そこはまるでワンダーランド
人というのはこんなにわけのわからないことがずっと続くとかえって冷静になるものなのかもしれない。それくらい今の俺は冷静になっていた。
他の五人も「ええー!噓でしょー?」と驚く人はいなくて、みんな真顔になっている。
「意味不明だ」
手前の奴―あきとがぼそっと呟いた。
「とりあえず、お前たちは今からアースの長様の元に連れていく。」
ルーナが言った。
「私につづけ。逃げたら容赦はしない」
ああ、もう本当にどうしてこんなことになったのだろう。俺は川に行って泳いで涼んで帰ってくるだけの予定だったのに。夢か?夢なのか?もういっそ夢であってくれ。そもそもあの声に俺がついていかなければこんなことには……。
「あ、声!」
俺の声に全員が振り向く。
「あの、すみません。ルーナ?さん?おいでって結局誰が言ってたんですかね?」
そのとき、なぜかルーナのきりりとした表情が一瞬歪んだように見えた。ドキリとする。でもその表情は一瞬で元に戻ってしまった。ルーナはそっぽを向いて言う。
「知らぬ。私はそのようなことを言っていないし、まわりで言っていたやつもいなかった」
「そう……ですか。」
残念。こんなところまで来たのならその声の正体くらいは知りたかった。まあ他にもいろいろ知りたいことだらけだが今はもう自分の中でキャパオーバーなので長のもとに連れていかれる間、周りの景色をずっと眺めていることにした。ちなみに他の奴らはというとミオとこのみが喋っている以外はみんな俺と同じように周りを眺めている。
さっきと同じような景色を歩いていく。太い木に絡まるつる、さまざまな種類の光るキノコ、カラフルな花たち。空は木があまりにも高い位置にあるせいで見えなかった。そして濃い自然の匂いがする。
「ねえねえルーナちゃんルーナちゃん私たちがさっき来たあの不思議な水ってなんなの?」
ミオが気さくに話しかける。ルーナはこっちも見ずに答えた。
「あれは結の泉だ。現世とアースをつなぐ泉。他にもたくさんある。」
「へえーそうなんだ!」
「それで結局ここはどこなの?」
今度はアカネが聞く。
「ここはアースの中のほんの一部分だ。私の家と結の泉がある、私の庭だ」
「つまり、ルーナちゃんが住んでいるところなのね」
庭広すぎやしないか。アースなら普通のことなのか。
そもそもアース自体がよくわからない。この世界の核ってなんなんだ。
まだまだ聞きたいことが多すぎるが、口に出すのもなんだか億劫だった。多分、じきにわかってくるだろう。
「そうだ。外はもっと広い。妖精、動物、植物、魔物。なんでもいる」
ひっかかった単語に、即座に反応する。
「ちょっと待て魔物って言ったか今」
「ああ、そうだ。小人からドラゴン、トロール、妖精も。人間以外の生物ならなんでもいる」
「じゃあ人間の俺たちにそんなこと話していいのかよ」
あきとが冷静に聞いた。ルーナが歩きながら言う。
「平気だ。人間だったら長様に忘却の術をかけてもらって、元の世界に返すだけだ。そんなことをしなくても人間が元の世界に帰って一か月もたてばこの世界のことは完全に忘れている。そしてこんな話、来るでもしない限りお前たちは信じないだろう」
たしかに。友達に急にこんな話をされても頭がおかしくなったか?と思うだけだ。
「え、戻れんの?元の世界」
カナメが希望を持ったように言った。
「戻れる。結の泉があるからな。しかし、お前たちは一度長様に会わなければならない。お前たちが一体どうやってこの世界に来たのか、確かめる必要がある」
ルーナがそこで立ち止まった。足元を見ると下に傾いた大きな丸太でできたトンネルがあった。奥の分は周りが木で覆い隠されていて見えない。
「外のことについてはまあ、見ればわかる。私についてこい」
そういうとルーナはそのトンネルを滑り台のように降りていった。俺たちは顔を見合わせる。今すぐ結の泉に戻りたいという気持ちもあるがアースの外の世界を見てみたいという気持ちもあった。
「じゃあ、俺からいくよ」
カナメが手をあげた。勢いに任せたように丸太を滑っていく。カナメの姿が見えなくなるとミオが
「ちょっと楽しそうかも!私も行く!」
と言って滑っていった。数秒後、「待ってこれめっちゃ楽しーい!」という声が聞こえてきた。
それからはみんな乗り気で滑り出した。ミオの次をアカネが滑っていき、その次に俺が滑っていく。
その滑り台は思ったより勢いが強かった。ビュン!ビュン!と風を切る音がする。
上の部分は丸太でできていてあまり見えなかったけどところどころあいている穴から光が差し込んでいた。そして滑り台は思ったより長かった。勢いが強いのにまだ続いている。
「あ!」
奥の方に出口が見えてきた。眩しくて俺は思わず目をつぶる。
次に目を開けたのは何かの動物の声が聞こえてからだった。
「!!!」
そこはまさしく、不思議の世界だった。
足元を見れば小さな羽が生えた妖精が不思議そうにこっちを見てきた。向こうでは今まで見たこともないような大きな狼が歩いている。空には龍や大きな虫が飛んでいて、遠くではきらびやかな建物や様々な色の山が連なっていた。木の細枝に座っている茶色の女の子の妖精、七色の羽の鳥、空中を我が物顔で泳いでいる魚。
絵本や映画で見た不思議なものを、全て詰め込んだような世界。
「すごい…」
このみが唖然とした顔でつぶやく。同意見だ。夢をみているみたいだ。
「あの一番立派な建物にアースの長様が住んでおられる」
ルーナの指差した方向には、高い崖の上にある青と白でできた大きな大きな宮殿があった。宮殿なんて、俺は見るのも初めてだ。
「え?あそこまで歩いていくんですか?」
このみが聞くとルーナは首を振った。
「あそこまで歩いたら日が暮れてしまう。宮殿には風乗りで行く」
「風乗り?なにそれ?」
今度はアカネが聞くと、
「風に乗っていくことだ。私についてくればわかる」
ルーナが白のワンピースを翻して歩き出した。俺たちは少し顔を見合わせて、そのあとに続く。少し歩くと並木道にきた。
木には体中にコケが生えた妖精や大きな角がハートの形になっている山羊、他にも様々な生き物がいる。俺たちが通るとみんながこちらを見てきた。
目を合わせるとなんだか攻撃してきそうだったので、俺はルーナの背を見ながら歩くことにした。
ルーナはひざ下まである白のワンピースに大きなレース、腰には太い銀色のリボン、首には三つほどの飾りをつけて杖を持ったまま裸足で歩いている。それにサラサラの銀髪もあいまって、本当に月の妖精なんだなあと感心してしまう。
そんなことを思っている間に崖の近くにある小屋にたどり着いた。青い屋根の掘っ立て小屋のようだ。ルーナは俺たちに「ここで待っていろ」と言うと、小屋の戸口まで歩いていった。
「ブラン!いるか?」
ルーナが大声で叫ぶ。一分ほどたっただろうか。戸口が開いて、眠そうな顔をした男がでてきた。緑色の髪をのぞけば普通の人間に見える。
「なんだよルーナ。今昼寝してたのにって…うおおっ!?」
そのブランという男はこちらを一目見るなり大げさに飛び上がった。
尻もちをついて、あわあわとこちらを指さしてくる。
「おい!そいつら人間か!?なんでこんなところにいるんだ!アースには人間は入れないはずだ!」
「どうも」
「こんにちはー」
普通に挨拶するカナメとミオを横目に、ルーナは腰に手を当てる。
「それを確かめるために今から長様のところに行くんだ。連れて行ってくれるか?」
「ああ……、宮殿に行くのか。わかったよ」
ルーナはこっちを向いてブランの方を指ししめした。
「この男の名前はブラン。風の妖精で、風乗り屋をやっている」
「よお。よろしくな」
いい人…いや、妖精そうだ。俺たちも「よろしくお願いします」と返した。
「……それで結局、風乗りってなんなんだ?」
あきとが聞くと、ブランさんがこっちに手招いた。
「じゃあまずルーナで手本を見せるか。」
そういってブランさんはルーナに目配せした。ルーナはうなずくとすたすたと崖の方に歩いていく。
え?何してるんだ?と思っているとルーナは崖の先端で止まった。もう少しで落ちそうだ。その後ろでブランさんがどこから取り出してきたのか、大きな葉を持って歩み寄る。そして、ルーナの背後でバサリと大きく一振りした。
「あ!!」
ルーナの体が一回落ちたかと思うとふわりと舞い上がる。そうして空中で華麗に一回転すると、そのまま宮殿がある方向に飛んで行った。
「これが風乗りだ。お前らもこうやって、宮殿までひとっとびするんだよ」
「す」
「すっげえー!」
「嘘?空飛べるの?うちらも飛んでいいの?」
「ほんとに飛べるんですか!?空を?うわあああ、ずっと夢だったんです!いや、これは私の夢なんでしょうか?」
思わず子供のような反応を見せてしまう。俺だけじゃなくて、みんなもだ。だって!だって飛べるんだよ?人間が誰しも一度は夢見る空を飛ぶこと!まさかこんなところで叶うとは。
でも、このみの言う通り、これが夢だという気もする。いや、夢でもなんでもいい。一回くらいは空を飛んでみたい。
「じゃあ、次。誰から行く?」
ブランさんが俺らの反応に笑いながら聞いてきた。
「でもいざ飛ぶってなると怖そうだよね…」
ミオが不安そうな声で言った。
「じゃあ手をつないで一列になったらどうだ?」
「え!一気に六人も飛べるんですか?」
「できるできる。じゃあ崖に立って」
ということで俺たちは六人で手をつないで崖に立った。思わず下を見る。うわ、思ったより高いな。
緊張してきた。俺の両隣はアカネとあきとだった。何気に中学生になってから女子と手をつなぐのは初めてだったのでそっちの面でも緊張してしまう。うわ、手汗でたらどうしよう。
「じゃあいくぞー。俺が飛べっていったら思いっきり地面を蹴るんだ。いいなー」
「わかりました!」
「はい、じゃあせーの、飛べっ!!!」
瞬間、後ろからゴオオオオオ!!!というものすごい風圧が来るのを感じた。
俺は思いっきり地面を蹴った。




