第2章 4 小さなわだかまり
今日は朝のうちに投稿できました。よかった。。。
ほどなく、大まかな治療を終えたリッキーとベスが戻ってきた。もちろんシルベスタも一緒だ。ただ、リッキーはまだ意識を取り戻していないという。あとは眠ることで自然治癒するしかないのだ。
「侯爵殿、突然失礼するよ。私は王城の魔術師シルベスタ・サーガだ。」
「これは、これは。建国の立役者と言われている大英雄のシルベスタ様ではないですか」
「いや、それほどでも…。せわしなくて悪いけど、現場を見に行っても?」
「お言葉ですが、もう外は暗いですし、明日になさいませんか?」
シルベスタはニコニコしたまま、侯爵に答えた。
「いや、今回のオオカミ襲撃の件の糸を引いていた輩を捕まえたくてね。きっと朝早くにはとんずらするつもりで今頃カバンに荷物を詰めているところだろうからね。」
まるで、今見てきたようにそういうと、ハワードを連れて外に出て行った。彼らを見送っていると、ソファで寝かされていたリッキーが目覚めた。
「リッキー、大丈夫?」
急いで駆け寄るベスに、リッキーは混乱しているようだった。
「はっ!ヒカルは? 俺よりも早くヒカルのところに行ってやれ!どうして俺のところに来てるんだよ!ベスはヒカルの侍女なんだぞ!」
「リッキー、落ち着いて。私は大丈夫よ。」
ヒカルの声を聞いて、やっと状況が呑み込めたリッキーはうろたえて黙り込んだ。
「ベスにリッキーの傍についていてあげてって言ったのは私よ。だから、ベスを責めないで。それよりも、すごく心配していたのよ。私を気遣ってくれるのはうれしいけど、もう少し、ベスの気持ちも考えてあげてよ」
フォリナー侯爵夫妻は、執事にいいつけて、リッキーを個室に連れて行った。
「リカルドさんをお部屋に。 ベス、あなたは王女様の身の回りのことをお願いね。」
侯爵夫人はそういうと、侯爵と目配せして、リッキーの部屋に向かった。
「ベス、湯あみの準備をお願いしてもいいかしら。」
ベスはモヤモヤする気持ちを押さえつけて、ヒカルの湯あみの準備に取り掛かった。今は、何も考えたくない。ヒカルの何でもない用事が、ありがたかった。
部屋のベッドに寝かされたリッキーは、天井を睨んで考えていた。この屋敷に来て、一層強く階級の差を感じていたのだ。領民も侯爵をとても尊敬している。彼の頼みならと、今回のオオカミ狩りだって、すぐに人が集まった。そんな立派な侯爵様の令嬢で、性格もいい、顔もかわいい、スタイルもいい、しかも魔力も強い。気もよくつくし、気配りもできる。あんな素晴らしい令嬢に、他の貴族から縁談が来ないはずがないのだ。
うかつなことに、今まで考えもしていなかった。魔術学校で一緒に過ごすようになって、気心が知れて、大切な人になった。だけど、彼女は侯爵令嬢、自分は子爵の息子に過ぎない。ベスが自分にかまってくれるのを良いことに、甘えてしまっていていいのだろうか。
思いめぐらせている間に、ドアがノックされた。
「リカルド殿、体調はいかがかな」
「侯爵様! この度は私の不手際で、大変なご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳なく思っています」
「ああ、無理に起きなくていい。何を言うか。我が領のために戦ってくださったのに。怪我を負わせてしまったこと、こちらが謝りたいところですよ。」
侯爵が労わるように言うと、横から夫人も声を掛けた。
「リカルドさん、娘がとてもお世話になっているようですね。長い旅の間には、ケンカもするだろうし、良いところも悪いところも見えてしまうもの。それをしっかり見た上で、将来を決めてくださいね」
「え、あの。だけど、彼女は侯爵令嬢だし、うちは子爵。彼女ほど優秀で美しい人なら、いくらでも良縁はあるでしょう」
珍しく弱気なリッキーが言うと、夫婦は笑って言う。
「侯爵だろうが、伯爵だろうが、ましてや王子様だろうが、性格が悪い人やそりの合わない人と一緒になることほど不幸なことはないだろう。本音をさらけ出して、ケンカしあえる相手に出会えることがどれほど幸運なことか。出来がいいと思っていたうちの長男ですら、まだそんな相手に巡り合えていない。リカルド殿。これを。これからも、よろしく頼みますよ」
侯爵が差し出した手紙には、マイヤー子爵の宛名が書かれていた。リッキーは目を見開いてそのままその手紙を大事そうに胸に抱きしめて「ありがとうございます」とつぶやいた。
シルベスタは夜のうちに森を調べ上げ、森の奥の一軒の山小屋を見つけ出して、犯人に気づかれないように逃げ出せない結界を張っていた。リッキーの傷がすっかり治るまでの2日間には、ヒカルからも炎におびえないオオカミに違和感があると聞きつけ、犯人の男を締めあげてオオカミを魔術で操って必要な物をそろえていたことを白状させた。案の定、男は王城魔術師団の元メンバーで、いったんフォリナー侯爵に見せに行くと、出迎えたベスが突然怒り出した。
「あの時の変態だわ!王女様、下がってください。よくもやってくれたわね!」
この男、不正がばれて辞めさせられるのをヒカルのせいだと思い込んでいた。嫌味を言った時にヒカルの突風で身ぐるみ剥がされて、下着姿になったところをベスに目撃され変態認定されたうえ、コテンパンに叩きのめられた過去があった。ベスが怒りをあらわにすると、部屋から起き出していたリッキーが慌てて止めに入った。
「ベス、大丈夫だ。もうつかまってる。安心して」
リッキーの腕に抱えられ、ベスははっとして頬を染める。それを見ていたシルベスタは満足そうに頷くと、ハワードに「後は頼んだよ」といいつつ、その耳元に何か囁いて、男を引き連れて帰っていった。
翌朝、出発する4人をフォリナー侯爵夫妻が見送った。ウィリアムがなかなか帰ってこないのだから、たまには二人で遊びにおいでとリッキーに声を掛ける夫妻に、リッキーは真っ赤になって恐縮し、ベスは涙ぐんでいた。
幕間的なお話をいくつか用意しています。近々掲載出来たらと考えております。