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アース  作者: 音竹咲夜花
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竹刀の持ち主

人の温もりを感じた。


優しくて、あったかい。安心するような匂いがした。


俺は誰かの腕の中にいた。


その人は歩いているようだ。一定のリズムで体が揺れている。


視界はその人の花柄の服で塞がっていてよく見えなかったが、少しの隙間から木漏れ日が差し込むのが見えた。


「大丈夫よお。きっと帰れるからね」


柔らかい声がした。


「ねえ、だからそんなに」





そんなに泣かないで?






 朝起きたら、布団が濡れていた。

頬に湿った冷たいものがいくつも流れているのを感じる。


「どうしちゃったんだ…俺…」


ぽつりと呟いた。

起きたら泣いているなんで中々ないことだ。前、月の糸のハンモックで寝ていた時もどうやら俺は泣いていたらしいが、夢の内容が思い出せない。それは今回も同じだった。


「なんか、病気なのかな」


母さんが階段を上がってくる音がしたのであわててごしごしと顔をパジャマでぬぐった。


「おはよう、自分で起きているなんて珍しいじゃない」


「うん…おはよう」


「…?なんか元気ないわね。大丈夫?具合でも悪いの?」


「いやいや、全然平気」


「そう。もうすぐご飯できるから。あと今日から竹刀の素振りするんでしょう?」


「うん。そうする予定」


「あの竹刀結構大きいから気を付けてね。怪我とかしないように」


「わかってるよ」


母さんは相変わらず心配性だな、と笑った。

そうだよな、竹刀も本格的に振れるんだし、今日もアースに行くんだし。寝起きで泣いていたことをいつまでも悩んでいたって仕方ない。

俺は気を取り直すと布団をたたんで下に降りていった。



「一!二!三!四!五!」


声に合わせて竹刀を振る。この竹刀、めちゃくちゃ重い。

早朝だからか気温は少し涼しいが、どんどん汗が流れてきた。


「百一、百二、百三、百四!」


俺は素振りをするとき、空中の一点を狙う。そこに振りかぶって、素早く振り下ろす。

竹刀の軌道は直線に。自分の喉元の位置でぴたりと止める。

心は波のように落ち着かせる。頭の中では好きなものや好きな景色を思い浮かべたりする。

そうすれば、剣先の風を切る音はますます鋭くなる。


「ふうー」


正面前後素振りを五百回終えると俺は縁側に座って深く息をついた。

正直、だいぶ疲れた。多分いつもの竹刀じゃないのが大きいと思う。いつものだったらあまり疲れを感じないはずだ。

俺は胸元のペンダントから石を取り出した。指でなぞって、ぎゅっと握る。

いつもそうするとなぜか元気になるのだ。多分不思議な力がこの石にはあるのだろう。


「それにしても…」


俺は大きい竹刀を手にとった。


「これ、誰のなんだろ…おばあちゃんかおじいちゃんのやつかな?」


俺は物心ついたときから長年剣道をやっているが、おばあちゃんかおじいちゃんが剣道をやっていたという話は聞いたことがない。母さんもやったことがないし…じゃあ一体誰のだというのだろう。


「後で聞いてみるかあ…」


俺は斜め素振りと早素振りをするために、もう一度竹刀をもって立ち上がった。




「なー。母さん、あの竹刀って誰のなんだ?」


「え?」


母さんは冷茶を片手に居間で本を読んでいた。おばあちゃんは傍でうつらうつらしている。


「ほら、あの倉庫からでてきたやつ。でっかい大人用の」


「ああー。そうねえ…」


母さんが目を泳がせた。おばあちゃんの方を見る。

やっぱり、何か様子が変だ。


「おばあちゃんのやつなのか?」


「う、ううん。おばあちゃんは剣道をやっていないし」


「母さんでもないんだろ?じゃあ、やっぱり…」


「そう。おじいちゃんのやつよ。おじいちゃん、剣道をやっていたの」


「そうなの?そんなの、今まで一度だって…」


そう言った瞬間、何かが急に脳裏をよぎった。

はっとして思わず頭を抑える。


「陽杜?どうしたの?頭が痛いの?」


母さんの心配する声が遠くから聞こえる。

俺は目を瞑って、その”何か”を追いかけようとした。

その、”何か”をつかめば何かがわかるような気がした。

しかし、それは完全に姿を現す前にどこかへ行ってしまった。

後味が悪い。ぎゅっと服を握りしめた。


「陽杜」


「俺、遊びにいってくる」


「ねえ陽杜!」


「なに?」


母さんが立ち上がった。冷茶に入っている氷がカランと音を立てる。

そのとき。


「どうしたんだい?優子」


おばあちゃんが間延びした声をだした。

起きてるとは思わなかったから、驚いてそちらを見る。

母さんも「起きてたんだ」と小さく言ったのが聞こえた。そしてゆっくりと首を振る。


「ううん…。なんでもないよ。気を付けてね。陽杜」


「うん」


よくわからない大きな違和感が胸の中で疼く。

でも、アースに行ったらすべてを忘れられるような気がした。


「母さん」


「ん?」


「大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるから」


「うん。わかってるよ。いってらっしゃい」


「いってきます」












ボフン!!!!


「っと…」


「ハルト」


トランポリンに身体を無事受け止められると奥の木々の間から、ルーナが姿を現した。


「いらっしゃい。もうみんな来てるぞ」


その姿を見てなんだか嬉しくなった。俺はトランポリンから這い出ると、笑顔で頷いた。





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