02話 熱をもって生きた人
彼女は、よく語ってくれた。
自分の歩いてきた道のりを、まるで誰かの人生のように、静かに、けれど確かな情熱を込めて。
「もともとは、小児病棟で働きたかったの」
ある日、僕が「なんでウイルスの研究なんて選んだの?」と尋ねると、彼女は少し恥ずかしそうにそう答えた。
「子どもの頃、ずっと病院に通ってたの。慢性の持病があってね。白衣のお医者さんや看護師さんが、わたしの世界のすべてだった」
彼女は、窓の外に目を向けた。
その目に、遠い過去を見ているような光が宿っていた。
「治療薬がなくて、苦しむ子がいるのが嫌だった。だから、治療する側じゃなくて、根本から治せる“何か”を見つける側になりたかったの」
熱をもって生きてきた人だった。
まっすぐで、折れそうで、それでも踏み出す勇気を持っていた人。
彼女の所属していた研究班は、数々の感染症対策に貢献していた。
緊急対応型のワクチン、迅速診断キット、新型病原体の分離技術――
ニュースでも何度も取り上げられたことがある、有名なチームだった。
「でもね、だんだん怖くなってきたの。」
そうつぶやいた彼女の声は、少しかすれていた。
「あるとき気づいたの。人の命を救うために、私たちは何人分の“可能性”を犠牲にしてきたんだろうって」
開発のために動物を使うこともあった。
実験台になる人間も、時に必要とされた。
それを理解していても、心が悲鳴をあげる日があるのだと、彼女は語った。
「それでも、止まれなかった。止まったら、置いていかれるから。救えるはずの子たちを、救えなくなるから」
彼女はその日、いつもより長く語った。
ガラスの向こうで、少し咳き込みながら、それでも目をそらさずに言った。
「だから、最後の最後に、自分でかかえてみたかったのかもしれない。このウイルスを、私の中に入れることで、何かわかるかもしれないって……そんなふうに思ったの」
僕は息をのんだ。
冗談のような口ぶりだったけれど、彼女の目は真剣だった。
「もちろん、意図的に感染したわけじゃない。けどね、心のどこかで、私はずっと――そうなることを望んでいたのかもしれない。自分が、実験台になることを」
それを聞いて、僕は何も言えなかった。
けれど彼女は、そんな僕に微笑んで言った。
「変でしょ。ほんとうに」
変なんかじゃなかった。
むしろ僕には、彼女のその決意が、誰よりも美しく見えた。
ガラス越しに見える彼女の瞳は、病に蝕まれていてもなお、燃えるようにまっすぐだった。
その熱は、どんな冷たい壁よりも、確かに僕の胸を打った。




