第44話 顔もよく思い出せない
|太陽がなくなってしまう《日蝕》話は怖かった。
神話や伝説の中で描かれてるだけじゃない現実に起こることだってことも……。
その日蝕が絡んだ大きな陰謀に巻き込まれているなんて、知らなかった。
あのまま、家から出ないでいたら、どうなっていたのかと考えただけでもぞっとしてくる。
優しい人と思っていた叔母様が、まさか恐ろしい人だったのも未だに信じられないくらいだ。
エヴァを連れて、出てきてホントによかった。
エヴァを残して出てたら、きっと後悔してた。
ロビーから、マリーも家を出たと聞いた。
マリーがどこか、一歩引いた感じに見えたのは気のせいではなかったみたい。
彼女の瞳はきれいなサファイアの色をしてた。
でも、あたしを目の敵にしてくるユナの瞳はなぜか、濁ってるように感じられた。
サファイアというには程遠いくすんだ青にしか見えないのだ。
マリーはマソプスト公爵家に身を寄せてるので心配しなくても大丈夫らしい。
エヴァもおじい様の離宮にいるから、平気だろう。
あそこにはセバスさんがいる。
それだけでなぜか、安心してる。
日蝕が近いと言われたけど、特に何も起きないまま、ヴィシェフラドの厳しい冬の日が続いてる。
いいこともあった。
エヴァが歌うのが好きだと分かった。
彼女の歌は上手でとても、きれいな歌声に魔力を乗せられることも分かった。
あたしには絵を具現化させる魔法の才能があったけど、エヴァには歌の才能があったということなのだ。
このまま、何事も起きなければ、いいのに……。
そう思ってた。
「お父様がお亡くなりになったということ?」
隣の国で起きていた戦争が終わったという報せが届いたのはそれから、間もなくのことだった。
これは決して、悪くないニュースだと思った。
戦争が終われば、お父様が帰ってくるからだ。
あたしもエヴァもお父様との思い出なんて、ほとんどない。
エヴァは分からないけど、あたしは顔すら、思い出せないくらいに知らない人。
それでも悪くない報せだと思ったのは、お父様が帰ってくることでお母様やユナが自分の心を取り戻せるかもしれないと考えたからだ。
でも、その希望が消えたかもしれない。
戦争が終わったのにお父様の行方が知れなくなったのだと言う。
お父様だけじゃない。
第二騎士団が忽然とその姿を消してしまった。
はっきりしてるのはグスタフ兄様が死んだという事実だけだった。
「奴らが動くかもしれんな」
ビカン先生が深い緑色の瞳を宿した目を細めて、そう言うのをあたしはどこか、他人事のように聞いてた。
自分が思ってた以上にお父様のことでショックを受けてたんだろう。
顔もよく思い出せない。
どんな声だったかも覚えてない。
覚えていて、思い出せるのはたった一つ。
お父様の大きな手が温かった。
それだけなのだ。
それでも悲しいと感じてるのは確かだった。
エヴァはあたしよりもずっと悲しみが深いんだろうか。
今にも泪が零れ落ちそうな澄んだ青い瞳を見てるとあたしまで泣きそうになってくる。
関りが薄かったあたしでさえ、こんなに悲しい気持ちになるのなら、お母様やお父様の代わりを務めようとしてたユナは大丈夫なんだろうか。




