1299. 真面目に仕事をしてたのに
順調に準備が進み、周囲が固められていく。大公女達はそれぞれに伴侶となる相手との時間を持つため、休日が増えていた。仕事に関しては大公が分担することとなり、ベルゼビュートがいない分をルシファーが補う。必然的にリリスが仕事場で鼻歌を歌う事態となった。
「リリス、ずれてるぞ」
「そう? でも可愛いでしょう」
そう問われるとこれ以上何も言えずに、微笑んで頷く。甘い魔王の署名が終わった書類を、リリスが摘まんで押印した。魔王の印章は権威の象徴……のはずだが、すっかりリリスの玩具だった。もちろん、本人は大まじめに仕事を手伝っている。
「ルシファー、逆向きだったわ」
大きな印章だが、実は上下の印がない。ルシファーは特に問題にせず、書類に魔力を流した。自分の署名ごと印章の朱肉を消し去り、もう一度署名してリリスに差し出す。
「ほら、やり直しだぞ」
「ありがとう!」
以前にも上下を間違えて100枚以上書き直した経験を思いだせば、この程度何でもない。リリスは印章の向きをよく確認してから、押した。朱肉が少し薄いか。消耗品を追加した後、再び書類を処理する。リリスは途中でアデーレと退室し、戻ってきた時には焼き菓子を持っていた。
魔王城内にいれば感知できるので、ルシファーもリリスの自由行動を認めた。以前のように、常に隣に置いて腕を組んだり抱き上げ続けることはない。ダンスのレッスンに付きあい、書類を真面目に片付ける。ここ数日のルシファーは、魔王らしく大人しく城に収まっていた。
ベルゼビュート不在の余波を受けて、他の大公は忙しく飛び回る。留守番役が魔王になるのは、当然の事態だった。各地を繋ぐ魔法陣の設置が完了した報告書を読み、地図を広げてリリスとピンを差していく。予定地すべてにピンが立ったが、数か所の見落としを見つけてメモした。
「こことここは必要だな」
「そうね。あと、こっちも欲しいわ」
「確かに、ここも空白地帯だ」
ある程度平均に魔法陣が行き渡るように、地図上で確認を終えるとルキフェルへ回す。足りない地域への設置申請書も合わせて作成し、文官を呼んで配達させる。署名や押印を終えた書類に魔力を流すとインクや朱肉が消えるため、書類回収の役目は意外と重要だった。
「失礼します」
アベルが入室し、行先別に仕分けられた書類を確認して受け取る。彼は日本人で、元勇者なのである程度の魔力はあるが、自由に魔法を使うほど慣れていない。その意味で、魔力が少ない侍従のコボルト達同様、書類運び役に適していた。
「ルキフェルへ回す分は急ぎだ」
先ほどの地図と申請書を渡すと、頷いて魔力遮断用のファイルに挟んでいく。研究所などに届けた後で、思わぬ事故で書類の署名が消えた事件があった。そのため開発された特殊なファイルだ。一礼して出ていくアベルを見送り、リリスが首を傾げた。
「今日、ルカは休みなの」
話を聞きながらお茶を淹れたルシファーが、リリスを手招く。応接用ソファに腰掛けたリリスの隣に座り、彼女の好きな甘い香りのハーブティを注いだ。リリスの焼いた菓子を互いに食べさせ合いながら、ルシファーは先ほどのリリスの言葉に返事をする。
「ルーサルカが休みだと何かあるのか?」
「だって、アベルが仕事をしてるわ」
言われて、なるほどと気づいた。ルーサルカの婚約者はアベルで、今の時期に彼が仕事をしているのに休暇を取ったルーサルカに疑問を持ったのだろう。別に休暇自体は問題ないが、他の3人は休日を合わせているようなので、不思議に思う。
「アデーレに聞いてみるか?」
「詮索してるみたいに感じないかしら」
「難しいな」
話す間もせっせとリリスへ苺や焼き菓子を運び、自らもリリスに食べさせてもらう魔王は考え込んだ。少しして面倒になり、リリスと顔を見合わせる。
「聞いてしまおう」
「聞いちゃえばいいわ」
ズレた声が同じ意味の言葉を吐き出し、二人は笑いながらアデーレを呼び出した。




