1330. 魔王城のルーズな一面
リリスを説得し、ルシファーが責任をもって荷物を運ぶことで決着した。魔族の中でも一割ほどしか使える者がいない転移魔法を、荷運びに使うのは魔王くらいだろう。もっと簡単な収納を利用するのが一般的だった。だからこそ、各種族の領地と魔王城を繋ぐ転移魔法陣は価値が高いのだ。
非常識な方法で解決を図ったルシファーは、歩いて移動しながらベールに事情を聞く。距離が近いこともあるが、この話を聞く時間を稼ぐのが目的だった。
「中庭で料理の何が問題なんだ?」
「リリス様の爆発癖をお忘れですか。まったく要素のない魔法や料理でも爆発します。プリンを作って鳳凰の雛を孵したのは、有史以来彼女だけです」
根拠が思ったよりしっかりしていて、反論のしようがない魔王は沈黙する。確かにリリスが料理をすると、爆発する確率が高い。割れた壺の修復用に作った復元魔法陣がこれほど普及したのは、リリスが爆発させたオーブンなどを修理するためだった。
「それだけではありません。リリス様が料理を始めれば、当然、城内や城下町の者が集まってきます。中庭は狭くて危険でした」
「なるほど」
リリスや大公女は民の人気も高い。彼女らが自ら手料理を振舞うとしたら、それが見知らぬ料理でも並ぶだろう。城門をまたいでの行列はトラブルの元になるし、屋台も出店したがるはずだ。混乱が予想される。
「ベールが転移させればよかったじゃないか」
何もオレが戻るまで待っていることはない。そう告げると、大きく溜め息を吐かれた。何か間違ったか? 首を傾げて純白の髪を揺らす魔王の腕で、レラジェはうとうとと船を漕いでいる。髪を握った指を口に入れてしゃぶりながら、目は閉じてしまった。
「レラジェを寝かせる場所はあるか?」
「それでしたら客間に……もっと早く仰ってください」
逆方向だと気づいて眉を寄せるベールだが、通りがかったコボルトに頼むことにした。侍従であるベリアルが助けを呼び、数人がかりで担いで運ぶ。魔法で支えておいたので、落とすこともない。幼子を見送って、城門をくぐった。
「……早いな」
中央付近に下ろしたリリス達を囲むように、すでに屋台が数件出ていた。情報を流す専門業者が魔王城内にいるのでは? と疑うほど仕事が早い。
「どこから情報が洩れているのでしょうか」
同様の感想を持ったベールと不思議がるが、犯人は目前ではなく頭上にいた。短い羽でくるくる飛び回る青い鳥、ピヨ……彼女が犯人である。とにかく口が軽く、フットワークはもっと軽い。ひとっ飛びで魔王城から城下町に向かい、いつも余り物を分けてくれる屋台の主人に情報を漏洩していた。
当然、まだ気づかない魔王城の重鎮達は犯人を捜す予定を立てる。その頭上で、ピヨはご機嫌だった。
「アンナ達にレラジェを寝かせた部屋を知らせておくか」
さらさらと手紙を書いて飛ばす。風に乗せた手紙は舞い上がり、その上で旋回中の鸞が見つけて火を吐く……。
「ピヨ、それは手紙だ」
注意は遅く、勢いよく燃え上がった。舌打ちして復元した手紙を、今度は転送した。魔力が薄い日本人を探すのは面倒だが、燃やされるよりマシだ。ちなみに日本人を魔力だけで特定するのは、魔王や大公くらいしか出来ない技だった。
「ルシファー、手伝って!」
「わかった」
足早に向かったルシファーに、リリスは平然と用事を言いつけた。
「タコを捕まえてきて頂戴!」
「持ってるぞ」
「たくさんいるの。捕まえてきて」
「びっくりするくらいの量を持ってる」
「「……」」
互いに顔を見つめたまま動きを止める。鉄板を炙るかまどを作るルーサルカが振り返り、上に鉄板を置いたレライエも凝視した。
「ひどいわ! ルシファーったら、一人で海へ行ったのね!!」
リリスの結論は斜め上だった。ルシファーは慌てて言い訳を始める。仕事で出向いた先でヤンが襲われた話を出すと、駆け付けたヤンに妨害される。遠吠えして話を掻き消そうと試みるフェンリルは、リリスに「静かにして」と叱られて尻尾を垂らした。
哀れ、フェンリルの威光は地に落ちる。といっても、すぐに復権するのだが……。




