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人は見かけによらない

 おしるこの屋台には列が出来ていたので、ひな先輩と腕を組んだまま最後尾に並んだ。


「おしるこ大人気ですね」


 人の喧騒が辺りを賑わせているので、やや大きめな声で話す。


「そうだね! 甘くて美味しいもん!」


 笑顔を浮かべるひな先輩からは、さらに大きな声が返って来た。


「でも正月におしるこは食べたことなかったです」


「そうだよね。わたしも屋台とかじゃなければおしるこは食べないかなー」


「家ではお雑煮ですか?」


「うん! お雑煮〜。うちはお味噌なんだ〜」


「え、味噌のお雑煮ですか?」


「そうだよー。そんな反応したってことは湊くんの家では醤油なんだね」


「当たりです。味噌のお雑煮なんてあるんですね」


「あるよー。地域によってお雑煮の味って違うんだよ」


 お雑煮の話で盛り上がっている間にも、列はどんどんと進んでいく。


「あれー? ひなじゃない?」


「ほんとだ! おーい、ひなー」


 自分たちの番が近づいてきたところで、ひな先輩の名前を呼ぶ女子の声が聞こえてきた。ひな先輩に釣られて俺も振り向くと、スクールカーストの高そうな女子二人がこちらに向かって手を振っていた。


「おー! 真奈(まな)明美(あけみ)!」


 ひな先輩は笑顔で、大きく手を振った。すると真奈と明美と呼ばれていた二人が、こちらへと近寄った。


「なになにー、彼氏と一緒に初詣?」


 揶揄う口調で俺のことをチラチラと見るのは、明るい茶髪をツインテールにしている女子だ。目元と唇にはキラキラとしたラメが光っている。


「あははー、彼氏じゃないよ。学校の後輩だよ」


 きっぱりと後輩だと言い切るひな先輩は、「ねー」と言って俺の顔を覗いた。正直に頷いてみせると、ひな先輩は「ほらー」と言いながら女子たちを見た。


「ええー、腕組んでるから彼氏かと思ったー」


「てか後輩と腕組みながら屋台に並ぶの謎すぎるでしょ」


 女子二人は声を出して笑うと、ひな先輩は唇を尖らせた。


「腕組むと温かいんだよ! ポカポカになれるもん!」


「あー、はいはい。君もこんな先輩に付き合わされて大変でしょ? 無駄におっぱい大きいし」


 金髪を肩下あたりまで伸ばしている女子に、ニヤニヤとした目を向けられる。彼女の言う通り、ひな先輩の胸が大きくてドキリとさせられることは少なくない。けれどもそれを口にすると変態に思われかねないので、愛想笑いだけを返しておく。


「あれー、今なんか誤魔化したなー? 後輩のクセに〜」


 茶髪の女子はケタケタと笑いながらそう言うと、パーカーのポケットから何かを取り出して俺へと手渡した。


「これ後輩くんにあげるよ。大事に使ってねー」


 茶髪の女子から手渡されたものを確認してみると、ピンク色の袋に入ったコンドームだった。それを目で確認した瞬間に、コンドームを隠すようにして握りつぶした。


「いや、ちょ、え? いや、え?」


 さすがにこれには動揺せざるを得なかった。

 そんな俺のことを見た女子二人は声を上げて笑うと、ひな先輩が俺の顔を見上げた。


「真奈から何貰ったの?」


「いや、な、なんでもないっす……これはさすがに貰えないので返します」


 ひな先輩から見えないように、真奈と呼ばれていた人にゴムを返す。


「いらないのー? これ返されてもアタシたち使えないんだよねー」


 じゃあどうしてそんなものを持っていたのだ……。やはりスクールカーストの高そうな女子は、なにを考えているかが分からない。

 すると金髪の女子──茶髪が真奈なら金髪の彼女は明美だろう。明美は笑顔を浮かべながら、手に持っていた紙コップを俺へと手渡した。


「からかってごめんね〜、お詫びに甘酒あげるから許して〜」


 手渡された紙コップの縁には、ピンク色のリップがべっとりとくっついていた。


「いやいや、貰えないですよ」


「いいのいいの! 甘酒久しぶりに飲んだんだけどさー、一口飲んで飽きちゃった。捨てるよりはいいっしょ?」


「そうかもしれないですけど……」


「いらなかったらひなに飲んでもらって! ひな甘酒飲める?」


 明美が問うと、ひな先輩は「うん!」と元気よく頷いた。


「おーおー、さすがはひなだ。いい子いい子してやろう」


「わーいやったー!」


 白く細い手でひな先輩の頬を包んだ明美は、そのまま柔らかい頬を揉み出した。


「次のお客さーん」


 そうこうしているうちに前に並んでいた人が居なくなり、屋台でおしるこを作るおばちゃんに呼ばれた。


「あ、はーい! 今行きまーす!」


 頬を揉まれていたひな先輩が手を上げると、真奈と明美は一歩引いた。


「お邪魔してごめんねー。二人ともじゃあね」


 真奈が笑顔のまま手をヒラヒラと振る。


「二人とも元気でねー。後輩くんも学校であったらよろしく〜」


 明美は手首に巻いてあるシュシュを揺らしながら、顔の横で手を振った。


「うん! 真奈と明美も元気でね! ばいばーい!」


「甘酒ありがとうございます」


 俺とひな先輩が言葉を返すと、真奈と明美は人混みの中へと消えていった。

 おばちゃんにおしるこ四つを注文して、ひな先輩が四百円を支払う。ボウル型の紙皿に入ったおしるこが渡され、俺たちは屋台を後にした。両手がおしること甘酒で塞がっているので、もちろん腕は組んでいない。


「まさか真奈と明美が居るなんてね〜、世間は狭いね〜」


「すごい二人でしたね。仲良いんですか?」


「うん! いつもテスト前になったら勉強教えて貰ってるの! すごく優しいんだよ!」


「え? 教えるんじゃなくてですか?」


「わたしが教えて貰ってるんだよ!」


 あのギャルのような二人が、ひな先輩に勉強を教えているのか。人は見かけによらないとは、まさにこのことだ。


「あの人たち頭いいんですね」


「すごく頭いいよ! いつも明美が学年で一位で真奈が二位なの。二人とも上智大学に進学するらしいよ。すごいよねー」


 思わず手に持っていたおしること甘酒を落としそうになった。

 頭がいいと言っても学年で半分くらいの順位だろうと勝手に踏んでいたので、進学する大学名を聞いて驚きで言葉を失った。

 上智大学は日本の私立大学の中でも、偏差値がかなり高い大学のひとつだったと記憶している。


「すごいっすね……」


 俺の視線は自然と手に持っていた甘酒に寄った。

 頭がいいと聞いたあとでは、紙コップの縁に塗りつけられているピンク色のリップが、芸術のようにも見えた。

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