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ああ青春の高校野球

大阪ロングライフ学園、通称OLL学園。

甲子園出場の常連校で、高校野球ファンなら知らない人が居ない学校である。


今から丁度100年前、高校野球界を揺るがす大事件が勃発する。

当時、長年の問題点だった投手の肩の消耗に対して、監督や学校等に重い処分が科せられるようになっていた。

未成年者の登板過多による故障について、重度のものは、監督に傷害罪まで科せられる事になっていた。


OLL学園の名将、村中監督は、甲子園出場の年に一人の投手を潰した。

もちろん本人の登板希望もあってのことだが、村中監督は傷害罪に問われることになった。

初犯という事もあり、執行猶予3年が確定した。

それでも、村中監督は、己の信念を曲げることなく、闘志あふれるエースには、本人が望めば遠慮なく登板させていたのだが。

執行猶予中に二人目の犠牲者を出してしまった。


この事件は、世間からの強烈なパッシングを受ける事になり、大事件としてマスコミに報じられた。

高野連は、事態を重く見てOLL学園の高校野球参加資格の永久停止処分を決断した。

文部科学省は、高校野球における専任監督、つまり職業監督の禁止を決定した。


100年経った今も、職業監督が復活する事はなかった。

現在の高校野球は、ベンチ入りメンバー25人まで増え、投球数が100球を超えた投手に対しては、医師の診断書の提出が求められるようになっている。



K大付属高校は、甲子園の常連校と言う訳ではないが、それなりに強豪で名をはせていた。

スポーツ推薦で入学してきた新入生は、春休みから練習に参加しており、新学期の今日、普通の高校では、一般入部の生徒が入部してきたりするのだが、K大付属にはそれはない。K大付属のクラスは、特進クラスとスポーツクラスの2つしかなく、一般のクラスが存在していないからだ。

今日も、春休みと変わらず、野球部は練習していたのだが、そこへトレーニングウェアに身を包んだ2人の新参者が訪れた。

「おい、祐樹!」

新参者二人を見つけた2年捕手山田が、二人の元へ飛んできた。

「山田先輩ちーっす。」

「ちーっすじゃねえっ!言ったよな俺。練習は春休みから出てこいって?」

「いやいや、先輩そう言っても俺、日本に居ませんでしたし。」

「はあ?」

「コイツの別荘に行ってて、向こうのトレーニングキャンプに参加してました。」

大和祐樹は、そう言って、隣に居た柏村中也を親指で指さした。

山田は、祐樹の隣に居た柏村中也を見上げた。

高校一年というのに体は出来上がっていて、180を超える身長に、ゴリラ顔、いかにも野球選手という感じで威圧感があった。

「お、お前、山吹シニアの柏村か?」

「はい、祐樹と一緒に入部しますので、宜しくお願いします。」

相手は先輩という事で、中也は丁寧に挨拶をした。

球拾いや、トスアップをしていた1年が騒ぎ出す。

「柏村だってよ。」

「山吹シニアの4番だろ?」

「何で、ここに居んの?」

「というか、あの二人、入学式に居たが?」

「そもそも俺たちのクラスじゃねえだろ。」

「あの顔で、進学組か?」

「あんなデカいの進学組に居たら、入学式の時にわかるだろ?」


「山田、そいつがお前の後輩か?」

3年のキャプテン谷口が3人の元へやってきた。

「はい、コイツが東部ボーイズの後輩の大和祐樹で、こっちが・・・。」

「山吹シニアの4番だろ、知ってるよ。」

柏村中也は、山吹シニアで1年の時からレギュラーだったので、3年のキャプテンも知っていた。

「柏村、お前もエスカレータ組か?」

「はい。」

「そうか・・・。」

風貌的には、とても金持ちには見えないが、れっきとしたボンボンだった。


「エスカレーター?」

再び1年達が騒ぎ出す。

「あいつら、エスカレーター組なのか?」

「マジか・・・。」

K大付属の一般校舎には、特進クラスとスポーツクラスの二つしかない。

が、一般生徒立ち入り禁止の、通称聖域と呼ばれる敷地には、幼稚舎から高校まで一貫の建物が存在する。傍から見ると隣の学校という感じで、別の学校に見えるが、登録上は同じ学校だ。

エスカレーター組は、幼稚舎から学校に居るため入舎式があった後は、高校を卒業する時の卒業式しかない。

その為、高校の入学式で、特進科やスポーツ科と出会う事がない。

エスカレーター組は、部活というものが本来はないので、スポーツ科や特進科とは、顔を合わせる事も無い。

一部の金持ちが特進クラスに入る事があり、顔を合わすことはあったりもするが、ほんの一部である。

「山田、大和は何年からエースだった?」

「1年の終わりの頃ですかね。」

「わかった。大和は投手組に混ざって練習してくれ、柏村は俺についてこい。」

「「はいっ。」」


「えっ、あいつらいきなり?」

「なんじゃそりゃ。」

「でもまあ、山吹シニアの4番なら・・・。」

山吹シニアは、全国大会を何度も制覇しており、シニアやボーイズ出身者で、その名前を知らない者は居なかった。


投手組のメニューはランニングが主体で、祐樹もランニングに混ざっていた。

他に1年で混ざっている者は居ない。

「俺が1番を背負ってる2年の長野だ。」

隣を走っていた2年生が祐樹に話しかけてきた。

「えっ?」

「えって何だ、お前、俺を舐めてんのか?」

「3年の田中先輩は?」

祐樹は先頭を走っている3年生の名前を出した。

「田中先輩は24番だよ。」

1年の祐樹でさえ、知っている投手で、そんな番号を背負ってるという事は、怪我か何かだろうかと心配になった。

「祐樹、俺の事は知ってるよな?」

祐樹の前を走ってた2年の先輩が話しかけてきた。

「もちろんですよ、里中先輩。」

祐樹が中学2年の時に対戦したことがあり、祐樹のチームは完封負けを食らった。

「俺は、背番号11だから、宜しくな。」

隣を走ってる長野って先輩はそんなに凄いのかと、マジマジと見る祐樹。

「夏は、多分、お前が1番を背負うんじゃないか?」

2年の里中は、そんな事を言った。

「おい、里中ふざけんなよ。2年になってやっともらった背番号なのに・・・。」

「1番て、エースナンバーですよね?」

「んにゃ、うちのエースは田中先輩に決まってんだろ。」

「えっ?だって24番て?」

「田中先輩は24番に拘りがあるんだよ。ちなみに俺にとってのエースナンバーは11番だと思ってる。」

「じゃあ、長野先輩は3番手投手ですか?」

失礼かとは思ったが、聞いてみた。

「長野が3番手?他の先輩方に怒られるぞ?」

里中が笑いながら言った。

一般的に、ベンチ入りメンバーが25人になって以降、投手は6人登録されるようになった。

連投禁止と80球以上投げた投手は中4日はあけなければならず、必然と投手は多く登録される。


シートバッティングは、通常1年は、参加できないが、柏村中也は打席に入っていた。

ホームラン性の当たりを右に左へと打ち分け、見ていた者全員の度肝を抜かせた。

「別格だな、こいつ。」

「こいつ世界大会出てないよな?」

昨年ジュニアの世界大会で日本は準優勝しているが、その中に柏村の名前は無かった。

「おい、1年。」

3年生の一人が近くにいた1年を呼んだ。

「あいつ、ジュニアの日本代表に選ばれなかったのか?」

「いえ、自分らの世代のナンバー1打者なんで、もちろん選ばれていますよ。」

「怪我でもしてたのか?」

「いえ、断ったみたいで・・・。」

「は?」

「自分は、噂でしか知らないんですが・・・。」

「言ってみろ。」

「面倒くさいからって理由だったかと。」

「どんな大物だよ・・・。」

「おい、柏村。」

シートバッティングが終わると中也は3年に呼ばれた。

「はいっ。」

「お前ジュニアの代表、面倒くさいからって断ったって本当か。」

「はいっ。」

即、はきはきと変わらず返事をする柏村中也。

「そ、そか・・・。」

あまりの即答の速さに、3年はそれ以上何も言えなくなった。


練習が終わった後のグランド整備や後片付けは、もちろん1年生の仕事。

祐樹も中也も、後片付けに率先して参加していた。

「お前、東都ボーイズか?」

他の1年に、祐樹が聞かれた。

「そうだが?」

「ええなあ、山田先輩の後輩で贔屓されて。」

「何だ、羨ましいのか?」

ガンとガンを飛ばしあう二人。

「やめや。」

一触即発の事態を収めたのは中也ではなかった。

「これからチームメイトになるんや。仲ようせいや。」

「ふんっ。」

文句を言ってきた1年は、祐樹の元を離れていった。

「すまんな、勘弁してやって。あいつも悪い奴とちゃうねん。」

「気にしてないから大丈夫だ。」

「俺は明石や。」

「関西の神部シニアのだろ。」

「おっ!嬉しいなあ。知ってくれてんのかいな。」

「横浜出身だろう。変な関西弁やめろよ。」

「いやいや、そりゃあ横浜出身やけども。そんな事まで知ってんの?」

「シニアの全国大会を見に行ってたからな。」

「あちゃあ・・・、それって柏村の応援かいな。」

「ああ。」

決勝戦で、明石は、中也に特大ホームランを打たれて負けた準優勝投手だった。

「てか、悪いな。俺だけ投手練に参加して。」

「全然、かまへんよ。左でえげつないスクリュー持ってたら、そりゃあしゃあないわ。」

「俺の事。知ってるんだな。」

「柳川ボーイズって、知ってるやろ?」

「関西のだろ?」

「あそこに友達おんねん。それでな。」

「そうか。」

「これからはチームメイトやし、俺らの代で甲子園狙おうや。」

「甲子園狙うのに、何でK大付属に来た?」

「寮もあって、トレーニング施設も充実。プロになる者も結構でとるし、K大に進学した後にプロも、仰山居るやろ。」

「それは無理に甲子園狙ってないからだろ。」

「そうやねん。実を言うとな、俺も甲子園考えてなかったんやけど、俺と柏村、それに大和が居って、狙わん手はないやろ?」

「確かにな。世代ナンバー1投手と打者が居れば、狙わない手はないか。」 

「いやいや、言うとくけど俺、ナンバー1ちゃうから。」

「他に誰か居たか?」

「何いうてんねん。俺ら全国大会決勝完封負けやで。」

「あいつ、俺らより1個下だぞ・・・。」

「え・・・、えげつなあ・・・・。」

「という事で、ナンバー1、宜しくな。」

「それやめて、既に大和に何歩も先いかれとるし。」

二人は、固い握手を交わした。


「お前ら二人知らんと思うから言うとくけど。」

後片付けが終わった後、祐樹と中也は他の1年から説明を受けた。

「1年のうちは、部室使えんから、着替え等は、ネット裏やら部室裏で隠れてな。」

「ああ、俺らは、校舎に更衣室あるから。」

「え?女子更衣室だろ、それ?」

「いや、普通に各クラスに男子更衣室もあるぞ。」

「なんじゃそりゃっ!」

「お前ら体育の時、何処で着替えるんだ?」

「教室に決まってるだろ。女子は女子更衣室だがな。」

「大変だな。」

「いやいやいや、小学校とか中学校は?」

「俺らずっとここだしな。」

祐樹と中也以外の1年生は、今、明確な格差社会を知った。隣に金持ちの校舎がある事は、もちろん知っていた。しかし、そこは未知の世界。彼らが内情を知る事は無いと思っていたのだが・・・。

「なあ、あれって本当か?」

他の1年が聞いてきた。

「食堂が超高級でメニュー選び放題って?」

「超高級かは、知らんけど選び放題ではあるな。」

中也が答えた。

「肉とかあるの?」

「子牛とか、あるなあ。」

「こ、子牛???」

「そこは、ぎゅうって言うとけやっ!」

明石が突っ込んだ。

「メニューに書いてあるんだから、知らねえよ。」

「一般人が決して入る事が許されない聖域。一体どうなってるんだ・・・」

これ以上、色々聞いても自分たちが惨めになるだけのような気がして、1年一同は、それ以上質問しなかった。


祐樹と中也が入部して一週間後、練習試合が行われた。

「えげつないスクリュー投げやがって。」

「おい、1年、しっかり打たんか!」

「こないだまで、中坊やぞ。」

バッターボックスに立つ、大学1年生に向かって、引率で来ている大学3年生が激を飛ばす。

今日は、K大対K大付属の練習試合。

K大が1、2年で、チームを作り、K大付属の相手をしてくれる毎年恒例のものだった。

現在9回の裏で2-0。

「負けて帰ったら、お前ら全員、ランニング10キロだからな。」

引率の3年の言葉で、大学1年生のバッターは、委縮してしまい、祐樹に三振を食らわされた。

「ゲームセット!」

大学生チームが、まさかの負けを喫した。

祐樹が投げたのは、8、9回。

5回までを2年の里中が完封し、結果、大学生チームに1点もやる事が無かった。

K大付属の得点は、中也のタイムリー2ベースで、2打点。7番で出場していた中也だが、相手が気を抜いたのか甘いボールが入り、簡単に点を許してしまったのだ。

「おい、柏村。お前は、いずれうち(K大)に来るんだろ?」

試合に出ていなかった引率の3年が中也に聞いた。

「まあプロ志望出して、プロになれなければですが。」

「なるほど、お前はプロ志望か。まあ、お前ならプロ行けるかもな。大和は?」

「同じです。」

「そうか。まあどうせ、お前らが入学しても、その時に俺は居らんけどな。」

そう言って引率の3年は笑った。

今回の練習試合で、投げる事もなかった、背番号1、2年の長野は焦っていた。

「やばい、あいつええ球なげよる。このままじゃあ俺ベンチ入りもやばいやんけ。」

2年長野、背番号1なれど、実際は6番手の投手だった。


1年でグランド整備と後片付け中に、1年の石橋は、いつものように祐樹に絡んできた。

「あんま、ええ気になるんじゃねえぞ。お前は贔屓で投げれただけ。俺ら世代ナンバー1投手は、明石だからな。勘違いすんなよ。」

「やめんか、ぼけっ!」

明石は石橋の頭をぶったたいた。

「いってええ、何すんだ。お前の為に言ってやってんだぞ?」

「余計、恥ずかしいわっ!今日の大和の投球見てないんか?」

「いや、そりゃあ見たけどよお。」

「相手は、大学生やで?堂々たるピッチングやんけ。」

「そんなの偶々かもしれねえじゃねえか。」

「偶々で無得点に押さえれんわっ。ほんま。俺らこれから3年間チームメイトやろ。仲良うせいや。」

「俺は認めねえからな。」

「自分、投手ちゃうくて、野手やろ?絡むなら柏村に絡めや。」

「それは、その・・・、あいつは別格というか・・・。」

「なんやねん、自分。」

明石の強いツッコミに石橋は何も言えず立ち去った。

「ほんまは悪い奴やないねん。俺らの代になったら、頼りになる仲間や。」

「お前の似非関西弁も、うっとうしいけど、性格も暑苦しいな。」

「普通やっ!」


祐樹と中也は、相も変わらず自分たちの校舎にある更衣室で着替えている。

「祐樹、成長痛はどうなった?」

「そのまんま。膝も痛いし、肘もな。」

「一度、うちに来て、俊兄に見て貰うか?」

「勘弁してくれ。俊兄は、今でも俺の投手に反対してるだろ?下手したら、投手辞めろとか言い出すからな。」

「別に俊兄は、投手を反対してるんじゃなくて、成長期に投手をやるべきじゃないと言ってるだけだろ。」

「成長期の俺にとったら、同じ事だろ。俺も早くお前みたいに成長期が終わって欲しいわっ!」

「おいおい、俺の成長期を勝手に終わらせるんじゃねえ、まだまだこれからだっ!」

「お、おまっ、それ以上デカくなるつもりか?」

「おうよ。」

柏村中也、182センチ。まだまだ成長する気満々だった。


中也が家に帰ると、リビングには次男の俊輔が居た。柏村総合病院医療トレーニング技術センター長で、あるから暇であるはずはなく、日曜日と言っても、この時間に居るのは珍しかった。

「中也、今日、試合だったんだろ?」

「K大との練習試合だよ。」

「出場したのか?」

「7番ファーストで。」

「凄いじゃないか、K大付属はこの時期、1年は試合に出ないだろ。普通は。」

「さあ?祐樹も投げたし。」

「ほう、何回?」

「8,9の2回だよ。」

「そうか、前に成長痛とか言ってたよな。」

「まだ痛いとか言ってたよ。」

「何処が?」

「えっと、膝と肘って言ってたかな?」

「肩は?」

「肩は何も言ってなかったよ。」

「そうか、でも肘かあ・・・。どうせ来いって言っても来ないだろうな。」

「俊兄が、投手辞めろとか言うからだよ。」

「言うだろ、普通。成長期に投手なんて、やるべきじゃないんだよ。」

「そんな事言ってたら、祐樹はいつまで経っても来ないよ。」

「何かあってからじゃ遅いだろ?」

「そりゃそうだけど。」

「何か異変があったら直ぐ教えろよ。」

「あいよ。」


5月のゴールデンウィークに、K大付属は6試合の練習試合を行った。

祐樹は、その内の1試合を先発し、6回無失点という好成績を収めた。

「終わった。俺の短いエースナンバー人生・・・。」

長野は天を仰いだ。

「おい、長野!」

「はいっ!」

3年の真のエース田中に呼ばれ、即、返事をする長野。

「お前に来年、俺の番号を譲る。」

「24番をですか?」

「ああ、エースナンバーをお前にだ。」

「先輩、来年のエースは里中ですよ?」

「この馬鹿は、11番以外興味がないようだ。」

正直、長野は24番が嫌だった。

ベンチ入りベンバー25人。24番は、いわゆるケべ2。エースが付ける番号ではとてもなかった。

「不服なのか?」

「いえt、光栄すぎて自分には勿体なく思います。」

長野が思い描くエースナンバーは1。

「いいか、エースナンバーは3年が付けるものだ。下になんか譲るんじゃねえぞ。」

」・・・。」

長野は今年、背番号1を奪われ、ベンチ外に。来年は、なんとかベンチメンバーに選ばれそうだが、背番号がケべ2に決まってしまった。


「あかん。ベンチ入り出来んかった。」

1年明石は、練習試合で、先発に登板。5回3失点の成績で悪くはないが、良くもなかった。

「お前がベンチ入れず、大和がベンチ入りかよ。」

1年の石橋がいつものように文句を言った。

ボカッ。

思い切り頭をしばく明石。

「いてえっ。」

「ええ加減にせんと、しばくぞ。」

「しばいてるじゃねえか。」

「ちゃうわっ、今のは、ツッコミや。」

「何が違うんだ、どアホ。」

「どアホは、自分や。大和のピッチングみてないんか?」

「・・・。」

祐樹の力は練習試合で見て、十分わかっていた。それでも何というか、心の中がモヤモヤして認めたくない自分が居たのだが。

今年の夏のメンバーに1年からは、祐樹と中也が選ばれた。中也に関しては、2、3年含め、誰一人として文句を言う人間は居なかった。

といっても祐樹のメンバー入りに文句を言っているのは石橋ただ一人だった。

「大和、今年は無理すんなや。」

「は?」

「俺らの本番は、来年か再来年や。」

「来年はまだしも、再来年なんて戦力が不透明だろ?」

「そやな。山田先輩がおる来年が勝負か。」

「今年だって、戦力は十分だと思うがな。」

「あかん、その中に俺が入ってないやんけ。」

「・・・。」


7月に入ると夏の予選が始まる。

登板間隔をあけるため、土曜か日曜のどちらかにしか試合は無い。

強豪であれば投手を5、6人揃えるのも苦ではないが、弱小高ともなると二人揃えるのも難しくなる。その為、予選の時期を早めて、試合間隔をあける現在のような試合日程が組まれるようになった。


金属バットが全面的に廃止されて以降、投高打低が続いてはいるものの、センスがある者は木製バットを使いこなせていた。

金属バットが禁止されたのは、およそ100年前。

技術革新により、簡単にホームランが出るようになった。強反発素材リターナーの発明は高校野球いや、少年野球を含む金属バットを使う野球全てを変えてしまった。

高校通算500本なんて出た為、高野連はリターナーの使用を即座に禁止した。国内製の金属バットにはリターナーは使われなくなったが、中国やタイ製の物は、堂々とリターナーを使用した。悪質なものは、日本製と外見からは判断できないようなパチモンが出回り、高校野球界に蔓延した。

自体を重く見た高野連は、最終的に金属バットの使用禁止に踏み切った。それに合わせ、少年野球、リトル、シニア、ボーイズも追従し、日本国内で金属バットが使われる事は無くなった。


夏の予選1回戦、K大付属は、難なく初戦を突破した。6回までを、エースが先発し、里中が7、8、9回をキッチリ抑えた。

7番ファーストで、フル出場した中也も、5打数3安打1ホームランの活躍を見せた。

火曜日の練習の時、1年の石橋は、普段は決して話しかける事はない中也に話しかけた。

「なあ、バットは特注品なのか?」

「ああ、グリップ部分を自分にあうものにオーダーしてる。」

「そうか。竹バットで、飛距離を出す方法を教えてくれないか?」

練習中は、竹バットでシートバッティングしているのだが、中也か関係なしにバンバンと飛距離を出している。

ベンチ入りメンバーでない石橋は、シートバッティングには参加していないが、コツみたいなものがあればと思い勇気を出して聞いてみたのだが。

「方法と言ってもなあ。ミートするってことくらいしか。」

芯で捉えることができれば、竹バットでも飛ぶ。それは石橋にもわかっていた。

「俺がミートしたって、柏村みたいには飛ばないんだよ。」

「当てに、いってるんじゃないのか?」

「そりゃあ、芯に当てようと思うだろ?」

「バットスイングが最高速度の時に当たらないと意味ないんじゃないのか?」

「そ、そりゃそうだけど・・・。」

理屈はわかる。

バッティングにパワーは必要ない。

必要なのはスイングスピード。

まあ、スイングスピードを出すにはパワーが必要ということになるんだが。

「おい1年。スイングスピードもまだまだのお前らが、柏村にアドバイス聞くのは、1年早いんだよっ!スイングスピード上がるよう、しっかり素振りするんだな。」

石橋は、2年の先輩に忠告を受けた。

「はいっ!」

先輩に言われた時は、何であっても、はいと答えなければならない。まあ野球部に限らず運動部では、大体こんなものだ。

石橋が去った後、2年の先輩は、打席に入る前に中也に聞いてみた。

「しかし、まあなんだ。コツとか無いのか?」

「無いと思いますよ・・・。」

「そうだよな。」

2年の先輩は、渇いた笑いを浮かべて、シートバッティングの打席に立った。


練習中に、祐樹は、野球部の担当教師に呼ばれた。今では職業監督が禁止されており、監督というものがない。元々、一部のスポーツだけに監督が居たのが、どうかしていたのだが、それがわかるのに200年も要してしまった。なんでもかんでも慣例という、日本人の悪しき習慣のせいとも言える。

「どうだ?日曜日、先発行けそうか?」

「はい、問題ありません。」

「成長痛はどうだ?」

「まだ、時折痛みはあります。」

「一度、医者に診てもらうか?」

「そんな大げさな痛みじゃないです。ただの成長痛です。」

「俺の同級に、腕のいい医者がいるんだが。お前も良く知ってると思うがな。」

「まさか先生、俊兄の同級なんですか?」

「知らなかったのか?」

「全く。」

「そうか、中也は知ってるぞ。聞いてなかったのか?」

「聞いてませんでした。」

「それでだ。俺も色々煩く言われんのよ。あいつ、高野連のオブザーバーまでやってるからなあ。」

「そ、そうなんですか・・・。」

「一回くらい顔出しとくか?」

「遠慮したいです。」

「そうか、まあ、あれだ投球数もそんなに投げてないし、大丈夫だとは思うがな、とりあえず6回を目安に頼む。」

「わかりました。」


「2回戦先発だってな。」

聖域にある更衣室で着替えながら、中也は、祐樹に言った。

「まあ、初戦で里中先輩が3回も登板したからなあ、2回戦で登板はあるとは思ってたけど。」

祐樹は、現状、チームの5、6番手の投手という位置付けになっている。

「たまには、帰りにうちに寄るか?」

「お前もか?」

「何が?」

「どうせ俊兄の所に連れて行こうとしてるんだろ。」

「変な事、勘ぐるなよ。大体、俊兄が俺の家に居るのは、当たり前だろう。」

「仕事で忙しくて、普段は家に居ねえだろが。辞めとく。」

「チッ。」

「お前、今舌打ちしただろ?」

「してねえ。」

結局、祐樹は、中也の兄、俊輔の所へ顔を出すことはなかった。


2回戦、祐樹は3回を無失点に抑えたが、4回につかまってしまった。

無死1、2塁。

山田はマウンドに駈け寄った。

「どうした?」

「ちょっと左肘に違和感が。」

「そうか、直ぐ変わるか?」

「もう2回は何とか。」

「わかった、スクリューは辞めとこう。とりあえずストレートを試してみよう。外角に外してくれ。」

「はい。」

祐樹は、山田の要求通りに1球外した。

【8割ってところか、3番のコイツを抑えるのは厳しいか。】

山田はボールを投げ返す間に配球を組み立て直す。

2球目は外角低めのストライクを要求。

1塁線に強打。

横っ飛びで中也が止めるも、その間ランナーは進塁。

1死2、3塁で、打者は4番。

【3Fしてくれりゃあいいが、無理か。】

今の時代、3バントがなくなり、3ファール、これはチップも含むだが、それでアウトになる。

以前のようにファールで粘る事が出来ないようになっている。ピッチャーの投球数を減らすためと試合時間短縮の為だが、これが余計に投高打低に拍車を掛けていた。

2ボール1ストライク。

【最悪歩かすつもりで。】

山田は際どいコースを要求したが、甘く入ってきた所を打たれ2点タイムリーツーベースに。

点は、3-2。

まだ、K大付属校の1点リード。

【まあ仕方ない。】

肘に違和感がある投手に、スクリューどころか変化球を投げさす訳にもいかなかった。

さっきのタイムの時に、山田はベンチの先生の方へジェスチャーを送っており、既に2年の里中が投球練習を始めていた。

【さて、祐樹はというと。目は死んでないな。というかマウンドのあいつは、折れる事は無いか。】

6番7番に、いい当たりはされたものの、何とか追加点を取られる事はなかった。

「大和、痛みは?」

ベンチに帰って来た祐樹に先生が聞いた。

「痛みは無いです。」

「もう1回行けそうか?」

「はいっ!」

「くれぐれも無理はするなよ。」

4回裏、待望の追加点が入り、4-2と突き放した。

5回表、8、9番を難なく打ち取り2アウト。

1番打者に対し1ボール2ストライクと追い込んだが、その後、2球ファールを打たれる。

「完全に追い込んだ、その調子。」

山田は、祐樹に声を掛けながら返球する。

もう1球ファールを打たせば、それでチェンジとなるのだが、投手としてのプライドが邪魔をする。

6球目に祐樹が投げたのは渾身のスクリュー。

急にきた変化球に1番打者は反応する事が出来ず3振に終わった。

元より6回からは、里中が投げる予定であったが、三振の代償は高くついた。

ベンチに帰った祐樹は左肘を抑えていた。

「大和直ぐに球場裏口に行け。」

先生が指示する。

「アイシングも忘れるな。」

「先生、俺が祐樹を。」

中也が心配そうに申し出る。

「お前は試合に出てるだろ、大和一人で行けるな?」

「はい、大丈夫です。」

祐樹は、アイシングを終えると直ぐに球場裏口に向かった。

そこに居たのは、心配そうに祐樹をみる柏村俊輔だった。

「俊兄・・・。」

「痛いのは肘か?」

「う、うん。」

二人は自動運転車に乗り込み、病院へと向かった。

「無理をしたのか?」

車の中で俊輔が聞いてきた。

「大した球数じゃないし、無理はしてないよ。」

「成長腺が閉じてない難しい時期だからな。」

「4回戦、いや5回戦でもいいんだ。間に合うよね?」

「俺は医者だ。診断前に軽はずみな事は言えないよ。」

祐樹が病院で検査を終える頃、仕事をほったらかして、父親が駆け付けた。

「大丈夫か、祐樹?」

「今、検査が終わったから、今から俊兄が。」

「よし、一緒に聞こう。」


「左肘靭帯の損傷、全治6カ月だ。」

俊兄の診断結果に、愕然とする祐樹。

「じゃあ、この夏は・・・。」

「はやまるな、祐樹。」

「えっ?」

「全治6カ月と言ったのは、一般的な診断だ。スポーツ選手に対する診断じゃない。」

その言葉に、祐樹は、唾を飲み込んだ。

確かに6カ月も、まともに運動しなければ、投手としては使いものにならない。

「じゃあ、投手としては?」

祐樹は恐る恐る聞いてみた。

「リハビリ、トレーニング全て合わせて、全治2年だ。」

「な、何言ってんだよ。俊兄、それじゃあ俺の高校野球は終わったようなもんだろっ!」

祐樹は怒鳴るように声を荒げた。

「いいか、祐樹。今の高校野球はな。靭帯を損傷した時点で、試合には、もう出れないんだよ。」

100年前のOLL事件がきっかけで、一度、怪我をした生徒は専門医師の診断が無い限り、高校野球の試合に出る事は出来なかった。

「ふ、ふざけんなよ。俺に野球を辞めろって言ってんのかよ。」

「おい、祐樹。」

父親が落ち着かそうと祐樹をなだめる。

「誰もそんな事は言ってないだろ。高校野球を諦めろと言ってるだけだ。」

「同じ事だろっ!」

祐樹を落ち着かせるため、父親は祐樹を連れて、診察室を出た。

「祐樹、ちょっとここで待ってなさい。先生と話してくるから。」

コクリと頷き、ロビーにある椅子に座った。


「しかし、意外ですね。」

俊輔は首を傾げながら、祐樹の父に言った。

「祐樹は高校野球に思い入れがあったんですか?」

「いえ、私も聞いたことがありません。」

「小さい頃から、うちの弟と一緒に居たので、良く知っているつもりでしたが、祐樹の夢はプロ野球選手ですよね?」

「ええ、私もそう思っています。」

「今日の祐樹を見ていると、高校野球に強い思い入れがあるように思えたんですが。」

「妻にも、聞いてみます。」

「私も弟に聞いてみますね。」

「お手数かけて申し訳ありません。」

「いえいえ、祐樹も大事な弟と思っていますから。」

祐樹の父は、深々と頭を下げて診察室を後にした。


帰りの自動運転車の中で、祐樹は父親にお願いをした。

「親父の知り合いの医者に診てもらえないか?」

「どうしても高校野球を続けたいのか?」

コクリと頷く祐樹。

「その結果、プロ野球選手になれなくてもか?」

「ああ。」

息子の強い意志を汲み取って、自動運転車の行き先を知り合いの病院へと変えた。

「どうですか先生?」

検査が終わった後、父親は医者に結果を聞いた。

「全治4カ月ってとこでしょうね。」

「野球の投手としてはどうですか?」

祐樹が自身で質問した。

「まあ、リハビリやトレーニングをして1年てとこですか。」

「じゃあ3年の大会に出れるって事ですか?」

祐樹は少し声高になった。

「高野連の大会ですか?」

「え、ええ。」

「無理ですね。」

「そ、そんなあ・・・。」

「野球をやっているなら、100年前のOLL事件は聞いたことあるでしょ?」

「はい。」

「利き腕の靭帯損傷は、一発アウトですよ。ただまあ。」

「ただ?」

「高野連に知られなければ、何とかなりますが、その場合は、病院で診察したという事実を無くさなければなりません。じゃないと私が捕まっちゃいますから。」

医師は、笑いながら違法な事を堂々とぶっちゃけた。

「社長、うち以外で、診断されましたか?」

「ええ、柏村総合病院で。」

「うあ、そりゃ、もう無理だ。」

「まずかったですか?」

祐樹の父が医師に尋ねた。

「柏村俊輔先生ですよね?」

「え、ええ。」

「スポーツ医療の権威でもあり、それよりも何も、高野連のオブザーバーですよ・・・。」

そう言って医師は、打つ手なしとばかりに手のひらで顔を覆った。


2回戦は、5-2でK大付属が勝利し、3回戦へコマを進めた。3回戦は夏休みに入ってから行われる。

祐樹は、夏休み前の1週間1度も学校へ顔を出す事は無かった。

エスカレーター組には出席日数というものが存在せず、家の都合で1、2週間休むのもザラだった。


「ねえ、祐樹って海外でも行ってんの?」

エスカレーター組の女子が中也に聞いた。クラスは20人。全員が幼稚舎からの付き合いで、クラスメイトというより兄弟みたいなものだった。

「いや、家に引きこもってるだけだ。」

「何それ、2番目に似合わないんだけど?」

「ほう、ちなみに1番誰よ?」

「ゴリラっぽい奴じゃない?」

「喧嘩売ってんのか?」

「ねえ、そんなどうでもいい事より。」

「「・・・。」」

「祐樹は何で引きこもってるの?」

鈴木亜里沙が、中也に聞いた。

「あいつもう、高校野球出来ないんだよ。」

「野球が出来ないって事?」

「いや、高校だけだよ。」

「そう。」

亜里沙は、ホッと胸をなでおろした。

「だったら、どうして引きこもってるの?」

「さあ?俺にもわからない。亜里沙は、何かわかるか?」

「祐樹ってプロ野球選手になりたいのよね?」

「ああ、俺と同じでな。」

「中也が高校野球出来ないって言われてたら、どうする?」

「まあ、少しは落ち込むかもだが、大学野球に向けて頑張るだろうな。」

「さすが、単純なゴリラね。」

さっきまで言い争ってた女子が、中也に言った。

「ごるらあああああっ!」

中也は両手を上げて、女子を追いかけた。

女子は笑いながら、教室内を逃げまくった。

エスカレーター組では、いつもある兄妹喧嘩のようなワンシーンだ。


亜里沙は、祐樹が引きこもっている事をメールで、未菜に伝えたが。

【ほっときゃいいのよ。あんな奴。】

未菜から帰って来た返事はコレだった。


夏休み初日の夕方、祐樹は何をするでもなく、只々黄昏ていた。

電気も着けず薄暗い部屋で、机の上に伏せっていた。

「電気くらいつけなさいよ。」

いつものように、ノックもせず入ってくる無作法者にも、祐樹は見向きもしなかった。

部屋の中と同じくらい暗そうな祐樹を見て、未菜はため息をついた。

「くっらいわね。何、似合わない事してるの?」

未菜から話しかけられても、何も答えない祐樹。

「聞いたわよ。高校野球駄目になったんだって?」

ピクっと動いた。

「何とか言いなさいよ。」

バシンっ!

未菜は、何も答えない祐樹の頭をぶったたいた。

まるで屍のように動かない祐樹。

「せっかく私が来てあげてるのに、何なのその態度。」

「どうせ、俺の気持ちは誰もわからない。」

ボソッと祐樹は呟いた。

「当たり前じゃない。何なの一体?たかが高校野球でしょ?」

高校野球に青春全てをかける者がいる事を未菜は知っている。そんな人間に、たかがとかという言葉を使うほど未菜も薄情ではない。

「俺にとっては全てだったんだよ。」

「何が?」

「甲子園だよ、甲子園。高校球児の憧れだろっ!」

がばっと起き上がって叫ぶように言う祐樹。

「あんたの口から甲子園って初耳よ?頭吹いてんじゃないの?」

祐樹が甲子園なんて事を未菜の前で言った事は一度もない。祐樹の父親に聞いても、ここまで落ち込んでいる理由がわからないと言っていた。

「どうせ、お前は男との約束なんて覚えてないだろ。俺にとってはな、大事な大事な約束なんだよ。」

「ほう、面白い事言うわね。私が覚えてないですって?ミジンコの脳みそのあんたが言うの?」

「お、俺は・・・。俺はな、お前を甲子園に連れて行くって小さい頃に約束したんだよ。男との約束は、お前にとっちゃゴミみたいなもんだから、覚えちゃいないだろうけどな。」

祐樹は声を震わせながら、言った。

「初耳なんですけど?あんた亜里沙と間違えてるんじゃないの?」

「こんな大事な事、間違えるわけないだろ!」

「今どき、甲子園連れて行くって、漫画やアニメでも言わないわよ。そんな事、いつ言ったのよ?」

「多分、幼稚舎の頃だよ。」

「へー、何処で?」

「そんなもん、こ・・・。」

甲子園と言おうとして祐樹は言葉を止めた。祐樹の記憶でも未菜と甲子園に行ったことは一度もない。

じゃあ、テレビを見ながら?

未菜と旅行へ行ったり、バーティーで合ったりと遊んだ記憶は多々ある。が、テレビを見るなんて事をしただろうか?いや一度もないはずだ。

じゃあ、何処で?

祐樹は、思い出そうとしても、記憶を呼び起こすことが出来なかった。

「ほら、祐樹、何処でよ?」

「・・・。」

祐樹は答える事が出来ない。

「そもそも、私、高校野球なんて見た事ないわよ?野球に興味ないんだから。」

未菜が、野球に興味がないのは、昔から知っていた。

でも・・・と。

祐樹の中で何かが引っ掛かる。

二人で野球を見ながら約束した、昔の思い出。

未菜と他の女性を間違える事は絶対ない。

あれは、夢だったのか?

どんどんと思考の渦に飲み込まれそうになる。

「本当に相手は私なの?」

「俺はお前以外の女とは約束しない。」

これだけは、断言できた。

未菜にとっては、煩わしい事だが。

「あんたと私が、野球を見た事はあるわよ。」

「!!!、何処で?」

今度は逆に聞いてしまった。

「ドームよ。年間招待席っていうの?何度か行ってるでしょ?」

「あっ。」

金持ちならではの年間招待席。その中でも特上の通常、VIPルームと呼ばれる所へ、友達を招待したことは多々ある。もちろん未菜とも、何度か行った記憶もある。

そして、ようやく一つの記憶が掘り起こされる。


その日の試合は、球界のエースと呼ばれる投手がマウンドに立ち、完封勝利を収めた。投球制限がある高校野球とは違い、プロには制限はない。

そんな球界のナンバー1投手をVIP席から見ていた幼稚園児の祐樹は、とんでもない事を口走った。

「未菜ちゃん、いつか俺、球界のナンバー1になるから。」

所詮、幼稚園児の戯言である。

幼い未菜は、憧憬の眼差しで祐樹を見る。

「そしたら、お嫁さんになってくれる。」

コクリと頷く未菜。


「うあああああああああああっ!」

突如、叫び声をあげる祐樹。

「うるさいっ!」

ようやく思い出した祐樹は、大声を上げるほどの衝撃を受けていた。

甲子園に連れて行くとかいうレベルの問題ではない。結婚の約束をしていたとは、思いもよらなかった。

というか、こんな大事な事を、今の今まで忘れていた自分が恥ずかしいというか、頭にくる。

「ふふふ、未菜。思い出したぞ。」

「ミジンコの脳みその癖に。」

「今更、無しとか言うなよな。」

未菜は、呆れていた。

幼稚園児の約束なんて、無いようなもの。

しかし、まあ落ち込んでいる馬鹿は鬱陶しいので、あえて無しとは言わない。

「ねえ、祐樹。わかってんの?」

「何がだよ?」

「球界のナンバー1投手よ?」

「そ、それがどうした?」

「甲子園に出場するのとは訳が違うんだけど?」

甲子園に出る事も大変な事。

しかし、毎年、甲子園に出る選手は、1000人以上いる。大して球界ナンバー1投手は、毎年一人しか居ない。リーグ別に見たとしても、たったの二人。

甲子園出場と球界ナンバー1投手では、天と地ほどの差があった。

しかし、現状の祐樹の状況を考えた場合、甲子園出場は0%だが、球界ナンバー1投手は0ではない。

「先に言っとく。勝手に嫁に行くんじゃねえぞ?」

「あんた私が男と結婚なんかすると思ってんの?」

ないな、100%ない・・・。

「見てろよ、絶対、ナンバー1投手になってやるからな!」

「そんなのは、せめてプロに入ってから言いなさい。それより祐樹、そのフォトいつのよ?キモイんだけど?」

そう言って未菜は、机の上に置かれたフォトフレームを指さした。そこに映し出されてるのは、幼稚舎の頃の未菜。

「あんたロリだったの?ま、まさか私の千鶴の事狙ってるんじゃ?」

「狙うかっ!殺されるだろがっ。お前、小学校から公立へ行っただろ、無いんだよ、いい写真が・・・。」

「しょうがないわね。喜びなさい、今日は制服で来てあげたのよ。」

そう言って、くるりと周り祐樹に制服姿を見せた。

「それ、おまっ、AS女学院の制服じゃないか。」

ようやく制服姿の未菜に気づいてゴクリと唾を飲み込む祐樹。

そもそもAS女学院の生徒なんだから、当たり前なんだが。

「一枚だけよ。」

そう言って、未菜はピースサインでポーズをとった。

震えながら携帯端末を操作する祐樹。

パシャ×24。

24連写をかました。

「このアホっ!」

バシンっ。

祐樹の頭を引っぱたく未菜。

「1枚だけって言ったでしょ?」

結局、祐樹は24枚写すことに成功した。


未菜が2階にある祐樹の部屋を後にして、1階へ行くと祐樹の父が心配そうに待っていた。

「未菜ちゃん、祐樹の様子はどうだった?」

「小父さま、もう心配ないと思いますよ。」

その言葉に安堵する祐樹の父。

「もういいの?」

刈茅一鈴が、未菜に聞いた。

「ええ、伯母様。」

「今日は、わざわざ、本当にありがとう。一鈴ちゃんも忙しいのに、本当にすまない。」

「いえ、お気になさらずに。」

未菜と一鈴は、車に乗り込み、大和家を後にした。

一鈴は自動運転車に乗る事は無い、自分で運転するからだ。特殊な免許と、高価な車が必要になる為、自分で運転する人間は金持ちに限定されてしまう。

未菜たちが乗った車の後ろには、バイクが1台追走していた。バイクにも特殊な免許と、べらぼうに高いバイク代が必要になってくる。警察以外で、バイクを見かける事が、殆どない時代だ。

黒のヘルメットに、黒のライダースーツに身を包んだ、ライダーは美しかった。そのボディラインは、見たものを虜にしてしまう美しさがった。

「祐樹君は元気になったの?」

一鈴は、運転しながら隣に座る未菜に聞いた。

「落ち込んでいたのが嘘なくらいにね。」

「へえ、キスでもしてあげたのかしら?」

「するわけないでしょ?伯母様何を言ってるの。」

どうやら色っぽい話はないようだ。一鈴は、少し残念に思った。

「それより、伯母様、桜雅クイーンの話、何故断ってくれなかったの?」

「あら、あなた出場したかったんじゃないの?」

「まさか、私が出たい訳ないでしょ。」

「じゃあ、どうして?」

「学院長に無理やり・・・。」

「それこそ断ればよかったでしょうに。」

「前に、助けて貰ってるし・・・。」

借りがある分、未菜に断る事は出来なかった。

「そう言えば、颯希さんとはうまくやってる?」

そう言ってバックモニターで、バイクで追走している颯希の方を見た。

「仲良くやってるわよ。」

「それは良かったわ。」

「颯希さんが来たのは、二葉伯母様の差し金?」

「そうね。」

「対応が速すぎるんじゃない?」

事件があって即日、護衛付というのは、いくら何でも。隣がちゃっかり颯希の部屋になっていたし。

「元々、二葉が勝手に手配してたのよ。事件が無くても同じ事になってたわ。」

「・・・。」

「その二葉なんだけど。」

「まだ何かあるの?」

「桜雅クイーン、張り切ってたわ。」

「勘弁してよ。出来レースでしょ、あれは。」

「そうね。完全な出来レースよ。」

「じゃあ何で、張り切る訳?」

「そりゃそうよ、出来レースってのは、出走前に結果が決まるのよ。今、動かないで、いつ動くのよ。」

「取る気なの?」

「あら、取るのはあなたでしょ?」

「最悪だわ・・・。」

「あら、学院長は大喜びすると思うわよ?」

「学院長って、なんか桜雅クイーンに拘りでもあるの?」

「そりゃあ、あるでしょ。AS女学院は、今では名実ともに日本一の女学院よ。その女学院から桜雅クイーンが出た事は一度もないのよ。」

「AS女学院というより、関西からでしょ?」

「そうね。関東の人間はね。千年以上も前から関西にはコンプレックスがあるのよ。」

「何それ。」

みやこへの憧れかしら。」

「首都は500年以上、東京じゃない。」

「東京は一度として、みやこと呼ばれた事は無いわ。」

「東の京でしょ?」

「西の京って知ってる?」

「何それ?」

「結局、東だ西だとついていたら駄目なのよ。」

「そんなものかしら。」

「そんなものなのよ。そもそも桜雅クイーンはAS女学院に対抗して出来たようなものだしね。」

「そうなの?」

「日本一の女学院は、渡しても日本一の女子高生は渡さないみたいなね。」

「結局、金持ちたちの見栄とか僻みの塊みたいなものってこと?」

「ぶっちゃけて言うとそうなるわね。」

「うげえ・・・、そんなもの私要らないわ。」

「言ったでしょ?レースは走る前から決まってるって。」

未菜は、うんざりした。



K大付属は、結局5回戦で敗退し、夏の甲子園予選が終了した。

1年生のうち、中也、明石、石橋の3人が、祐樹の家を訪れた。行こうと誘ったのは意外にも石橋だった。

「行きたければ二人で行けばいいだろ?」

中也がぶっきらぼうに言った。

「お前、幼馴染だろ?」

石橋が非難した。

「あいつの辛気臭いとこ見るの嫌なんだよ。」

「なんやそれ、こういう時、幼馴染の出番ちゃうんか。」

明石が言った。

「そういう役目の幼馴染は、普通女だろ?」

「そうや。でもな俺ら野球バカは、なあ。」

「居たら苦労しねえよ。」

そう言って石橋は相槌をうった。

「居るんだよ。祐樹にはそういう女の幼馴染が。」

「なんやてっ!」

「何か急に行く気が無くなってきた。」

「だから俺ら、男の出番はない。」

「なあ、柏村、その幼馴染って可愛いの?」

石橋は、ちょっとだけ好奇心が沸き、聞いてみた。

「可愛いくはない。美人ではあるが。」

「しなすっ!よっしゃ、3人で、大和殺しに行こうやっ!」

明石が物騒な話をしだした。

「落ち込んでる奴を殺すなよ・・・。」

中也が諫める。

「なあ、もう辞めるか、行くの?」

言い出しっぺの石橋が、中止を提案するが、自動運転車は、大和家へと到着した。

「腹立ってきたわ。」

大和邸を見て、明石が言った。

「なるほど、これが格差社会というやつか。」

「何言ってんだお前ら?」

「お前、この豪邸見て、何とも思わんのかっ!」

「辞めとけ明石、こいつも金持ちだ。」

「そうや、忘れとった。」

3人を出迎えたのは、左肘をギブスで固定した祐樹だった。

「何だ、お前ら?」

「おい、話とちゃうやんけっ!」

明石が、中也に聞いた。

「刈茅が来たのか?」

中也が、祐樹に尋ねる。

「べ、別に・・・、ただ寄っただけだ。」

「なんやと美人の幼馴染が来たんけ?」

「おい、大和、お前いっぺん死ね。」

「中也、こいつら何しに来た?てか何で連れて来たんだ。」

「俺も今、後悔してるとこだ。」

祐樹の部屋に移動した4人だが、まだ明石と石橋の悪態は終わらなかった。

「なんやねん、このくっそ広い部屋は、8人部屋ですか?えっ?」

「ほんと、金持ち全員死ねっ!」

「よし、中也、とりあえず、この二人しばけっ。」

バシっ、バシッ。

中也は手のひらで、二人の頭をぶったたいた。

「何すんねん。」

「いてえじゃねえかっ。」

「お前ら何しに来たんだ?マジで?」

中也が二人に問う。

「金持ちのボンボンをシメに来たんや。」

「おう。」

「よし、祐樹、悪かったな。この二人は連れて帰るわ。」

180センチを超える長身と怪力で、二人を無理やり連れ去ろうとする中也。

「嘘や、ジョークや、シャレがわからんのんかい。」

首を絞められ文句を言う明石。

「言い出しっぺの人間は、どうなんだ?」

逆の腕で首をぐるりと締め付け、石橋に聞いた。

「シャレだ、シャレ。マジ落ちるだろ。離してくれ。」

中也は、呆れたため息をつき、二人を離した。

「あのな大和。」

いつも祐樹には悪態しかつかない石橋。

「なんだよ?」

「野球辞めるなよ?」

「辞めねえよ。何言ってんだお前。」

「辞めへんのか?高校野球絶望って嘘なんか?」

明石が聞いてきた。

「いや、俺の高校野球は終わったよ。」

「やっぱ、そうなんか・・・。」

愕然とする明石。

祐樹と共に甲子園を目指そうとしていた分、ショックは他のチームメイトよりも大きい。

「投手は?」

「辞めねえよ。まあ大学からになるだろうけど。」

「そ、そうか。」

ホッとするように安心する石橋。

「なんなんだお前?」

いつもと態度が違う石橋を不審に思う祐樹。

「そんな言うてやるなや。石橋はな、リトルリーグ肘で投手出来なくなったんやから。」

「そ、そうなのか?」

「そうだけど、野球が出来ない訳じゃあない。」

投手の祐樹を一番やっかんで、怪我したら一番心配して、その理由が自身のリトルリーグ肘だった。

「でも、よかった。全然落ち込んでなくて。学校も一週間休んだっていうから心配したんだぞ?」

「あのなあ、石橋。俺らエスカレーター組は、出席日数なんてあってないようなもんだ。長期休み前に休むのはザラなんだよ。」

「なんやねん。心配して損したわ。」

「本当にな。」

「だから、行かなくていいって俺が言っただろ。」

「もっと、強く言えや。」

「いや、来てよかった。」

石橋は、来てよかったと告げた。

「なんでやねん。」

「大和の元気な顔が見れただけでいいだろ。」

「きしょいわっ!」

「引くな・・・それは。」

「俺も引いてしまう。」

祐樹は、背筋がゾッとするものを感じた。

「なんだ、お前ら。いい事言ったろ、俺は?」

「もうええ、ホモ橋はほっとこう。」

「そうだな。」

「ホモ橋言うな。」

「なあ、大和一緒に、甲子園目指そうって言ったの、すまんかったな。」

「それは、こっちのセリフだ。力になれずすまない。」

「気にすんなや。まかしとき。俺が甲子園連れてってやるさかいに。」

「お前の方がきしょいわっ!」

石橋がさっきの仕返しとばかりに突っ込んだ。

「なんやねん。今ええとこやろ。ホモ橋は黙っとけ。」

「お前がホモ石じゃっ!」


「本当、悪かったな。やかましい奴ら連れて来て。」

「まあ、たまにはいいさ。」

「なあ、大和は野球部辞めるんだろ?」

石橋が聞いた。

「いや、残る事にした。」

「なんでや?別にスポーツ科じゃないやろ?」

スポーツ推薦組は、怪我した場合は、マネージャーとして部に残るのが、通例になっている。

「K大付属は、トレーニング施設も充実してるから、それを使わせてもらおうと思ってな。」

「俊兄に相談したのか?」

「ああ、俊兄もそうした方がいいって。それに野球部の先生と俊兄は、同級生らしいし、その辺の話も通してもらった。」

「よっしゃ、来年は、甲子園のスタンドから応援頼むで、俺と柏村が、甲子園連れいくさかいに。」

「ちょっと、待て、俺は?」

「お前もスタンドから応援やろ?」

「ベンチに居るわっ!」

「そんなん、来年の1年に凄いの入って来たら、どうなるかわからんやろ?」

「うっ・・・。」

現状、3年が抜けてのギリギリベンチ入りの状態では、来年の夏は、新入生が入学してくる為、海のものとも山のものともわからなかった。

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