俺と遅刻と悪友と
中学生ってこんなんだったっけ・・・?
ジリリリリリリ・・・
「んん・・・何時・・・?ってもう7時かよ!?やっべ遅刻する!」
時計を見た俺は反射的に飛び起きた。左手に取った目覚まし時計を見ると針は7時33分を差している。ちなみに本来起きるべき時間は6時20分。そう、俗にいう寝坊というやつである。
7時ならまだいいじゃないか、なんて言い出す人もいるかもしれないけど、俺の家から中学までは歩けば41分、走っても最低30分はかかる。身支度やら朝飯を食べることを考えるとこの時間は相当ヤバい。朝飯抜きとかも有り得るレベルだ。それだけはマジ勘弁。
ってそんなの考えてる場合でもない!
それでも俺の体はいつもの学ランを着て靴下まで履いていた。流石俺。しかも時計を見ると嬉しいことに朝飯抜きにはならなそうだとわかった。良かったッ!
テーブルに着くとご飯と味噌汁と納豆が置かれていたからさっさとそれを流し込み、顔を洗って歯磨きをすると俺は家を飛び出して走った。今日はいつもより多く寝たからか走ってても疲れをあまり感じない。いつもより車も多く抜かしてるし。しばらく走っていると見慣れた学ランの姿がちらほらと目の前に増えてきた。どうやら遅刻の危機は免れたらしい。良かった。ここまで来ればもう安心。
ほっとしていると、その集団の中にいつもの悪友の背中が見えてきた。中二のくせに176cmと体格のいい悪友、林田亮介は代わり映えのない学ラン集団の中にいても目立つからわかりやすい。俺は減速しつつ近づき、
「おはよう亮介」
「おふへえら゛っ!?」
トンっと肩を叩いたら亮介は変な声を出して前のめりになった。
「おふへえら゛ってかなり斬新な朝のあいさつだね、何語?」
「わざと!?わざとなのかお前!?」
「わざとって何のことだよ?俺は普通におはようって肩叩いただけだぜ?」
俺は亮介の肩に置いていた腕を、そのまま顔まで上げる。横目で確認するとしっかりと手のひらが見えた。うん、やっぱりポンって肩叩いただけだ。なのにさっきから亮介ににらまれてるんだけど俺。なんで?
首元さすりながら親の仇みたく見ないでくれないかなぁ。あ、歯ぎしりしてる歯ぎしりしてる。
「そろそろ歩こうぜ。いくらなんでもこのままじゃ遅刻するし」
どうどうと亮介を取りなしながら俺は学校に向かって歩き出す。そう、確かに走ってきたときよりも事態はマシにはなっているけど、所詮マシになった程度でしかない。だからずっと立ち止まってたら流石に遅刻は免れない。亮介も亮介で遅刻は嫌なようだからか、大人しくついてくる。
少し歩いたところであっと亮介がはじかれたように声をあげた。
「なぁ響」
「どうした亮介、早くしないと遅刻するぞ」
「わかってるっての。そうじゃなくて、俺、今日まだちゃんとあいさつできてねぇなって思ったんだよ」
「あいさつ?さっきやってなかった?」
眉間にしわを寄せて俺は首を傾けた。あいさつならとっくにしてくれたはず。
完全に外国語っぽかったからあまりされた気はしなかったけど。
「うん、お前ならそう言うと思ってた」
「何故可哀想なものを見る目で俺を見る」
「それが認識できるならちゃんと鏡を見た方がいいぞ」
「どういう意味さッ!?」
そのまんまの意味だよと返しながら亮介はふふんと笑う。絶対馬鹿にされた!キッと睨むと、睨んだ先の亮介の顔には思いっきり『バーカ』と書いてあった。やっぱりか。目は口程に物を言う。
そもそも鏡なら毎朝見てるけどおかしなところはない。強いて言うならちょっと寝癖が取れてなかった。寝過ぎたからかな?
「まぁとにかくだ、このままもやもやするのは嫌だからな。もう一度やり直すから付き合え」
「頼むのに上からとかまじありえなーい」
「うわキモッ」
顔の前で手を組んだら思いっきりのけぞられた。でもまぁ、その、なんだろう。やっておいてなんだけど、俺も亮介と同意見だから何も言うまい。
「別にあいさつくらい良いよ。減るもんでもないだろうし」
「そうか、それならお言葉に甘えて」
ふっと愉快そうに笑うと亮介は俺に向き直り、
「グッドモーニングそして永遠に眠れ響ィィッ!!」
俺の顔面に鉄拳を突き出してきた。
「それで?気がついたら遅刻していたと」
「「はい」」
目の前にいる声の主に素直に頷く俺と亮介。
「ついでに全身負傷していると」
「いや俺は亮介が珍しいあいさつしてきたからあいさつし返しただけですよ。チンパンジー以下の脳みそしか持たない相手でもあいさつをあいさつで返すのは普通でしょう、先生」
「俺だって最初響が目新しいあいさつをしてきたのにまともに返してやれなかったから、あいさつし返しただけです。現実を見ることも出来ない可哀想な相手でもあいさつをまともに返さない、なんて礼儀に反することをしてはいけませんよね、先生」
「んだともういっぺん言ってみろやぁあ亮介ェェエ!!」
「上等だ今度こそ病院のベットに永久就職させてやるよ響ィィイ!!」
「うるさい黙れお前ら!ここは学校だろうが!」
声の主、生徒指導の藤垣渡に一喝された俺と亮介はびくっと肩を震わせて口を閉じた。それでも尚お互いの目ではまだ合戦は終わらない。
今俺たち二人がいるのは生徒指導室。その前には保健室にいたんだけどな。
先生曰くボロボロの俺たちが登校してきてびっくりしたらしい。もっとも先に登校して来ていた生徒たちに、俺と亮介の二人が取っ組み合っていることは聞いていたらしく驚きよりも呆れの方が強かったとか何とか。先生の腕力で登校してきた俺たち二人は有無を言わせず保健室に引っ張っていかれ、落ち着いてきたところで生徒指導室にしょっぴかれたのが事の顛末だ。
睨み合う俺たちに先生はガシガシと頭を掻いてため息をついた。
「お前らの仲の良さはわかるが、せめて学校外では自重しろ。しわ寄せ来るのは学校と親御さんなんだぞ?」
「「どこが仲がいいように見えるんですか!?」」
「そういうところだな」
ぐっ、確かに声が重なる確率は他の友達よりも多いけど。
ちらりと亮介を見る。表現できないレベルで苦々しい顔をしている。目線を戻す。
「「仲良くないです」」
「絶対仲良いだろお前ら」
納得がいかない。
「まぁとりあえず、これで懲りたら次からやるなよ。あと原稿用紙は今日の放課後までな」
ガタンと椅子を後ずらせて先生は立ち上がって伸びをした。何故か少しだけ安心した顔をしている気がするのは俺の気のせいだろうか。しかし。
「朝から災難だったなぁ」
「全くだ」
俺の声にうんうんと頷く亮介。その手には原稿用紙が何枚も握られている。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、と。あぁ、こんなに埋めなきゃならんのか・・・」
絶望したような声が漂ってくるけどそれは俺も同じなわけで。反省文ならこんなに原稿用紙いらないと思うんだけど。全部埋まるわけないし。
「居残り確定、だよなこれ」
ハハハと乾いた声が口から洩れる。笑っているはずなのに笑い声にならない。ワロエナイとはこのことか。
二人してがっくりと肩を落としていると、先生が空気を一新するかのように軽やかな手拍子した。
「今ならまだ1時間目の授業が受けられるし、もう教室に戻れ二人とも」
「でも授業って気分にならないですよ」
「疲れたし怪我してるし」
俺と亮介の力ない答えに先生は生徒指導室の扉を開けつつ、ため息をついた。
「だからって何もすることないぞ、まぁ原稿用紙の枚数を増やすことくらいなら出来るが」
「俺今日の授業楽しみだったんですよね!戻りまっす!」
「俺も宿題提出しねぇとな!すぐに教室に行きます!」
同時に立ち上がって俺たちは生徒指導室から飛び出した。原稿用紙増やされるとか冗談じゃない。疲労?怪我?何それ美味しいの?
「っておいちょっと待て杉本」
廊下に出て今にも走り出そうとしたときに、先生に呼び止められた。亮介の姿はもう米粒クラスになって廊下の先にいる。ちなみに杉本とは勿論俺のことである。杉本響、それが俺の名前。
「何ですかフガッキー先生、俺急いでるんですが何ですか」
「フガッキー先生ってなんだよ、っていうかそういう態度なら原稿用紙増やすぞ」
「どんな御用でしょうか藤垣渡先生」
「いっそ清々しいなその態度」
気を付けをして後ろの先生に向き直る俺を先生はじとりと見た。
「まぁいい。それよりもお前さっきからずっと鳴ってるけどいいのか」
「鳴ってる?何がですか」
訳が分からずカバンを探ってスマホを取り出したけど、特に通知はない。常時マナーモードだから鳴るはずもないんだけどな。何だろう。
そんな俺を見て先生は天井を仰いで、はぁあと気の抜けた声を出した。
「そっちじゃない」
「へ?」
「こっち」
そう言って先生は俺の左手を指さした。そのまま視線を左手に移すと。
8時32分を差した俺の目覚まし時計があった。
チュンチュンと窓の外から鳥の声がする。
目の前には白い壁と左手に収まる目覚まし時計。左右には俺の学習机に本棚、クローゼット、そして学ランがベットサイドにかかっている。呆然とする中、8時32分を差し、この前新品の電池を交換したばかりの電波時計が俺の左手で忙しそうに秒針を動かしていた。
その後学校には行ったそうです。反省文は放課後に書いた。
ちなみに亮介は遅刻していませんでした。
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