風乗り
「じゃあハルト。来い」
「え、え!?俺から行くの!?」
「いや、一番近くにいたから…。あ、嫌だったか?怖いか?」
「いやいや怖くはねえよ?や、やるよ?」
「じゃあ先端に立って。落ちねえようにな?まあ落ちてもウェンデイが助けてくれるだろうけど」
「わかった」
俺はゆっくりと崖の先端に進んでいった。
「すげえ…」
美しい風の里の様子が一望できる。ただ、あまりにも高いのでなるべく下は見ないようにした。
「いつでもいけるか?」
「うん」
「じゃあ腕を広げて待っていろ。風がきたら前みたいに跳ぶこと。そしたら後は身を任せればいい」
前回の風乗りはみんなで手をつないでやっていたけど今回は全くの一人。つまり一人で空を飛ぶってことだ。
強い風が吹いてくる音がした。来た、一番風だ。
トン、と背中を押された。大丈夫だ、大丈夫。
前だけを見て、俺は足を地面から離した。
一瞬、身体がガクンと落ちてひやりとしたけどすぐに持ち直した。
「水平に飛んで体をならしとけ!慣れたら自由に動かしてみろ。楽しいぞー。あ、あとあんまり遠くに行きすぎないように途中でこっちに戻って来い。失敗したら俺が強制的に風で戻すからな」
ブランさんの声が聞こえる。俺は首だけ後ろを向いて「わかりましたー!」と答えた。
一人で空を飛んでいる。
身体が風に包み込まれて宙を動いている。重力の束縛から解放された喜びが胸にせりあがってくる。
腕と足をできるだけ大きく広げて風に身体を丸ごと預ける。風と眼下に広がる自然の匂いをかぐと、自分が笑顔になっているのがわかった。
「ハルトくん!」
ウェンデイが華麗に空を舞いながらこちらに来た。
「すごい!すぐ飛べたね!」
「う、うん!」
「風乗りがしたくて来る妖精や動物たちはたくさんいるんだけど跳んだ後に落ちちゃう生き物が多くてさあ…」
「そうなのか。それは怖そう…」
「でもハルトくん、飛ぶの上手いよ!私はまだ飛んでいない子たちの様子見てくるね!」
「わかった。ありがとな」
「はーい!」
ウェンデイはやっぱり飛ぶのが上手いな。急に体を回転させたり高い所から低いところに自由に移動したりしている。できればとても楽しそうだ。
「まあ、とりあえず水平にとんで身体をならせってブランさんも言っていたしな。でも途中で戻らないとな」
だいぶ飛んできたような気がする。そろそろ戻るか、と思ってそのまま一旦体を縦にした。
「?わああああああ!」
どうやら体を空中で立てると落ちやすくなるらしい。俺は慌てて体を方向転換させながら水平にした。
すると落ちるのもぴたりとやんだ。
「あー…びびったー」
向こうにはみんながいた。ふわふわと宙を浮いている。俺はさっきと同じように飛んでみんなのところに戻った。
「ブランさん、これどうやって体を縦にするんだ?」
「あー。最初は難しいから、俺が周りの風で支えるよ。ほら、縦にしてみな」
「あ、できた」
さっきは落ちてしまったのに今は全然平気だ。周りの風がしっかりと自分の身体を固定してくれているかんじがする。
「風乗り使いは完全に風乗りをしている生き物の周りの風を操っているわけじゃないのか?」
「そうすることもできるしその方が簡単だが、自由に動けなくなるからな。そうだな。ルーナ、今から下に飛ぼうとしてみろ」
「わかった」
ルーナは宙をけって下に飛ぼうとしたけれど、なぜか体はぐんぐん上に上昇していった。
「無理だな」
「ほら、俺が周りの風を完全に操るとああなる。風乗りしている方は自分の思うままに飛べた方が楽しいだろうから、妖力を調節しているんだ。落下したりと危ない場合は別だがな」
ブランさんはルーナの風を解いてみんなの顔を見渡して言った。
「とりあえず、飛ぶことに慣れよう。ほら、あそこの崖が見えるか?」
ブランさんが指したところに単体の崖が立っていた。だいぶ遠くにある。
「あそこまで飛んでみろ。着いたらいいものがあるぞ」
「え?ほんと?」
「ほんとよお。私は先に行っているわね」
「私も先に行くぞ」
ルーナとウェンディが我先にと飛び出す。ルーナは飛ぶのが本当に上手くて、とても楽しそうだった。
「あ、ちょっと待ってよー!」
「置いてくなよー!」
俺はもう一度、身体を水平にするととみんなの後を追いかけた。
「…変わったな」
「ルーナが?」
「そうだ」
「ああ…そうかもしれないな。私でさえ無理だったのに」
「なんだ、アルス。寂しいか?」
「寂しくない…。寂しくないよ」
「ほら、お前も行かないと置いてかれるぞ」
「わかってる」
わかったことがある。
少し体を上にのぼらせていきなり下にすると速度が速くなる。少ししたら戻ってしまうけど何回も続けると結構なスピードで前に進むことができた。
「陽杜くん速くない?」
「体を上にしていきなり下降すると速くなるよ!ちょっとお腹がすうすうするけど!」
「まじ?私もやってみよ!」
「これめっちゃ楽しいです!」
「だなー!」
俺は少し体を回転させて飛んでいるみんなの顔を眺めた。
みんな目がキラキラして、良い笑顔をしている。いいなあ、と思った。
崖が近くなってきた。そりたった斜面に木のようなものが生えている。そこにとまっている頭が三角の鳥が奇妙な鳴き声をあげていた。
「一番上のところに着地すればいいかな?」
「そうよ!」
「おっけー」
崖の頂上は今飛んでいるところよりも低い位置にあった。さっきよりも自由に動かせるようになったし、俺含めみんな安定して飛べている。ブランさんの妖力に頼らなくても、身体を縦にして宙で止められるようになった。
「着地するときは体を縦にして脱力するんだ。あとは風に任せておけば平気だ。私が最初に着地するから、よく見とけ」
「わかった」
ルーナはみんなより前にとびだすと体を縦にした。腕を横に広げたまま平行に空中を滑っていく。
そしてどんどん下降していき…見事に地面に着地した。着地した姿を見せると再び飛んでこちらに戻ってくる。
「こんな感じだ」
「なるほど?」
「ねえ、やっぱみんなで手つないで着地しない?」
「その方がいいかも。誰か一人が行き過ぎても両隣で止められるしね」
ブランさんとアルスは後ろの方にいたので今ここにいる八人でいったん手をつなぐ。そのまま水平に飛んで、ルーナが合図をしたら体を一斉に縦にすることになった。
横並びに手をつなぐと、初日を思い出した。あれから二、三日しかたっていない。なんせ、まだ夏休み五日目なのだ。まだまだ遊べる。
「今だ」
ルーナの声がしたので体をゆっくりと縦にしていった。
「体の力を抜くんだ。そうすれば徐々に下降していく」
みんな背中を曲げて思いっきり脱力した。手だけはつないでいる。
そしたら本当だ。体が少しずつ落ちていく。その間にも崖との距離は近づいていた。
ズザザザザザ………
足が着いてから少し移動したけど、みんなしっかり着地することができた。
「やったー!」
「着地成功ー!」
ハイタッチしながら喜んでいると、後ろからブランさんとアルスがやってきた。
アルスは四つ足のまま綺麗に着地した。ブランさんは言わずもがなだ。
ブランさんはこちらを見るとニッカリと笑った。
「だいぶ上達したな」
「で、いいものって?」
「これだ」
ブランさんが懐からバスケットのようなものを取り出した。
俺たちの前でパカリと開いてみせる。そこにはサンドイッチが入っていた。
「なあにこれ?」
「サンドイッチ?」
「サンドイッチみたいね」
「これもアースの実か。すごいな」
「そろそろお腹がすく頃だろうと思ってな。景色がいい中で食べる飯は格別だぞー。俺はもう食べたから、お前たちで食べてこい」
そういうブランさんはもごもごと口を動かしている。ウェンディが低い声で言った。
「ブランおじさん、これいつ取り寄せてきたの?」
「ん?まあ、風の妖力でぱぱっとだな…」
「まさか、宮殿でかっさらったりしてないでしょうね…?」
「してないしてない」
ウェンディが何やらブランさんを詰めている。俺はおずおずと聞いた。
「えっと…これ食べていいのお…?」
「あ、いいのよ!食べて食べて!後で謝ってくるから!」
「本当に…?」
「いいから早く食えー」
「食べよう」
ルーナがバスケットを持って歩き始めた。
「でも…」
「平気だ。ブランは多分宮殿のどこかでいただいてきたんだろう。もうすでに少し食べているしな」
確かにサンドイッチの量がバスケットの大きさと釣り合っていない気がする。俺は苦笑した。
見晴らしの良いところまで来た。そこにあった岩にみんなで座る。
ウェンディはもうすでに昼食を食べていたようだったのでアルスを含めた七人と一匹でサンドイッチをわけあった。
そのサンドイッチはスライスされたアースの実をパンのような形状になっているアースの実で挟んだ物だった。パンはアースの実とは思えないほど香ばしくて、中身もしょっぱいのと甘いのとがあってとても美味しかった。
「本当にこの実、なんでもありね」
「魔法の実だからな」
「食糧難を余裕で救いそうだよな」
少量でも食べ終わるころにはすっかり満足していた。大きく伸びをする。
「この後どうする?まだ時間あるよな?」
「ね!それなんだけどいいこと思いついたの!」
ミオがにやりと笑った。
「風乗りしながらビリーやんない?空中ビリー!」
「待て待て待てーい!」
「やっば!追いつかれる!」
いいぞ。かなりスピードがでてる。体もすぐ方向転換できるようになった。
俺は今ビリー。カナメを追いかけているところだ。
身体を上向きにして少し飛ぶ。急に下にするとやっぱり速度があがる。そのままカナメの上に覆いかぶさるようにして叫んだ。
「捕まえた!」
「うわー。やられたか」
動きすぎてすぐ汗がでてくるけど涼しい風がすぐに乾かしてくれる。
「ウェンディ!あと誰?」
「ルーナとアルス!他は全員捕まえた!」
「おっけー!私、アルス捕まえるから、ルーナは任せたよ!」
「うん!」
「ルーナは速いぞー。頑張りな」
「わかってまーす!」
空を飛ぶのはやっぱり最高に楽しい。
俺は前を飛ぶ銀髪と白のワンピースを追いかけるために、また宙を蹴った。




