第4話 目覚めないアマーリエ
四姉妹の従兄にあたるグスタフ・コラーもミロスラフの第二騎士団と行動を共にしていた。
グスタフの父ダニエルはミロスラフの二つ下の弟だが、この兄弟は対照的な見た目をしている。
ミロスラフは顎髭を蓄えており、大柄で鍛え上げた肉体をした野性味に溢れている。
ダニエルは兄よりも身長が高く、二メートル近いもののその身に筋肉らしいものは付いていない。
整った顔立ちをしているもののこけた頬のせいか、不健康な印象を受ける男だ。
幼少期から、背だけは伸びていたダニエルはガリガリの瘦せっぽち、ひょろひょろとした木偶の坊などと呼ばれていた。
しかし、ダニエルの真骨頂は頭を使うことである。
彼がアカデミーにおいて、成し遂げた記録のいくつかは未だに破られていないほどだ。
そんな彼を婿として迎えたのがジャネタ・コラー伯爵令嬢だった。
彼女の好みは他の令嬢とはいささか、趣きが異なるものでダニエルを見た目も含め、全てが気に入ったのである。
変わった縁で一緒になったダニエルとジャネタだが、夫婦仲の良さは周囲が羨むほどだった。
そして、生まれたのが嫡男のグスタフである。
コラー家は代々、優秀な文官を輩出した家柄として知られていた。
ダニエルもまた、文官になるべくして生まれた男と言っても良かった。
二人の間に生まれたグスタフもそうなるものと思われていた。
ところがこのグスタフは物心ついた頃には剣を持っていたというほどに体を動かすのが好きな活動的な少年だった。
彼にとって、憧れの存在は騎士として活躍する伯父ミロスラフなのだ。
アカデミーの騎士科に進み、成人を迎えたグスタフは両親や周囲の反対を押し切り、騎士になった。
その姿に若き頃のミロスラフの姿を重ねる者が少なからずいたほどに中々、堂々としたものである。
グスタフは『正義の戦い』に赴いたまま、帰らない伯父を尊敬していたが為に出征した。
彼はコラー家の嫡男であり、スペアがいないのにも関わらずだ。
「お母様。エミーは平気かな?」
いつも隣でうるさいくらいに騒ぐ妹アマーリエの姿がないことでほっとしながらもどこか、落ち着かない様子のユスティーナがオムレツを口に運びながら、何気なくそう口にした。
「そうね。あの子には可哀想なことになってしまったわ」
ミリアムは慈善活動にも力を入れ、慈愛に満ちた女性として社交界でその名を知られている。
そうあろうとして、誰よりも誇り高く、家族を愛して生きてきたという自負心があった。
夕食もとらず、自室に戻ったアマーリエの姿を最後に見たのはミリアムである。
その時のアマーリエの顔は今までにないほどに陰っていなかっただろうか?
母親として、心配にならないはずがなかった。
その一方でアマーリエの誕生日を祝うパーティーがまたも流れたのはいつものことであり、気にするはずはないとも考えていたのだ。
「でも、仕方ないわ。まさか、あんなことが起きるなんて。神様でもないと分からないわ」
マルチナは長女として、強い責任感を持つ立派な淑女になった。
そう信じて疑わないミリアムはマルチナの言葉に強く、頷く。
妹思いの優しい性格をしたマルチナもそう考えているのなら、問題はないと考えたのだ。
「そうよ。エミーのことだから、もう一晩寝たら、忘れてるわ。けろっとした顔で現れるって」
「そうよね。あの子には後で埋め合わせをしてあげれば、いいわね」
「そうですわ」
快活なユスティーナまで断言したので、ミリアムも押し切られるように同意せざるを得なかった。
アマーリエがいたからこそのいつもだった。
そのいつもが失われたことにまだ、誰も気付いていない。
自室の窓から、手を滑らせたのか落下したアマーリエの姿が発見されたのは早朝のことである。
花壇にうつ伏せに倒れていたアマーリエを見つけたのは偶々、花壇を見に行ったメイドのベアータだった。
「大変です。アマーリエお嬢様が!」というベアータの悲鳴にも似た叫びに屋敷は騒然とした。
幸いなことに二階の自室から、落ちたにも関わらず、アマーリエは軽傷だった。
頭と手足に僅かな擦り傷を負って、少しばかりの血を流した程度で済んだのは奇跡に近い。
不思議なのは花壇に倒れ伏していたアマーリエが、白い百合の花を手にしていたことだった。
白い百合は『純潔』を意味する高貴な花であるとともに不吉の前兆とも言われていた。
その理由は死の女神が好み、彼女自身を表す花でもあったからだ。
外傷がほとんどなかったアマーリエだが、眠ったまま、目覚めることがなかった。
医師も体に異常はないと診断したが、アマーリエの炎を思わせる赤毛が一夜にして、赤みがかった金色の髪に変化した理由を説明出来なかった。
「考えられないような恐怖を体験した人間が短期間で白髪に変わったという事例がない訳ではありません」とその医師は付け加えたが、それでも説明のつかない現象だった。
アマーリエが意識を失ってから、既に三日が経過しようとしている。