薬作りと狼談義
「まずはこの月下草をすりつぶすんだ。月下草は月光の化身のようなものだから、とても繊細なんだよ。だから慎重にね」
「な、なるほど?」
ノイがすり鉢の中に紫色の光る花と草を入れる。それからすりこぎを渡された。すりこぎを渡されるときノイの顔を直視して思わずドキッとしてしまった自分を殴りたくなった。隣のミオなんてかっちこちに固まっている。
ルーナが水を上から入れてくれる。ほんのりと甘いような苦いような、よくわからない香りがした。これが月の花の香りか。
「すりこぎを持って丁寧にすり潰すんだ。すり潰し切れていなかったりもダメだし、逆にすり潰しすぎてもダメだ」
「難しいな」
「でも完璧に出来たときに、どんな不調にも効く薬ができる」
ルーナがすりこぎで月下草を潰しはじめた。めちゃくちゃ手際が良い。
「ルーナは薬草を作るプロなんだ」
ノイが囁いた。そういえばルーナの部屋には薬草がたくさんあったな。
とりあえず俺もすりこぎで花を潰しはじめた。
すると何故かシャボン玉のような泡がたってくる。
その泡は宙に浮いて月にのぼっていった。
「泡が大きくなったらそこで一回止めるんだ。ほら、こんな風に」
ルーナの手元を見てみると泡が顔ほどの大きさになっていた。俺のはまだ拳骨ほどの大きさだ。ゆっくりと丁寧にかき混ぜてみる。
そのとき、横でボンッ!という音が聞こえた。
驚いて音の聞こえた方を見るとカナメの皿から月の雫が飛び散ってしまっている。そのまま雫は月に吸い込まれていった。
「えーと、失敗かな?」
「そうだな。多分かき混ぜすぎたんだ」
「まじかあ」
「まだ月下草はたくさんあるから。もう一回やってみる?」
「ああ、やる」
一方、俺のはいい感じに泡が膨らんでいた。顔ほどの大きさになり、すり鉢から離れてふわふわと浮いている。中は薄紫のクリーム状になっていた。
「こんな感じ?」
「ああ。上手い。そうしたらそこに月の水を一滴くわえる。少し経って紫色の液体になっていたら成功だ」
「わかった」
俺は月の水が入った瓶を受け取ってほんのちょっとだけすり鉢の中に垂らした。
その瞬間、ポンッ!と音がして白い煙があがった。
「うわっ!?」
その煙はもわもわとすり鉢の周りをかこんでいて、中が見えなくなっていた。多分少し時間が経ったらこの煙がなくなって中が見えるようになるんだと思う。
続けてみんなのすり鉢からも煙があがっていった。ルーナがすりこぎを置くと言った。
「少し休むか。多分、戻ってきたら薬は完成しているはずだ」
「みんなで月の憩い場に行く?」
「そうだな」
ルーナが軽くうなずくと作業をしていた月の妖精も立ち上がった。
「俺たちも休むかあ」
「そうね」
月の憩い場は都の中心部分にあるらしい。ここから歩くには遠いのだ。
ルーナが指笛を吹くと仲間の狼たちと遊んでいたらしいアルスはすぐに飛んできた。
「どうやって行く?俺は飛べるから、一人くらいなら連れて行けるけど」
ノイが言った。ルーナはすでにアルスにまたがっている。
「私も一人は乗せられる」
「私たちも飛んでいくつもりなのだけれど、作った糸と水を届けなければいけないのよ。連れて行ってあげたいんだけど、あんなに量があるからねえ」
月の妖精たちの視線を追うと、確かに。大量の瓶が置いてあった。
「私が仲間を呼ぶか?」
アルスが言う。
「ああ、じゃあ頼む」
アルスは頷いてそして上を向いて遠吠えをする。
アルスの長い睫毛が、月光で輝いていた。
「ウォーーーーーン」
人生で初めて狼の鳴き声を聞いた。大きな鳴き声、というかその辺に響き渡るような声をしている。
少しも立たないうちに遠くからなにかすごいスピードで走ってくるものが見えた。あっという間に俺たちのもとについてしまう。
アルスと同じ種族の美しい三匹の狼がそこに立っていた。
「ヌエバ、バルー、ナヤ。みんなを月の憩い場まで連れて行ってくれないか?」
「ああ!君たちが!噂の子たち!」
ナヤと呼ばれた緑色の目のメス狼が言う。
「えー!可愛いね!憩い場までだよね?もちろん連れてってあげる!」
めちゃくちゃ明るい狼だ。アルスとは正反対の性格をしている。
「僕は足が遅いけど…。それでいいなら」
バルーがおずおずとした声で言う。この中で一番図体が大きくて強そうなんだけどな?弱気な性格をしているのかもしれない。
「人間界にいたやつなんだろう?信用できるのか?」
この中で一番図体が小さいが、一番怖そうなヌエバが睨むような目つきでこちらを見た。
「こら、ヌエバ。怖がっちゃうじゃない」
ナヤが咎めるように言うと、こちらを見た。
「じゃあさっそく、背中に乗って?」
「ええええ、ちょっと待って。乗るのかこれ」
俺がつっこむとルーナが変な目でこちらを見てきた。当たり前だろうと顔に書いてある。
「いやいや、俺乗馬でさえ人生に一回か二回くらいなんだけど。狼なんて乗れないようー」
俺が頭を抱えるとアカネとこのみもため息をついた。
「私も。絶対落ちる…乗馬さえしたことないし」
「私もです…。バランス感覚とかないし」
「意外と平気だぞ?」
以前、小人の森に行く際にアルスに乗ってたあきとが言う。ほんとかよ。
「俺は乗馬したことないからなあ。バランス感覚とかは自信があるんだけど」
とカナメ。こいつはやればなんでもできる気がするんだけどな?
「さっきも言ったけど俺、一人くらいなら連れていけるよ?」
ノイが手を挙げる。一斉にミオに視線が集まった。
「え?え!私?」
「ミオ、ノイに連れてってもらいな。あんたが一番落ちそうだし」
「ひどくない?えっ。ええ~」
アカネ……。こいつ意外とやり手なのか。
「じゃあ、アルスに私ともう一人。バルーにあと二人。ナヤとヌエバにはあと一人ずつって感じだな」
「俺、多分一人でも平気」
あきとが言う。
「私自身ないから誰かと一緒がいいかもです」
「私も」
「じゃあどっちかが俺と一緒に乗るか」
「じゃあ、私とアカネがアルス。カナメとこのみがバルーに乗る感じでいいか?」
「ああ。それがいいと思う」
ん?ということは?
「ハルトも一人になってしまうけれど平気か?」
「え…。あ、マジか」
みんなの顔を見回す。とても申し訳なさそうな表情をしていた。
「…うん。わかった。やるよ」
「ありがとう」
ルーナがほっとした顔になる。
「じゃあ体型的にアキトがナヤ、ハルトがヌエバに乗る感じだな」
…まじか。あの怖い狼に乗るのか。
その後、月の妖精たちは「また憩いの場でね!」とたくさんの瓶を抱えて飛んで行った。ノイもミオを抱えて「じゃあまた後で!」と行ってしまった。
「えーと、ヌエバさん。よろしくお願いします…」
「ふん、早く乗れ」
「は、はい!」
あー。俺はこの先大丈夫なのだろうか。せめて狼がナヤとかだったら道中楽しく会話できそうだったんだけどな。
「行くぞ」
ヌエバの体にしっかりとつかまる。ルーナの合図で、狼たちが走り出した。




