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「物思い」という病気になる

作者: ponta

自分が生まれた意味、生きる意味を考えたことは誰にでもあると思う。で、結局明確な答えは出ないのもあるあるだと思う。

普段はこんなことは考えない。今日を生きるのに精一杯だからだ。


それは突然、意図せず訪れる。ベッドで横になっている時、仕事帰り、満員電車の中。強いて言うなら、私は駅のホームにいるとき、よくそういった〝病〟になる。


何故生きるのか(または死なないのか)、何故幸せじゃないのか、自分は結局何がしたいかなどなど。

最近は「他人が何をどう考えたりしているのだろうか」とか、「感情や理性の制御はどうしたらいいのか」をよく考える。


内容が稚拙だったり、生産性もないが、ふと考えてしまうのだ。原因は分からない。ただ現実逃避したいなのかもしれない。考えている間は明日のことを考えなくていいからだ。

だが、私は哲学者でもなんでもない。あまりにも抽象的すぎて結局よく分からなくなる。どうでもよくなるといった方が良いかもしれない。


それをずっと繰り返してる。私だけなんだろうか。


もはや日記

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