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第3話 ネドヴェトの事情

(三人称視点)


 その日の朝食は()()()と違った。

 家族の誰よりも早く、朝食の席に着いているアマーリエの姿がない。

 笑顔を振りまく元気なアマーリエの姿がないのだ。


 返事が貰えなくても一人で明るく、話しかける彼女がいない朝食の席は不気味なほどに静まり返っていた。

 しかし、本来、貴族の食事風景はどこもこんなものであると言えよう。

 会話も無く、食事が淡々と進む。

 家族の団欒とはとても言えないどこか、殺伐としたものが感じられるのが普通なのだ。

 侯爵という高位貴族であり、王妹が降嫁した名家でありながら、ネドヴェト家がどこか変わっていると言われている所以の一つでもあった。


 朝食の席についているのは三人の女性である。

 当主ミロスラフが不在の間、一切を取り仕切る侯爵夫人ミリアム。

 長女マルチナ。

 次女ユスティーナ。

 ここに四女のアマーリエを加えた四人で食卓を囲むのがネドヴェト家の日常だった。


 三女のエヴェリーナが姿を見せないのは生来の病弱さゆえである。

 彼女は自室で別メニューの食事をとらなくてはいけなかったのだ。

 エヴェリーナが患っているのは竜熱(ドラゴンフィーバー)と呼ばれる完治不能な難病だった。

 完治しないだけではなく、成人年齢である十六歳まで生存出来ない死の影が付きまとう病でもあった。

 病名に竜の名が付けられていることから、分かるように竜の血を引くとされている血族だけに発症するのが最たる特徴だ。


 ネドヴェト家の家祖は竜の子であると言われている。

 異国から流れ着いた黒髪の貴公子(トビアス)白髪・盲目の美女(レイチェル)の間に生まれたのが、家祖ノルベルトである。

 この貴公子と美女こそ、人化したドラゴンだったと伝えられているがそれを鵜呑みにする者などいない。

 人化した竜など存在しないというのが通説だったからだ。

 しかし、エヴェリーナが竜熱(ドラゴンフィーバー)を発症したことで先祖が竜であることが証明された。

 何とも皮肉なものである。




 では当主ミロスラフの姿が見られないのはなぜか?

 彼は現在、家族から離れた遠き戦地に身を置いていた。

 都を遥かに離れた戦場に赴いてから、かれこれ十年が経過している。

 その間、ミロスラフが屋敷に戻ったのは僅かに数回である。


 第二騎士団。

 『銀竜騎士団』という通称の方がよく知られており、白銀の甲冑で統一された美しい隊装と戦場における勇壮にして、果敢な戦いぶりで諸国に名を轟かせる精強なる騎士団である。


 ミロスラフはその第二騎士団を統べる団長という地位にあった。

 そして、『十年戦争』と呼ばれながらも十年を超え、いまだに終わりの見えない戦において、軍司令を務めている。

 責任感の強いミロスラフは前線で戦う兵がいる以上、自分だけが家族の顔を見に帰ってはならないと自らを戒めていた。




 この『十年戦争』の発端は隣国で起きた奴隷による大規模な反乱だった。


 奴隷制は現在でこそ、ほとんどの国や都市で廃止されており、忌むべき因習というものになりつつある。

 隣国は厳格な階級社会制度を取っていた。

 最下級に置かれていたのは奴隷であり、その大部分が純粋な人族ではないものだった。

 いわゆる亜人と呼ばれる妖精族や獣人族は奴隷として扱われ、尊厳のない生を強いられていたのだ。


 奴隷階級による小規模な反乱はこれまでにも何度も起きていたが、すぐに鎮圧されてしまい、何も変わらなかった。

 これが大規模になり、国を揺るがす事態にまで発展したのはヤンという優れた指導者がいたことが大きい。

 ヤンは猛禽類を思わせる獰猛な目の持ち主だったが、穏やかで声を荒げることがない隠者のような青年だった。

 アキュラと呼ばれる鷲の獣人の血を引くヤンは生まれながらの奴隷でありながら、高い知性と高潔な魂を有していたのだ。


 ヤンに率いられた奴隷は日を追うごとにその数を増し、山間部にある廃棄された砦を占拠した。

 しかし、そこまでが限界だった。

 奇襲により、大きな戦果を挙げた『奴隷解放軍』だが、装備においても人員においても劣っている以上、対策されると手詰まりになる。


 ここでヤンは自らの命を天に捧げる大きな賭けに出た。

 自由・平等・愛を掲げる周辺国の義侠心に訴えたのである。


 彼の命を懸けた大いなる賭けは、勝ちだったと言うべきだろう。

 奴隷制の実態が明るみに出たことで義勇軍が送られたのだ。

 虐げられた奴隷を解放し、自由を与える正義の戦いと標榜し、集められた精鋭である。


 しかし、ヤンが彼らの勇姿を見ることはなかった。

 救援を請う仲間を逃がす為、囮となって、少数の決死の兵と共に廃城に立て籠もったヤンは奮戦空しく、虜囚となったのだ。

 語るのも憚られるような恐ろしい拷問を受けた遺体は人の姿を留めてすらいないほどに酷く、正視に耐えないものだったという。

 ヤンの亡骸(なきがら)はそのまま、川へと投げ捨てられてしまったが不思議な力に導かれたかのように川岸に漂着し、義勇軍と仲間の手により、丁重に葬られた。

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