倉庫の掃除
「ハルトー!起きなさーい!」
「んー。なんだよ。まだ早いだろ」
「何言ってんのよ。あんたが朝早くから倉庫の掃除したいって言うから母さんも早く起きたのよ」
「あー…そうだった」
目をごしごしこすると、大きなあくびをする。
「…母さんってさ」
「何よ」
「俺がどこ行くか聞かないよな」
「ん?あー…そうね」
母さんが歯切れ悪くいうのは珍しい。何か変だなとは思ったが眠かったのであまりよく考えず洗面台に向かった。
冷たい水で顔をざぶざぶと洗う。目は完全には覚めてないが、少しはすっきりした。
階段を降りると、おばあちゃんももう起きていた。
「おはようおばあちゃん」
「おはよう、ハルちゃん」
お母さんがキッチンに立って朝ごはんを作り始めた。トントンと包丁の音が聞こえてくる。
アースの実は美味しいけど、母さんの料理を食べられなくなるのは嫌だなあと寝転がりながら思った。
窓を開けると早朝の爽やかな風が吹き込んだきた。まだ外は薄暗い。網戸を閉める。
「陽杜ー。サラダだけ先持ってっちゃって。おばあちゃんと食べてて」
「おー」
自分とおばあちゃんの分を机に持っていく。ドレッシングをかけてしゃくしゃくいいながらサラダを食べていると、おばあちゃんが何かを呟いた。
「アルバム…」
「え?」
よく聞こえなかったので聞き返すとおばあちゃんが首を傾げていた。何かを思い出したかのように急に立ち上がる。そして玄関の方に足早に歩いていってしまった。
「ちょ、お母さん?」
母さんが慌てたようにフライパンの火を止める。
「陽杜!ベーコンエッグできてるから、お皿にのせて先に食べてて。私、お母さ…おばあちゃんの様子見てくる!」
「あ…、うん」
母さんもパタパタとスリッパの音をたてて玄関に向かう。
一体どうしたんだろう。おばあちゃん。
すっかり朝食を食べ終わると、パジャマから普段着に着替えて倉庫の掃除をしに外に出た。
倉庫は裏庭の中にあった。細いつるが絡まっていて、ところどころさびれている。
俺は大きな布を顔の目から下に巻き付けて、手袋をつけた。
「おばあちゃん、そばにいなくて大丈夫なの?」
「今はまた寝ているから多分。でも母さん、時々おばあちゃんの様子を見に行くから。陽杜、その分も頑張ってね」
「うん、わかった」
母さんが倉庫の鍵を取り出して開ける。そこから扉を開けようとすると、金属が擦れる重い音をたてて倉庫が開いた。
「ゴホッゴホッ」
「ひどい埃ね」
母さんが顔の前で手を仰ぐ。
そのまま倉庫の中に入る。ひんやりとした空気。鉄と古本のような匂い。
そして驚くほどたくさんの物が置いてあった。
「すごいね」
「本当にねえ。陽杜、とりあえずそこらに散らばっているものをこの段ボールにつめこんでくれない?母さん、奥の方見てくるから」
「わかった」
俺は段ボールの上の部分をあけるとそこらに散らばっているものをせっせと詰め始めた。
ペンキの箱、畑道具、ヘルメット、工具…。一応見たらわかるように整理して詰めていく。
「ん?なんだこれ」
裁縫箱のようなものの奥に、花柄の布に包まれた何か細長いものが見えた。
手に取ってその布を開いてみる。
「あ……」
それは竹刀だった。だいぶ大きい。
「かあさーん。竹刀がある!」
「あらほんと?よかったじゃない。これで練習できるね」
そう。俺は剣道部なのだ。もちろん毎日素振りもしているし、大会で一位になったことだってある。
その俺はこの家に竹刀を持ってくるのを忘れてしまったのだ。忘れてしまったと気づいたときは本気で泣きかけた。
「よかったあ…。一か月も竹刀に触らないなんてどうなるかと思った」
でもこれ俺が素振りをするには大きい気がする。大の男の人が振っていそうなやつだ。
「まあ…これしかないし。仕方ないよな」
俺はその竹刀をもう一度布に包むと外に出して、また作業を進めた。
「おつかれ様」
「今何時?」
「今八時よ。飲み物作るけど飲む?」
「うん。ありがとう」
倉庫の整理はまだ全然終わらなさそうだが、一生懸命やったおかげか結構進んだ。今は少し疲れて縁側で涼んでいるところだ。あと一時間ほどしたらアースに行かなければいけないし。
「はーい。頑張ったからご褒美よ」
母さんが飲み物が入ったグラスを渡してきた。シュワシュワとしたサイダーに大きなアイスクリームが乗っている。そして一切れのスイカが添えられていた。今にも炭酸がこぼれそうだったのでちょっと飲む。美味い。
「はああ…涼しいわねえ」
母さんもクリームソーダを片手に俺の隣に座った。
風鈴が良い音をたてている。
しばらく無言で二人でぼんやりと外の様子を見ていた。突然、母さんが呟くように言う。
「おばあちゃん、やっぱりぼけが進行しているみたい。多分脳梗塞の影響で」
「……そうなんだ」
「最近、よくおかしなことを言うのよ。あと急にどこかへ行こうとするし。母さんや、陽杜のことはわかるみたいだけどね。だから、東京に来て一緒に住むことも考えている」
俺はなんだか母さんに申し訳なくなってしまった。母さんが大変なのに俺だけアースで楽しく遊んでいていいのだろうか。その様子に気づいたのか、母さんは慌てたように言った。
「あ、陽杜は特に気にする必要はないのよ?おばあちゃんのお世話はそんなに大変じゃないし、なにより陽杜が……」
そこで母さんは困ったようにまた、居間にいるおばあちゃんを見る。そして俺に視線を戻した。
「陽杜が遊ばなくなっちゃったらおばあちゃんが陽ちゃんが遊べなくなったのは自分のせいだ、って思うかもしれないし。母さんにも最近よく謝るのよね。あの人、小さい頃からなんでも自分でやってきたから」
おばあちゃんは座布団に座ってテレビを見ている。その背中がなぜだかひどく小さく見えた。
「倉庫の掃除は陽杜にも手伝ってほしいけどおばあちゃんの世話はちゃんと母さんがやるから大丈夫よ。でも東京でおばあちゃんと一緒に暮らすことも考えてね。ってこと」
「わかった。他にもできることあったらやるからさ」
「うん。ありがとう」
冷たい飲み物を飲んだおかげか少し元気がでてきた。
アースに行くまで素振りでもしようかな、と俺は竹刀を取りに行った。




