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美術室にて待つ

作者: 徒耀子

 午後の美術室は、日当たりがサイコーだ。

 壁を大きく切り取った窓から、やわらかい太陽光が斜めに差し込み、ぽかぽか暖かい。猫じゃなくても丸くなりたくなる。

 あたしは、けっこう長い時間、傷だらけの木製テーブルに突っ伏してボンヤリしている。

 人を待っているんだ。

 賑やかにお喋りしながら、油絵のキャンバスに色を重ねている同級生たちとは別の人を。

「美郷ぉ! 起きてるんでしょー? こっちにおいでってば。お菓子食べようよ」

 部員のなかで唯一のクラスメイト、律子が呼ぶ。

 気乗りしないまま顔を上げると、スイカ味ポッキーが目に入った。わーっ、食べてみたかった新商品じゃん!

 いそいそと輪に混ざったあたしに、隣のクラスの明日香が尋ねる。

「岡野さんは、今度のコンクールに応募するの?」

「出すわけないじゃん。絵、下手だし。そもそも、描いてないし」

 うーん。このポッキー、見た目がイマイチ。

 薄い赤色のコーティングの上に、黒ゴマのようなモノがくっついている。種をイメージしたんだと思うけど、果たして、ゴマなのかチョコなのか。

「美郷みたいなの、幽霊部員って言うのかなあ」

「違うよー。ちゃんと出席してるんだから。活動してないだけでさ」

 あたしは反論しながら、ポッキーをかじる。ん、味はイケる。

 このテーブルの近くにはイーゼルが四つ。それぞれ、描きかけの絵がかかっている。

「変なの。どうして、美術部に入ったの?」

 明日香が小首を傾げると、二つ結びにした髪がウサギの耳のように揺れた。カワイイなあ、もう。

 美術部の顧問は放任主義で、あたしのように一切の活動をしないヤツにも、干渉したり注意したりするコトはない。部長も同様。

 とは言え、不思議に思われるのは当然だよね……

 どうしよう。皆が黙って、あたしの答えを待っている。

 ピンチに感づいた律子が助け舟を出してくれた。

「一緒に入ってほしいって、あたしが美郷に頼んだの。知らない人ばっかりで不安だったんだ」

「納得。実は、あたしも同じだよ。中学までは陸上部だったのに、明日香に誘われてね」

 短く切った髪型のせいで、ボーイッシュというより男子みたいな博美が言った。

 話題に上った明日香は、マイペースに、ペットボトル入りのホット・レモンティーをすすっている。眉間に皺を寄せて、ボソッとつぶやいた。

「うー、ダルい」

「まだ具合が悪いの? あーちゃん、無理しないで帰れば?」

「今日中に頑張って仕上げちゃう。で、明日から休むつもり」

 そういえば、元から白い顔がさらに血の気を失っているような。

「風邪?」

「何かが憑いたんだと思うわ」

 明日香が溜息をついた。「一昨日、うちの近くでお葬式やってたから。ホント、最悪」

 あたしと律子は意味が分からず、顔を見合わせた。

「えーと。どういうこと?」

「あたしって、幽霊が憑きやすい体質なのよ。お葬式とかお墓参りとか、いかにもな場所でもらっちゃうの」

 明日香のことは、部活動以外には付き合いがなくて、よく知らないけど……いつも、こんな感じなワケ?

「この美術室の位置も良くないし。鬼門にあるでしょ。あ、熱、上がってきたかもしれない……」

 最後は、蚊の鳴くような声で囁く。

 あたしと律子だけが、どう反応していいのか困っていた。明日香のクラスメイトたちは頷いて、同情たっぷりの様子だ。

「この教室、入った途端に肩が重くなるもんね」

「あたしは、ちょこっとしか感じないから平気だけど、あーちゃんは大変だよね。かわいそぉ」

 明日香をからかっている訳じゃなく、混じり気なしに、百パーセント本気で言ってるっぽい。

 あたしは遠慮がちに聞いた。

「あの。皆、見えたりするの?」

「ハッキリとは見えないけど、感じるよね。何かがそこにいるなーって」

「あたし、今までの人生で、一回も見たことがないんだ。ここ、いるのかなあ?」

「絶対、いるよねー」

 三人は揃って頷く。自分のほうが例外みたいに思えてくる。多数決による教育の弊害というものだな。

「一人ぼっちの時に出遭いやすいわよ。つい最近も、居残って絵を描いていたら、頭の真上から、ものすごく大きな音がしたの。まるで、天井を叩いているみたいな音」

 蒼白の明日香が語ると、おどろおどろしかった。思わず、背筋がゾッとする。

 あたし自身は、幽霊とかお化けとか(どう違うんだろ?)、否定派じゃない。けっこう信じているほうだと思う。何たって十六歳、夢見がちな乙女だし。

 でも、自分は見たことがないから、よく分からないというのが実際のところ。

 本当にいるなら、一回ぐらいは見てみたい……かな?

 あんまり怖いのは嫌だけどさ。


 小一時間ほどで明日香の絵が完成したらしく、三人はすぐに片づけて帰宅した。

 残されたのは、あたしと律子。五人だったのが二人に減り、広い美術室は一気に寂しくなる。

「ねえ……あたしたちも帰ろっか」

 なぜか、律子は小声で言った。

「いいの? 絵、進んでないじゃん」

「あんな話を聞いたら、気味悪くなってきちゃった。あたしはコンクールに応募しないから、急いで仕上げなくてもいいし」

 あ、律子って、お化け屋敷とかホラー映画とか苦手だもんな。

 律子はイーゼルをたたみ、絵を準備室へ運んでいく。あたしは座って、その様子をぼんやり見ていた。

 今日は、待ち人が来こなかったー。

 そう思っていたら、引き戸が開いて、隣のクラスの静山竜也がのっそりと入ってきた。

 ブレザーの制服を着た身体は、高身長だけどスラリとしている。

 顔の彫りが深くて、明日からファッション雑誌のモデルができそうなくらい、素材はバツグン。

 なのに。

 髪の毛は伸ばしっぱなし、前髪で顔半分くらい隠れてて、姿勢はうつむき加減。休み時間でさえ、いっつも教室の隅っこにいて、ほとんど喋らない。

 クラスが違うせいもあるだろうけど、同級生の男子とバカ騒ぎしている場面も見たことがない。

 ホント、たまらないっ。大好きー!

 教室では話しかけられる雰囲気じゃない。クラスメイトの男子とさえ、あまり口をきいてないみたいだし。

 彼が美術部部員だと知ったのは、半年前のこと。さらに、美術室へ頻繁にやってくると分かって、あたしは即座に入部した。

 部員が少ない時を見計らって、少しずつ、話しかけている。

 最近になって、やっと、静山のよそよそしさが取れてきた気がする。千里の道も一歩からだよ、ホント。

 まぁ、くだらない話題で、静山は「うん」「そっか」ぐらいしか言ってくれなくても――しあわせ。

 美術室から戻ってきた律子は、静山の姿に気づいて気を利かせてくれた。

「教室に忘れ物したから、取ってくるよー。ちょっと待っててね」

 わざとらしい芝居だけど、持つべきものはいい友達。

「静山君もコンクールに出すんだよね。絵、見てもいい?」

 静山は頷いた。喋ってくれなかったけど、これはこれでグー。

 見た目を気にしない静山なのに、描く絵は驚くほど繊細で美しい。実は、色々なコンクールで入選しているらしい。

 今回は桜を描いていた。風に煽られて、満開だった桜の花びらが散るワンシーン。透明感のある薄いピンク色がキャンバスを埋め尽くしている。

「きれいだね」

「どうも」

 静山はぶっきらぼうに答えた。いつもより愛想がないカンジ。

 褒められるのが苦手――なんだよね、たぶん。

「あと少しで完成なの?」

「いや。細かい部分の描きこみが未だ」

 いつも以上に、会話が続かない……

 作業に集中したいのかも。

 でも、せっかく二人きりのチャンスだし、もうちょっと話したい。

 何かないかな……静山が興味持ちそうな話題って……

「ねえ、知ってる? この美術室は幽霊が出るんだって」

 筆を持った手が止まる。

 やった。キャンバスじゃなくて、あたしを見てくれた。

 でも、静山は怪訝そうな顔をしていた。整えていない眉毛を微かにひそめている。

「幽霊って……マジで言ってんの」

「あたしは見てないけど。天井からドシンドシンって音がするとか」

「上階のやつらの足音だと思うよ。人数が少ないと、ちょっとした音でも大きく感じられるだろ」

 一度にこんなに話してくれたの初めて!

 でも、静山の表情を見て、あたしの上がったテンションは急下降した。

 目鼻立ちがくっきりしているだけに、冷たい視線は突き刺さるみたいだった。

 まるで、あたしを軽蔑しているような、そんな目つき。

 これまで、散々くだらない話題を振ってきたけど、今のような視線を向けられたことはなかった。

 折角、うまく行ってたのに。失敗しちゃったかもしれない……


 翌日の放課後。あたしは美術室の前まで行ったのに、結局、入らないで学校を出た。

 静山に会うのが怖かった。また、あんな冷たい目を向けられたら、再起不能になりそう。

 幽霊の話なんか、しなきゃ良かった。絶対に呆れられたし、バカとまで思われたかもしれない。

 商店街へ出たところで、鞄に入れた携帯電話が震えた。ディスプレイには律子の名前が出る。メールじゃなくて電話だ。

「ハーイ、もしもし」

『美郷ぉ! 今、ドコにいるのっ?』

 声が上ずって、泣き出す寸前みたい。どうしちゃったんだろ?

『なんで、美術室に来ないんだよぉ。あたし一人で怖かったよぉ』

「今日はまっすぐ帰ることにしたの。どうしたの? 何か、あったの?」

 間が少し空いた。律子は落ち着こうとしているようだった。

『上から、すごく大きな音が聞こえて。おかしいんだよ。それまでは静かだったのに』

 昨日、明日香が言ってた心霊現象とそっくりじゃん!

「……一緒に帰ろうよ。美術室にいるの?」

『まさか。急いで片付けてきた。今は校門を出たところ』

 あたしは帰り道を引き返して、律子と合流した。

 高熱を出しても変化ナシだった浅黒い顔が、心なしか、青ざめているように見える。

「あんなに怖かったの久しぶり。床を叩いてるみたいな音でさ、自分が殴られてる気分になった。見てよ。まだ鳥肌が立ってる」

 律子がシャツの袖をまくると、二の腕の産毛が逆立ったままだった。

「幽霊なのかなぁ?」

 あたしは半信半疑だった。

「絶対、間違いないよ。あたしも今まで出遭ったことないけど、本当にいるんだと思った」

「あー、もう。律子じゃなくて、静山を脅してほしかったよ」

 思いやりのない発言だった。でも、言っちゃったものは取り消しできない。

 律子はムカついたふうだった。まだ打ち明けていなかった、昨日の静山とのやり取りを話すと、プイとそっぽを向いた。

「美郷も静山も、あたしみたいに怖い目に遭えばいいんだよ。そしたら分かるよ」

 閃いたのは、その瞬間だった。

 静山と一緒に、幽霊と遭遇すればいいんだ!

 部室の幽霊って、かなり頻繁に出るみたいだし、不可能じゃない気がする!


 静山が美術室へ現れた時には、後輩部員が三人いた。同級生の目ほどには気にせずに、あたしは静山に近づく。

「この前の幽霊の話なんだけど」

 描きかけの絵を準備室から出してきた静山は、キョトンとしていた。

 落ち込んだあたしがバカだったらしい。静山は、全然、気にしちゃいなかったってこと。

 気を悪くしたように見えたのは、顔立ちがキリッとして、カッコ良すぎるからだったのねー。

 しかし、今さら、回れ右して引き下がれない。

「律子も昨日、例の音を聞いたんだって。あ、誰だか分かる?」

 静山はちょっと考えてから頷いた。

 あたしは、律子から聞いた幽霊の話をした。

「静山君があり得ないって言うのも当然だけどさ、もしかしたら、本当にいるかもよ。そんな気がしない?」

 うー。我ながら、ずうずうしい態度。

 心臓がバクバクして破裂しそう。

 静山に話しかける時は、思いっきり自分を奮い立たなきゃならない。

 だって、静山がちょっかいかけてくれる奇跡なんて起こりっこないから。こっちがアプローチしないと何も始まらない。

「実はね、あたしも幽霊なんて見たことないんだ。だから、一度くらい遭遇したいなーって思ってるの」

 静山の表情は、何を考えているのか、ハッキリ読み取れないけれど……困惑しているふうに見える。

 幽霊をネタにして静山に接近する作戦は、失敗みたいだ。

 っていうか、最初から滑ってるのに再チャレンジしようなんて、あたしはアホですか……

 気持ちがズーンと落ち込んだ。喋っている途中だというのに、泣きたくなる。

 その時、静山がゆっくりと口を開いた。

「ひょっとすると、宇宙人かもしれないよな。幽霊じゃなくって」

 ……は? 何ですと?

「ウチュージン?」

「そう。地球人を調査するために学校に潜んでるとか……」

 静山はそこまで言うと、ちょっと恥ずかしそうな顔をして、口をつぐんだ。

 か、かわいいっ。

「SF映画の見すぎだよー」

 笑って、ツッコミを軽く入れながら、あたしのテンションはロケット噴射されたかのように上がっていた。

 静山が興味を持ってくれるなら、幽霊だろうと宇宙人だろうと、妖怪だろうと恐竜だろうと、何だっていいっ!

「じゃあさ、調査しようよ。怪奇現象の原因は何なのか」

「どうやって?」

「部室に張り込みするの。人気がない時間帯に出やすいみたい」

 静山は筆をクルクルと回して、考えをめぐらせていた。

 やっぱり、めちゃくちゃ美形だよー。

「顧問に断っておけば、午後九時ぐらいまでは部室にいられるよ。コンクールの締め切りが直前だから、今だけは下校時刻よりも居残れるんだ」

「じゃ、それで決まりっ!」

 静山の気が変わらないうちにと、すかさず言った。

 やったー! 


 静山はキャンバスに向かって、黙々と絵を描いている。まるで、あたしなんか居ないみたいに。

 つまんないのー。

「美術室の上って、第二理科室だよね? 使われてるんだっけ」

 あたしは煩がられるのを覚悟して話しかけた。

「三年生の授業で使われてるらしい」

「そっか。でも、科学部なんて、ないよね。放課後、誰かが出入りたりするのかな……」

 その時だった。突然、ガタガタッという音がした。

 あたしと静山は硬直して、お互いに耳を澄ませる。

 上じゃない。スピーカーから流れてる。

『……ッ……ッ……』

 音は途切れるようなものに変わり、静山が独り言のように言った。

「ラップ音――みたいだな」

 幽霊が出る時に聞こえるっていう、あの音? 

 あたしはブルッとした。首筋がザワザワしてくる。

『あ……せん……き……え……』

 雑音がひど過ぎて、何を言っているのか分からない。でも、間違いなく人の声だ。

 あたしは静山に近づいた。いつものように下心があったわけじゃない。とっても怖かったので、誰かの側に寄りたかったんだ。

「お、男の人の声みたい。美術室の幽霊が喋るなんて聞いてなかったけど――」

 静山が立ち上がった。無表情だったけど、声は若干、上ずっているように感じた。

「放送室へ行ってくる。岡野は待ってていいから」

 名前、呼んでくれた!

 ――なんて、感激してる場合じゃなくて。

「あ、あたしも行くっ」

 一人ぼっちで置いていかれるほうが怖い。

 幽霊は、放送室じゃなくて、美術室にいるかもしれない。静山がいなくなった途端、暴れだしたりしたら――

 美術室の幽霊って、物音を立てるだけじゃなかったの? こんなに怖いなんて聞いてないよーっ。

 静山と一緒に美術室を出た。廊下は真っ暗で、静まり返っている。静山はケータイを出して、ライトをつけて懐中電灯代わりにした。

 あたしの心臓はドキドキしている。静山と並んで歩いているせいじゃなくて恐怖ゆえに。

 さらに、ゾッとするものを目撃してしまった。

 通り過ぎた教室の入口が、完全に閉まっていなくて、ほんの少しだけ開いていた。

 誰か、いる。

 白い服が暗闇の中にチラッと見えた。

 あたしは喉が詰まって、声を発することもできなかった。

 静山の着ているシャツの袖を引っ張る。大胆な接触だったと思うけど、胸がときめく余裕なんかなかった。

 振り向いた静山が、あたしの視線の先を追う。端正な顔を引きつらせた。

 なのに、静山は教室へ向かって歩き出す。

 えっ、ヤダ。確かめる気っ?

 意外と度胸があるんだ。惚れ直したけど……やめてー!

 悪霊が襲い掛かってくるかもしれないじゃん!

 あたしはシャツを握った手を離さず、むしろ、ギュッと力を込めた。

 でも、静山は教室の引き戸を勢いよく開けてしまった。


 白いニットのアンサンブルに黒のスカート。小柄な人影がスピーカーを見上げている。

「み……みっちゃん先生?」

 あたしは、おそるおそる声をかけた。

「ん。あんた達、どしたの? 校時刻をとっくに過ぎてるよ」

 みっちゃん先生は、大学を卒業したばかりの英語教師。分かりやすい授業と、サッパリした性格で生徒に人気が高い。あたしも好き。

「絵画コンクールが近いので、追い込みで作品を仕上げてるんです。先生こそ、何をしてるんですか?」

「この教室のスピーカー、調子が悪いらしくて。チェックしてるんだ」

 みっちゃん先生が言った途端、ザーザーという雑音が聞こえる。

 こ、この音って、美術室でも聞いた……

「あー、やっぱり、全然ダメだわ」

 先生は手に持っていたケータイで電話した。

「もしもし。中村先生? ダメです。修理が必要ですね」

『……り……か……す』

 スピーカーから流れる声と同時に、みっちゃん先生のケータイから「了解ですー」という軽い調子の声が聞こえる。科学の星野先生っぽい。

 静山がみっちゃん先生に尋ねた。

「このテスト放送、美術室にも流しましたか?」

「あれれ。流れちゃってた? ごめんねー。わたしじゃなくて、星野先生が悪いと思うけども」

「雑音がひどくて、人の声は全然聞こえませんでした」

 みっちゃん先生は舌打ちした。「このスピーカーと同じ状態だ。美術室も要修理だな」 

 あたしと静山はお互いに顔を見合わせた。


 美術室に戻ってすぐ、今日はおしまいにしよう、ということになり、静山はキャンバスを片付けた。

「幽霊じゃなかったね……」

 帰り道を歩きながら、あたしは脱力していた。すごく怖かっただけに拍子抜けもいいところ。

「絶対に心霊現象だと思ったのに。明日香や律子が聞いたっていう物音も、何かを勘違いしただけかも」

「決め付けるには早いだろ。結局、その音は聞けなかったんだしな」

 え、意外な発言。

 静山は、考えながら話しているんだろう、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。

「そもそも、俺や岡野には――遭遇できない相手なのかもしれない。いわゆる、霊感ってやつが足りないのか。向こうが俺達を敬遠するのか。分からないけどな」

「霊感が足りないんじゃない? 幽霊関係じゃなくても、特定の人にしか、見えないもの気づけないものって、絶対あると思う」

 例えば、あたしだけが注目している、静山のカッコよさとか。

「そこにあるんだよって教えても、なかなか分かってもらえないの」

 まぁ、皆に気づかれたら、競争率が上がって困るけど。

「周波数」

「え?」

「霊感って、どうも胡散臭い気がするんだよな。周波数が合わない、っていうほうが納得できる」

 あたしには、イマイチ、理解できないぞ。

 しばらく無言の時間が続いた。でも、不思議と、居心地が悪くなかった。

「岡野ってさ、何も描いてないよな」

 静山がふいに口を開いた。

 おかしい。こういう時の沈黙を破るのは、あたしの役目じゃなかったっけ。

「えーっとね、まだテーマを考えてるんだー」

「ずっと? 入部してから、半年は経ってるだろ」

 うっ。そんなに経ってること、知ってたんだ……でも、急に気にしなくてもいいじゃん。

 言い訳を考えていると、静山がしみじみと言った。

「岡野は、ホント、変わってるよな」

 傷つくところだろうけど、ちっとも気にならなかった。

 静山の声は優しかったし、街灯に照らし出された横顔が微笑んでいたから。


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― 新着の感想 ―
[一言] 岡野さんの気持ち、行動がよく伝わってきて、応援しちゃいました。 通り過ぎた教室の入口の件は、読んでいて、背筋が震えました。 結局幽霊とかって偶然やたまたまが重なって普段と違うことが起きるとそ…
[良い点] 余韻というか、予感の残り方にドキドキします^^ [一言] つづきがあったら読んでみたいです
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