月下の作業場
歩くたびに銀の雫のようなものがあたりを舞う。
夜なので暗いがなぜか視界ははっきりとしていた。俺たちがでてきたところは野原のような場所だった。
大きな大きな青銀色の葉っぱの木の間に家が何軒も建てられていて、白いカンテラの光がそれを照らしている。アルスのような狼や、うさぎたちが夜の野でくつろいでいた。
また、月の下で何か作業をしている月の妖精たちもいた。
「やあ、ルーナ。来たんだ」
ルーナのそばに誰かがふわりと舞い降りた。
「ノイ、久しぶりだな」
ノイと呼ばれた青年がこちらに目を向ける。
「こんばんは。俺はノイ。ルーナの兄だよ」
ルーナと同じ少し薄い水色の目。月色の髪。ちょっとありえないくらいのイケメンだ。え、やばい。もはやイケメンの類を越している。秋の宵闇のような自然的な美しさを感じる。目を合わせただけなのに数秒間、俺は動けずにいた。
「ん?どうしたんだ?急に黙って」
ルーナが不思議そうに聞く。
逆に聞きたい。こんなトンデモ美青年と初対面で普通に話せると思うか。良い意味の方の顔面凶器だ。
そこで俺はふと我に返った。
「は、陽杜です!初めまして!」
「初めまして。よろしくね」
俺以外のみんなも心底陶酔している感じだが、我に返って自己紹介はしていた。ただ一人、ミオを除いては。
「ミオ?どうしたの」
「大丈夫ですか?」
アカネとこのみが心配そうに聞く。俺は意外に思ってミオの方を振り向いた。真っ先にそのコミュ力で自己紹介してそうなのに。
ミオはぽかんとした顔をしていた。大きな目をさらに大きく見開いている。
「え、どうした?具合悪いのか?」
カナメに話しかけられミオはそこでやっとはっとした表情になった。ぶんぶんと首を振る。
「ごめん!大丈夫。あの、私はミオです。よろしくお願いします」
「うん。ミオちゃん。よろしく」
「これから月野都を案内する。ノイも来るか?」
「暇だし行くよ。あとお兄ちゃんってそろそろ呼んだらどうだ」
「ノイはノイだろう」
「はいはい。みんな、こっちだよ」
そういうとノイはそのまま宙に浮いた。青銀の光がノイの体を覆っている。
「え、月の妖精って飛べるのか?」
「ああ。ノイは私より妖力が強いんだ」
「嘘つけ。ルーナは…」
「黙れ、ノイ」
ルーナが歩き出したのでそのまま着いていく。どうやら月の下の妖精たちのもとに行くようだ。
俺はさっきのことを不思議に思い、ミオに声をかけた。
「さっきはどうしたんだ?」
「え?あはは。うーん…」
ミオが少し困ったように言う。照れたように髪をかきあげた。
「一目ぼれ?」
「あー…」
「一目ぼれって本当にあるんだね」
「そ、そうだね」
今まで生きてきてまるで恋愛に縁のなかった俺は渋い顔をするしかない。というか一応人間界の者がここの妖精に恋はありなのだろうか。まあミオが幸せそうな顔をしているからだまっておこう。
「そういえばここには宮殿がないけど…。花畑の時はあったのに」
あきとが聞く。
「月は七つの柱のうちの一つだから、ここではなくてアースの中央に位置しているんだ。この前行った宮殿を覚えているか?」
「ああ。たしか真ん中にアーテン様の宮殿があって周りに六つの宮殿があったような?」
「そうだ。まわりの六つの宮殿には他の六つの柱の妖精の長がいる。月の宮殿、火の宮殿、水の宮殿、木の宮殿、金の宮殿、土の宮殿、そして真ん中が太陽の宮殿だ。月の妖精の長のエルア様は月の宮殿にいらっしゃる。でも毎日ここの様子を見にいらっしゃっているから、もしかしたら会えるかもな」
月の光が眩しい。いつの間にかこんなにも月が近くなっていた。
「着いたよ。ここが月の妖精の作業場だ」
そこでは十人ほどの妖精がいた。こちらには目もくれずもくもくと作業している。
満月から銀色の砂のようなものが垂れてきている。それを一人の妖精が大きな瓶にためていた。
その隣の妖精が瓶をうけとり土器のようなものに流し込む。そして今度は水を土器に流しいれた。
手でよくかき混ぜてから何かをつぶやく。そしてもう一度手で触れると土器の中が青白く光った。
「え、なんですか?」
「今作ったのは月の水だ。飲むとたちまち傷がふさがって体の調子もよくなる。月の水は満月の時しかとれないものだから貴重なんだ」
「すごいね」
俺らの声に気づいたのか月の妖精たちがこちらを振り返った。
「ルーナじゃないかあ。久しぶりね。お友達も一緒にいるようね」
月の水を作っていた女の妖精が声をかけた。
「お友達たち、近くで見るかい?」
糸車を前にした男の妖精も言ってくれる。ルーナがうながしたので、俺たちはうなずいて妖精たちの近くに座った。俺は糸車の男の手元をのぞく。
さっきの瓶から男が砂のようなものをだした。そしてそれを糸車の先端についた容器の中に入れる。
糸車を回し始めた。
「今はね、月の糸を作っているんだ。月の糸は新月のとき以外は月の雫からとれる便利なものなんだ。この糸車は人間の世界の糸車と少し違ってね。月の糸をつくる専用のやつなんだよ」
丁寧に説明してくれる。月からでていたものは砂じゃなくて雫だったのか。
糸車をまわしがら男が容器の下部分に手を入れて糸を引っ張り出した。見覚えのある、ハンモックの糸がでてくる。滑らかでつやがあった。
「綺麗…」
このみがうっとりとした顔をしている。
「みんな、一緒に薬づくりをやらない?」
ノイが呼びかけた。アカネが聞く。
「私達でもできるの?妖力とかつかえないけど」
「月野都の植物は月光を浴びて育っているから妖力は必要ないんだ。すごく簡単にできるし」
「わ、私やってみたい」
いつもの勢いがないもののミオが言った。俺も薬づくりには少し興味があったのでうなずく。
「よーし。じゃあ薬作ろうか。終わったらみんなでゆっくりしよう」




