っぽい曲知ってんだよ!」
てことは、まだ完全には死んでないってことか。そいつはありがたいことだが、そもそもなんで俺は死んだんだ……。
『そしてそなたが元の世界に生き返るには、とある異世界で試練をクリアする必要がある』
「異世界!? 試練!? なんだそりゃ! 聞いてねえぞ!」
『では試練を伝えよう』
「お前はお前で人の話聞いてないのね!?」
『お前の試練は、異世界ボケルト王国に行き、ボケルト人にツッコミを入れることだ』
「そんなケルト人みたいに!」
うん、何言ってんのかさっぱり。何ボケルト人って? そんなアホみたいな名前の人種がいるのか?
『ということでそなたを異世界に向かわせるぞ。安全バーはちゃんと下ろしたか?』
「何俺ジェットコースターで異世界行かされんの!? いやそんなことより、なんで俺が死んだのか説明してくれよ! 納得いかねえよ!」
『そ、それはまあ良いではないか。決して手違いではないぞ』
「手違いだろその言い方は絶対! 何してくれてんだこの野郎! 神この野郎!」
なんだよ手違いって……。いやでも、それならさっさと生き返らせてくれたらいいんじゃないか? そもそも手違いにしろ何にしろ、神様が俺を死んだっていう扱いにしたなら、完全に死んでないのも不自然な気が……。
『まあ簡単に事の顛末を説明すると、私は紙飛行機が好きだ』
「ごめん何の話?」
『私は生死を司る神。あらゆる命のデータを紙媒体で管理しているのだが、次の命を与えられて不要になったデータに関しては、紙飛行機にして遊んでいるのだ』
「おいそんな感じで命を弄んでるやつ初めて見たぞ!? いや弄ぶって言うか遊んでんのか! 何してんだ神この野郎!」
なんだこいつマジで。本当に神か? まあ命で遊べる辺りちゃんと神なんだろうが、もっと自覚というものをだな……。
なんで人間が神に説教してんだよ。逆だろ普通。
『で、私は間違えてそなたのデータを紙飛行機にして飛ばしていたのだ』
「『で、』じゃねえよ! お前とんでもねえ神だな!?」
『すると隣で芋を焼いていた焼き芋の神のところへ私の紙飛行機が飛んで行った』
「しょっべえ神様!! 何その秋限定メニューみたいなゴッドは!?」
『当然焚き火に突っ込んだ紙飛行機を見て、私は焦って火の中に手を突っ込んだ』
「ちょっと待ておい、俺の命燃やされたのか!?」
『いや、完全に燃えてはいない。私が取り出してやったからな』
「偉そうにすんな! そもそもお前が紙飛行機なんか作ってるからだろうが!!」
しょうもねえ理由で死んでんな俺!? いやちょっと理不尽すぎない!? だって俺生き返るために試練かなんかやんなきゃなんだろ? 俺のせいじゃないのに!?
『ということで、そなたは仮死状態になった。では異世界へ行くぞ』
「何さらっと流してんだよ! まず謝れよバカ! なんで俺そんな理由で異世界に飛ばされんだよ!」
『では出発だ。23時を過ぎると車内灯を消すから、大人しく寝て過ごすのだぞ』
「俺夜行バスで異世界行くの!?」
なんだよ、異世界行くのってパッと瞬間移動みたいになるんじゃないのかよ。そんな9時間も10時間もかかるもんなのか?
そんなことを考えていると、目の前の景色が急激に暗くなる。あれ、もう異世界来たのか? どうなってんだ一体……。
少しずつ目が慣れてくると、薄暗い洞窟の入口付近にいるようだった。辺りを見回しながら状況を確かめる俺の脳内に、先ほどの神の声が響いてくる。
『そなたは今、ボケルト王国というところにいる。私が仮の命を与え、転生した形だ。まあ、頑張れ』
「適当だなおい! もうちょっと具体的なサポートとか……ん?」
洞窟の奥から何か大きなものが近づいてくるのが見えた。人か……? いや、それにしてはかなりデカいぞ。2メートルぐらいあるんじゃないか?
少しずつ近づいてくる大きな影。俺のいる入口付近は、微かに外の光が差し込んでいる。目の前に影がやって来て、外の光がその顔を照らす。そこには、鬼がいた。




