風の宮殿
「たっか!」
「これ登るの?」
俺たちの目の前には高くて険しい崖がそびえ立っていた。多分上に風の宮殿があるのだろう。
「私は先に行って上で待っているわね」
ウェンディは身を翻してあっという間に上まで行ってしまった。
「私も先に行っている。この崖なら多分登れるだろう」
「え?ちょ、アルス?」
アルスは崖の凸凹の部分をつたって器用にするすると登っていく。
「私たちはどうやって行くの?」
アカネが聞くとブランさんが言った。
「そりゃあ俺の妖力で」
そして懐からあの大きな葉っぱを取り出した。
「風の里でしかとれない風の葉だ。これをこうする」
ブランさんが風の葉を少し下から上に向かって振る。すると近くにいたこのみの体が大きく浮き上がった。
「わわわ!?」
「こういうわけだ」
落ちてきたこのみの体をまた風で受け止めながら言った。
「じゃあ順番に行くぞ。まずはルーナから」
ルーナはうなずくと少し膝を曲げて上へ飛ぶ姿勢をとった。
「お前たちもまとめて浮き上がるから少し離れてろ」
ブランさんは俺たちが離れたのを確認するとさっきよりも大きな動きで風の葉を下から上にあげた。
風がこちらにも来たので、思わず顔の前に手でバリアをつくる。
その指の隙間からルーナがロケットのように上に飛んでいくのが見えた。
「ええ!?」
ルーナの姿は上まで行って見えなくなってしまった。
「わあ…」
ミオが上を見ながら呆けた声で言った。
「どんどん行くぞー。あと飛ぶときはなるべく体に力を入れないようになー」
「じゃあ俺いきます」
カナメが名乗り出た。ルーナと同じ姿勢をとる。
ブランさんが葉をふると同じように上へと飛んで行った。崖の上から声が聞こえてくる。
「みんなー。大丈夫だ。意外といける。風に身を任せるんだ」
「あのお…私たち三人でいっていいですか?」
ミオがこのみとアカネと共に申し出た。
「ああ。いいぞー。じゃあ前みたいに手をつないでそこに並んでいろ」
「わかりました」
女子三人は「きゃあああああ!」という悲鳴をあげながらも上へ無事ついたようだ。
「あ、いけるいけるー!」「頑張れ」というような声が聞こえてきた。
「残り二人か」
「俺いきます」
あきとも上に行って残るは俺だけになった。
膝を曲げて構えをとる。ブランさんが大きく葉を振る音が聞こえた。
風にふわりと包み込まれる。力をいれないでいたら手と足を空中に固定されて、そのまま俺の体をどんどん上へと押し上げた。
「うわ…すげー」
風は俺を優しく崖の上に降ろしてくれた。
「お、来たね」
「ねーねーやっぱ宮殿すごいよー!」
目の前には風を思わせるような緑と青でできている大きな宮殿があった。上には旗があり、それが風でバサバサと揺れている。
「ここには?」
「風の妖精の長であるゼファー様がおられる」
ブランさんがいつの間にか後ろに立っていた。
「とりあえずご挨拶に行くか」
「それから風乗り?」
「そうだな」
「多分この時間帯ならゼファー様は宮殿にいらっしゃると思うわ。中庭から入りましょう」
どの宮殿にも中庭は存在するようだ。やはりたくさんの生き物がいるが、全体的に鳥が多い気がする。その中にアースに来て初日にみた虹色の鳥がいた。他にも白い小鬼や山羊の姿が見えた。
ウェンディが先頭きって進み、宮殿の扉を開ける。
広い草原の中で数多の白くて大きな風車が回っていた。
風は本来見えないもののはずなのに、何故か緑色の波のようなものが空中で見えている。
風の妖精の子供たちのようなものが笑顔で飛んでいる。子供たちを追いかけるようにして白い星があちこちで煌めいていた。
「え?え?」
「どーなってるんだ…」
俺たち六人がその光景に驚いていると、ウェンディが耳に手を当てた。
「呼び風だわ…。ゼファー様が私たちを呼んでいる。行きましょう」
「ゼファー様はどこにいらっしゃるの?」
「この草原のどこかね。とりあえず大鷹に運んでもらいましょう」
「おおたか?風属性の生き物?」
「そうだよ!」
ウェンディは親指と人差し指を丸い形にするとそのままそっと息を吹きかけた。すると、近くの緑色の波が小さい鳥の姿に形を変えて、向こうまで飛んでいく。
「これが呼び風よ」
少したつと向こうから何か大きな鳥がやってくるのが見えた。屈強な翼を広げて鋭いくちばしをこちらに向けて飛んできている。
「あ…あれ鷹?なんかでかくない?」
「なんか、八メートル以上はあると思うんだけど…」
「平気だ。レオルドに乗ったときと同じ要領で乗ればいい」
俺は脳裏にアーテン様の宮殿で乗ったグリフィンの様子を思い浮かべた。なるほど…?
大鷹はズシャァァァという音を立てて地面に着地した。青みがかかった大きな羽を折りたたむ。いかつい顔をしているがどこかおおらかなところを感じた。
「一応地球にも大鷹って名前の生物はいるんだが、規模が違うな…」
あきとが言った。嘴から落ち着いた、けれどもしっかりとした声がした。
「私の名前はラファルだ。風の長様でおられるゼファー様の従獣だ」
「従獣?」
「長様には一匹ずつ従獣が付いているんだ。基本、アースに上下関係はないが従獣は自ら名乗り出た場合、長様の下についてお仕えするんだ」
「じゃあ、ルーナが月の長様になったらアルスが従獣だね!」
ミオがにこにこしながら言うとアルスは何も言わなかったけど尻尾をぱたぱた振っていたので少し笑ってしまった。
「ゼファー様のところに連れて行こう。背に乗りなさい」
「アルスは俺が風乗りで連れていくよ。いいよな?」
「ああ。助かる」
「私は普通に飛びながら着いていくわ」
ルーナがラファルに声をかけた。
「七人乗るけど平気か?」
「平気だ」
ルーナは翼をつたってラファルの胴体に乗る。
「アースに来てからめちゃくちゃ大型架空動物に乗っている気がする」
「そういえばそうだねー」
考えてみればこの数日間、俺はとんでもない体験をしているんだなと思いながらもラファルの胴体にまたがった。感触は同じ鳥だからかスワーリンに乗った時と似ている。俺の前にカナメ、後ろにアカネが座った。
「もう慣れていると思うが、落ちないようにな」
一番前にいるルーナが言った。「はーい!」とみんなが返事を返す。
ブランさんとアルス、ウェンディもすでに宙に浮いていた。
その時、ラファルがピイイイイイイイ!という高い声をあげる。
「うわ!?」
「なんだなんだ?」
耳をふさぎながら何事かと思っていると、周りの空気が徐々に上へと上がっていくのを感じた。緑の波も上へ上へと行く。
「飛ぶぞ」
ラファルは翼をはばたかせず、大きく広げてゆっくりと旋回し始めた。
右へ体が傾く。左へ体が傾く。
そうしていくうちにどんどん旋回する速度が上がってきた。
「落ちるうううう!」
「あともう少しだ」
そうしてあと三回転したのち、また体が水平になった。
「風に乗ったんだ。これから急ぎ、ゼファー様のもとへ向かう」
ラファルは翼をひろげたまま、前へ進み始めた。




