天啓
千勢は、毎日来る未菜に、なぎなたを教えてみた。
生徒たちが来る前の時間を利用して。
何事においても基本は、大事で簡単な動作こそ、きちんとした反復練習が必要となっていくのだが。
未菜は一度教えた事を、完璧にこなした。
「未菜ちゃん、何か習い事してる?」
千勢が優しく問いかけると、首を振った。
千勢の道場に通ってくる生徒は、皆、女性だった。
なぎなたを習う者は、今も昔も殆どが女性なのは変わらない。
孫の千鶴は、毎日、顔を出している。
きっと母親から、そう言われているのだろうと千勢は思った。
毎日、顔を出すものの、素振りをしていく日もあれば、顔を覗かせて直ぐ帰る日もあるのだが。
未菜は、そのまま道場に残っていた。
毎日、毎日となぎなたの基本動作を教えていて、スポンジのように吸収していく未菜に、千勢の心の中で燻っていた何かが疼き始めていた。
千勢の子供は一男一女で、二人とも武道に興味が無い。
娘もいやいや、なぎなたをやっていた為、中学になるころには、完全にやらなくなってしまった。
息子に関しては、剣道に触れる事すらなかった。
なぎなたと剣道の武道家夫妻にとっては、不幸な事ではあったが、孫は違った。
姉の娘は、早くから剣道にのめり込み、その才能を開花させていった。
弟の娘、つまり千鶴が生まれた時は、千勢は大いに期待した。この子には、是非、なぎなたをと。
千鶴の母は、千勢のなぎなたの生徒でもあり、期待するに十分な条件が整っていた。
が、
千鶴が選んだのは、剣道だった。
井伊家に伝わってきた技も自分の代で終わりかと内心、嘆き悲しんだものだ。
今では、孫の成長を日々の楽しみとして、井伊家の伝統は完全に諦めていた。
そう、この日までは。
「未菜ちゃん、薙刀の基本動作を覚えてみる?」
「今、やってるの?」
最近は、慣れてきたのもあって、未菜は普通に受け答えするようになってきた。
礼儀作法を教えている時も未菜は道場に居るので、立ち振る舞いも少しずつ変わっていった。
「未菜ちゃんが今やっているのは、平仮名の方ね。」
「ひらがな?」
まだ幼気な少女に武術を教えるのは、どうなんだと自分でも少し思う所はあったが、さわりだけと自分に言い聞かせ。
「と、とりあえず、足だけ見ててね。」
武術は歩法という言葉があるように、基本は足の動きだった。
基本の歩法を未菜の前で実演し、未菜にやってみるように指示した。
未菜は薙刀を持たずに、歩法を完璧にやり遂げた。
その瞬間、千勢の中で燻っていた何かが完全に燃え盛り千勢に天啓が閃いた。
「未菜ちゃん、今度から歩法だけやってみようか?」
歩法は、武術の基本であり、要でもあるのだが、足の動きだけというのは、子供にとって面白いものではない。
「はい。」
それでも嫌な顔、ひとつもせず、未菜は歩法を学んでいった。
未菜にとっては、武道のなぎなたであろうと、武術の薙刀だろうと、どっちでも関係なかった。
千勢の道場にいれば、優しいお姉さん達に会えるというのが最高の喜びだった。
それに祖母が居ない未菜にとって、千勢は理想の祖母そのものだった。
いつものように道場で素振りをしていた、千鶴は、未菜が繰り返し歩法の練習をしているのに気が付いた。
「ほっほう・・・。」
そう言ってジロッと祖母の方を見た。
すっと顔を逸らす千勢。
「未菜ちゃん、辛くないですか?」
「ううん、大丈夫。」
そう言って、未菜はニッコリと微笑んだ。
「未菜ちゃんがいいなら、私は何も言いませんが。」
そう言って、もう一度、祖母の方を向いたが。
千勢は再び目を反らした。