地球を包むバレンタイン?
バレンタインデーは、女の子が気になる男の子にチョコを贈る日です。
男の子にとっては、誰かにチョコを貰えるかドキドキする日です。
でも元々のバレンタインデーは、家族やお世話になった人にプレゼントを贈ります。
男性から男性、女性から女性に贈ってもいいんです。
チョコやお菓子じゃなくて、手紙や言葉だけでもいいんです。
普段お世話になっている人に『いつもありがとう』の言葉を贈ってみませんか。
さて、あなたはご存じですか。
遥か上空の宇宙空間で、地球を取りまいているバレンタインを……
独り暮らしの僕の安アパートに、小学生の従妹二人が遊びにきていた。
「偉文くん、チョコを待っている間がヒマだよ。このマシュマロ食べてていい?」
妹の方の暦ちゃんが僕にきいていた。
姉の胡桃ちゃんがたしなめている。
「ねぇ。もうちょっと待とうよ。今それを食べ始めたら、絶対にすぐなくなっちゃうよー」
姉の胡桃ちゃんはスポーツと絵画が得意な元気な子。
妹の暦ちゃんは博識で、黙っていれば物静かな文学少女という雰囲気だ。
一度口を開くと、難解なボケと手厳しいツッコミが始めるけどね。
僕は彼女たちの前の卓袱台にカセットコンロを置いた。
その隣にはマシュマロの袋と竹串を置いてある。
おやつは3人で『なんちゃってチョコフォンデュ』をいただく予定だ。
暦ちゃんはヒマを持て余したのか、机にあった僕のアイデアノートを勝手に取って、パラパラと見始めた。
「偉文くん、この丸っこいモンスターは何? なんか不気味だよ」
「それ? モンスターじゃなくて妖精さ。水色のネコの妖精と、赤色のクジャクの妖精。かわいくなるように丸っこくしたんだよ」
僕の絵が下手過ぎてモンスターに見えたようだ。
「ねえ。それ、あたしが描いてあげる。色鉛筆借りるよー」
胡桃ちゃんが別の紙に絵を描き始めた。
この子、僕よりよっぽど絵がうまいんだよな。
その間に、僕はキッチンに移動し、鍋に牛乳を少し入れて、火にかける。
そこにたっぷりのチョコレートを少しずつ溶かしながら入れていく。
どろりと溶け切ったところで火を止めて、温めておいた耐熱容器に移す。
ガスコンロで少し温めた小ぶりのフライパンに、チョコ入りの容器を乗せる。
フライパンを容器ごと卓袱台に持っていき、カセットコンロに置いた。
カセットコンロに火をつけ、すぐ弱火にする。
そのとき、胡桃ちゃんが僕に紙を見せた。
「ねぇ、偉文くん。妖精さん、描けたよー」
「早っ、もうできたの? うわぁ、すごくうまいね」
ネコ妖精とクジャク妖精。
かわいらしくて美しい。色鉛筆でのグラデーションがすごい。
ネコ妖精は白っぽい身体で、長い耳や手足やしっぽの先に行くにしたがって青に変わっていく。
(画・ウバ クロネ様)
クジャク妖精は赤い身体で、翼は緑色。頭にはオレンジ色の混じった冠羽がある。
胡桃ちゃんって、ほんとに絵がうまいね。
「こっちも、うまいんだよ」
暦ちゃんを見ると、竹串をもってモグモグしていた。いつの間に……
「あー…… 暦、ひとりでチョコマシュマロ食べてるー。あたしも食べる。いただきまーす」
胡桃ちゃんが竹串にマシュマロを刺し、とけたチョコにつけた。
少しふうふうしてから口に運ぶ。
「甘くておいしい」
「バレンタイデーにはチョコを食べるのが正解なんだよ」
従妹二人はよろこんでいる。
でも、バレンタインデーってこういう日だっけ。
材料は僕が買って、作ったのも僕なんだけど。
暦ちゃんはチョコマシュマロを食べながら、僕に向かってニコッと笑った。
この顔は、また何か変なことを言おうとしているかな?
「偉文くん、知ってる? 人が死んだら死後の世界にいくんだよ。地球上空の五百キロぐらいにあるよ。地球を丸く包んだドーナツ型だよ」
「昔の大物俳優が言ってた大霊界だっけ。なぜ今その話を……」
「その大霊界のことをバレンタインっていうんだよ」
僕は思わず右手で顔を覆った。
「宇宙空間で地球を取り囲むヴァン・アレン帯とバレンタイン、それに大霊界をごちゃまぜにしたんだな」
「ねえねえ、ヴァン・アレン帯って何?」
胡桃ちゃんがきいていた。
以前、流れ星や流星群の仕組みを教えてあげてから、少し宇宙に興味を持ったかな。
僕は紙に棒磁石の絵をかいて、その周りに曲線を引いた。
「棒磁石に透明ラップを被せて砂鉄を撒いたとするよ。そうすると撒いた砂鉄はね、磁石の両端から大きなカーブの線でつながって、この曲線のような模様で集まるんだ。これを磁力線っていうんだ」
「あ、理科の資料でみたことあるよ、それ」
僕は棒磁石の絵の横に地球をイメージした丸を描く。
「地球は大きな磁石なんだ。だから方位磁石は南北を向く。磁力線はぐるっと地球全体を覆っている。ここにチリやホコリが集まる層ができる。北極南極では薄くて、赤道上空が厚くなるから地球を包むドーナツ型になるんだ。発見した学者の名前をとって、ヴァン・アレン帯っていうんだよ。もちろん霊界とは無関係だ」
「ねぇ、そこにロケットがぶつかっても大丈夫なの?」
「煙よりも密度が低いから問題ないよ。……あれ? マシュマロがない」
説明をしている間に、二人で全部食べちゃったみたいだ。
僕はまだ食べてないよ。まぁ、いいけどね。
「偉文くん、代わりにこれをあげるんだよ」
「あ、あたしも」
小学生の二人から駄菓子の十円チョコを1個ずつもらった。
わーい。女の子からバレンタインチョコをもらったぞ。
なんかむなしい。
「ところで偉文くん、魔法少女の人形劇って作れない? 十円チョコを食べて変身するんだよ」
いきなり暦ちゃんは、また変なことをいいだした。
「ホウレンソウを食べてパワーアップする水兵さんのマネ? やめた方がいいよ。アクションシーンで人形を壊すのがオチだと思う」
「水兵さんはセーラー服だから、セーラー服魔法少女にするといいんだよ」
「やめなってば。人形劇を見に来た子供たちが、チョコをほしがったら収集つかないよ」
僕はほとんどチョコが空になった耐熱容器に牛乳を入れ、カセットコンロを中火にした。
残ったチョコが完全に溶けたところでオタマですくい、2人分のカップに入れる。
「ほら、出来立てのホットチョコだよ。召し上がれ」
「「いただきまーす」」
胡桃ちゃんと暦ちゃん、仲良し姉妹はそろってカップをふうふうしている。
こういうバレンタインデーも悪くないかな。
水色のネコと赤い鳥の妖精は、この下の方でリンクしている拙作『耳とシッポが青いネコ』でも登場しています。
(『耳とシッポが青いネコ』は、当初は偉文くんの書いた作中作という設定で構想していました)