姉のような妹のような
とある土曜日。
今日は特に予定もないので一日中ベッドの上でゴロゴロしていようかと思っていると、スマホから着信を知らせる音楽が鳴り始めた。
ベッドに座りながらテーブルに置いてあるスマホを手に取ると、画面には『月居ひな』の名前が表示されていた。
何も考えずに応答のボタンを押してから、スマホを耳に当てる。
「はい、もしもし」
『あー! 湊くん出てくれたー! おはよー!』
スマホからひな先輩の声が聞こえてくる。もうすぐで正午になるくらいの時間だが、まだ午前中だから『おはよう』という挨拶で問題ないだろう。
「おはようございます。電話なんて珍しいですね」
『珍しいかもしれない! 今日は用があって電話させて頂きました〜』
「なんの用ですか?」
『今から湊くんの家に行ってもいいかな!』
唐突な問い掛けに、頭の中には大きなクエスチョンマークが浮かび上がった。
「別にいいですけど、どうして急に?」
『ドラモエの続きやりたい!』
ドラモエという単語で、頭の中にあったクエスチョンマークは消えていった。
そういえばひな先輩はドラモエを中途半端なところまで進めたきりで、まだラスボスを倒していないことを思い出したのだ。
「そういえばまだ全クリしてませんもんね」
『そうなの! だからやりたいなーって』
「いいですよ。何時くらいに来ます?」
『今すぐに行く! お昼ご飯コンビニで買ってくけど湊くん何食べたい?』
「え、奢ってくれるんですか」
『うん! おうちにお邪魔させて頂くからね〜。そのお代とでも思ってくれれば』
まだ昼食の用意をしていなかったので、とてもありがたい。
「じゃあパスタがいいですかね」
『味は何がいい?』
「あー、ミートソースがあればミートソースで。無かったらお任せします」
「はーい! 了解致しました〜♪」
アパレルショップで客を案内する店員のように、鼻にかかった声を発したひな先輩。
「それじゃあ家で待ってますね」
『うん! 一時間くらいで着くと思うから!』
「了解です」
『また後でねー』
「はーい」
そこでブツリと電話が切れた。耳からスマホを離して、テーブルの上に置く。
部屋の中を見渡してみると、脱ぎ散らかしたパジャマや学校のテキストなどが散乱していた。
「掃除しなきゃな」
ひな先輩が家に来るまでの一時間は、部屋の掃除に費やすことが決定したようだ。
☆
部屋の掃除を終えてしばらくすると、部屋の中にチャイムの音が鳴り響いた。玄関の扉を開くと、そこにはピンク色のダウンジャケットを着たひな先輩が笑顔で立っていた。彼女の手にはコンビニの袋がぶら下がっている。
「湊くん久しぶりー! お邪魔します!」
「どうぞどうぞ。本当に久しぶりですよね」
ひな先輩は玄関で靴を脱ぐと、俺の後に着いてくるような形で部屋に足を踏み入れた。
「そうだよね、学校全然行かなかったから」
「いつもの理由ですか?」
「うん! 朝は起きられないんだよー」
「体調とか崩してなくて安心しました」
「あはは、こう見えて全然風邪引かないからね」
「見たまんまですけどね」
「わたしは元気な幼稚園児じゃないぞー」
久しぶりにひな先輩と会話をしながら、俺はベッドの上に腰を下ろした。ひな先輩はダウンジャケットを脱いで灰色のパーカー姿になると、辺りをキョロキョロと見渡してからこちらに顔を向けた。
「湊くんの隣に座ってもいい?」
こちらを見下ろすひな先輩の表情は、大きな胸に隠れて見えずらい。
「いいですよ」
「やったー!」
ひな先輩は喜びの声を上げながら、俺の隣に腰を下ろした。肩が触れ合ってしまうくらいの距離感だが、日頃から抱き着かれたりしているのでドキリともしなくなった。姉がいたらこんな感じなのだろうか──いや、姉よりも妹の方が近い気がする。
「まずはお昼ご飯食べよ。コンビニで温めてきちゃったんだよね」
膝の上にコンビニの袋を置いたひな先輩は、中からミートソースパスタとパスタサラダ、それに加えてスナック菓子を二袋取り出した。
「めっちゃ買って来ましたね」
「んふふ〜、お菓子はゲームしながら食べようかと思ってね。もちろん湊くんも一緒に」
「いいですね。ゲームとお菓子は合いますもんね」
「さすが! 分かってるね〜」
ひな先輩はそう言いながら、プラスチックのフォークをこちらへと差し出す。「ありがとうございます」と言ってそれを受け取ると、ひな先輩は手を合わせた。
「それじゃあさっさと食べちゃおう! いただきまーす!」
「いただきます」
ひな先輩に釣られる形で、俺も手を合わせてからミートソースパスタの蓋を開ける。するとミートソースのいい匂いが鼻腔を刺激して、まだ飲み物しか入っていない胃が食べ物を求め始めた。
プラスチックの器を手に持って、フォークでパスタを巻いて口に運ぶ。うん、めちゃくちゃ美味しい。最近のコンビニ飯は美味しすぎる気がする。
「んー、んまんま」
パスタサラダも美味しいようで、ひな先輩はとろけた笑顔を浮かべている。
「ひな先輩、パスタサラダ好きなんですか?」
「うん大好き! バイトのお昼休憩の時にもパスタサラダばっかりだよ」
「へー、そんなに美味しいんですね」
「食べたことないの?」
「ないですね」
「えーもったいない! ほら、わたしの食べてみて」
ひな先輩はフォークでパスタをくるくると巻いて、その先にいくつかの生野菜を刺した。それを俺の口元へと近づける。
「はい、あーん」
何も考えずに口を開くと、パスタサラダが放り込まれた。シャキシャキとした食感とともに、ドレッシングのような味が口の中を支配する。それと同じくして、知らない内にフォークで間接キスをしていたことに気が付いた。
「どう?」
感想を求められるが、間接キスをしたということが頭の中を埋めつくしているので、味なんか覚えていない。
「お、美味しいです」
なので無難な感想しか言うことが出来なかったが、ひな先輩は目を輝かせて嬉しそうな表情を見せた。
「パスタサラダ美味しいよね! もう一口食べる?」
「いや、もう大丈夫ですよ」
間接キスになってしまうことに気が付いた上で、「もう一口」なんて言えるわけがない。
ひな先輩は「そう?」と言うと、俺の手に持っているミートソースをチラリと見た。
「湊くんのミートソースも食べたい!」
ひな先輩は俺の顔を見上げながら言うと、口を大きく開いた。普段は見ることのない彼女の口内が丸見えとなる。
またも間接キスになるのではと考えたが、ここでためらってしまえば変に意識をしていることがバレてしまう。一秒も経たない間にそう考えた結果、俺は自分の使っていたフォークで巻いたパスタをひな先輩の口の中に放り込んでいた。
ひな先輩は口の中でパスタを咀嚼すると、表情を明るくさせた。
「うん! 美味しい! ミートソースも捨てたもんじゃない!」
美味しさのあまり足を空中でバタバタとさせる彼女を見て、変に意識をしているのは俺だけだったのだと悟った。そう思うと間接キスくらいで頭をいっぱいにさせていた自分が恥ずかしくなり、「美味しいですよね!」と声をひっくり返しながらも彼女に返事をした。