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タイムリミット  作者:
雪だるま
3/5

ライアー

雪だるま視点

 俺は、目の前でえぐえぐ言いながら泣いている女の子の作った雪だるま。


 ――な、ワケ無い。れっきとした人間だ。


 だって、普通、ありえねえだろ? 雪だるまが人間になるなんて。普通、ありえねえ、だろう?


 なのにこの子と、この子のばあちゃんは、信じた。それはあっさりと。まあこの子……美雪は、最初こそなんだかんだ言ってたけど。けど、結局信じちまった。バカだろう。間違いなく、バカだろ。まあ、俺にとったら都合はいいんだけど、さ。


 俺は繋いだ美雪の手を離して、ゆっくり頭を撫でてやる。条件反射や、職業病と言ってもいい。ゆっくり、ゆっくり。泣き止ませる。


 真由子、という名前に過剰反応した美雪。俺がその名前を知ってることに驚いたみたいだったけど、今朝方うなされながら寝言で言ってたの、自分なんだからな。


「やめてよ恥ずかしい」

「泣いてるほうが恥ずかしいだろ」


 お、言葉につまった。やっぱりこいつ、面白れぇ。


 よし、一宿一飯の恩だ。この俺が悩み相談を受け付けてやろう。もちろん無料サービスだぜ。


「なあ、美雪」


 頭を撫でながら、できるだけ甘く聞こえるようにささやく。耳に届いたんだろう、ビクリと身体が反応したのがわかる。うん、わかりやすい。


「何か苦しんでるんなら、俺に言ってみなよ。泣いてちゃわからない」


 恐る恐る、俺を見る。そして必要以上に近付いている顔にびっくりして、また下を向いた。この初心うぶな反応が新鮮で、おもしろくて、ついつい事あるごとにからかっちまうんだよな。


 また泣いてない、なんて明らかなウソをつくもんだから、俺は頭を撫でていた手を頬に移動させた。熱い。顔は見えないんだけどまた真っ赤になってんだろうな。


 笑っちまいそうになるのをなんとかこらえて、至極真面目な雰囲気を作る。これに騙されない女はいないんだ。


 ほら、この子も。


 顔を上げたりはしないけど、迷っている雰囲気が伝わってきた。もう一押しだ。


「美雪」


 全力を出して、名前を呼ぶ。するとゆらりと小さな頭が揺れた。よし、きた。


「雪だるまのくせに。雪だるまなんかに言っても、わかんないもん」

「俺、雪だるまだから、言ってもいいんじゃない? わかんなくても、聞くだけならできるから」


 小さくボソボソと俺……というか、雪だるまを罵るように言いながらも、知らない、から、言ってもわからない、に言葉が変わった。


 ああそうかも、と思ったんだろうか。リップすら塗っていない、ちょっとカサカサした唇をあけたりしめたりして躊躇してる様子が、小動物っぽいなあと、物珍しげに見ている時だった。


「やっだー、リュウ、リュウじゃない?」


 鼻にかかった、甘ったるい声が聞こえてきた。振り向いて見れば、見たことない女。客、なんだろうが、見覚えがない。ちっ、誰の担当だよ。


「なんでこんな所にいんの?」


 その女は甘ったるい声を出しながらも、俺がベタベタと触っている美雪が気になって仕方がないみたいだ。美雪もふいにかけられた声に驚いて、顔をあげた。ぷ、やっぱり真っ赤。


 でもここでバレちまったら困る。俺、この子とばあちゃん、気に入ったんだ。もう少しだけ、ここにいたい。だから。


「美雪、ちょっと待ってて。一緒におばあちゃんのところに帰ろ」


 わざと女にも聞こえるように、美雪に声をかけた。そしてベンチから立ち上がり、女に近く。


「おばあちゃんって、リュウの地元、ここー? うっそ、やっだあ」


 テンションが上がりだした女は、思惑通り美雪を家族だと認識したらしい。チラチラとさっきとは違う雰囲気で気にしだしたから、さりげなく女の腰に手を回して「ここじゃちょっと」と小声でささやいた。家族には秘密だ、と暗ににおわせて。


 計算高い女でよかった。すぐに俺に向かって物わかりのいい笑顔を見せ、歩き出す。


「すぐ戻るから」


 美雪にそう言ってから、俺は女を連れてショッピングモールの中に戻っていった。律儀にあの椅子で待ってるだろうな、と思いつつ。


 ロッカーが数個並ぶ、人通りの少ない場所。カツン、とヒールを鳴らして女は立ち止まった。


「ごめんねえ、妹さんいるのに。泣いてたんじゃないの?」


 こいつ、絶対んなこと思ってないだろ。俺の腕にしなだれかかり、わざとらしくムネを押し付けてくる。店にいるときならこういう行動をする女は可愛いバカだと思ってたけど、今は鬱陶しいだけだ。


「ああ、ちょっと喧嘩しちまってな」

「うけるー。リュウでもケンカなんてするわけー?」

「そりゃそうさ」


 一体何がおかしいんだ。なんて細かくツッコミ入れる俺は、自分でも気付いていないけど、きっとイラついているんだろう。泣いてる女の子を置いてきちまったんだから当然か。


 手っ取り早く終わらすために、俺は腰を曲げて女の耳元に口を寄せた。


「来週の金曜日に来てくれる? キミのために、時間をあけておくよ」


 そう言った瞬間、女の目がキラキラと輝きだした。「マジ!?」と聞き返してきたから、そのままの体制で軽く彼女の頬に自分の頬をあてる。ビクリとしたけどそのまま動かない。美雪だったら発狂してるかも、と思うとちょっと笑えた。


「本当さ。だからここにいたことは内緒にしててくれよな?」

「んなの、あったり前だよ! うっそみたいうっそみたい! なんてラッキーなのっ」


 きゃあきゃあと女が飛びついてきた。


「あ。でも私、高いお酒あけられないわ」

「黙ってくれたら、俺が一本あけてやるよ」


 嫌いなタイプじゃない。良くも悪くも正直だ。でも、ごめんね、全部ウソだ。だって、俺は店から逃げ出したんだから。


 来週までには俺はここを離れるし、美雪は冬休みが終わって実家に帰るから。


 この女が俺を見たって店で話すころには俺らの足はつかないはず。


 金と権力にまみれたアルコールやフルーツ。虚勢や見栄で飾られたスーツやドレス。きらびやかではなやかで、楽しかった。最初は。でもナンバーワンとかナンバーツーの小競り合いや店長からかけられたハッパに嫌気がさして、俺は誰にも何も言わずに消息を断つことにした。


 店が終わって明るくなった空、部屋には帰らず電車に飛び乗った。


 行き先なんざ決めちゃいない。なんとなく電車を乗り継いで、終着点までやってきた。寂れたビジネスホテルでマズいメシを食い、今度はバスを乗り継いでここらへんに到着した。


「じゃあ、約束な? 忘れんなよ」

「忘れるわけないじゃん!」


 名前も、店に来ていたことすらも知らなかった女はちょっと名残惜しそうに、それでもちゃんと引くタイミングを心得て「またねリュウ」と手を振った。



 ベンチに戻ると、美雪はぼんやり空を見上げていた。やっぱり同じ場所にいたこの少女の将来が少し心配になったりした。


「ごめんね、待った?」

「ちょっとだけ。雪だるまなのに、知り合いがいるの? まさか、あの人も雪だるま?」


 雪だるまの存在を完全に常識として認めてしまっている美雪に、俺はたまらず吹き出した。


「ちょっと! なによ人の顔を見て笑うなんて失礼すぎない?」

「かわいいからつい」


 その素直さも疑うことを知らない純粋さも。


「あれは、雪うさぎだよ」

「雪うさぎっ!? じゃあ、リュウってのは雪だるまの名前?」

「あだ名かな。雪だるまがみんな雪だるまだとわかりにくいだろ」


 もっともらしく言ってやると、ほら、また。世の中って不思議に満ちてるだなんてブツブツ言ってるけど、俺からしたら美雪や美雪のばあちゃんが不思議なんだぜ?


「んじゃ、帰ろ、美雪」

「ん」


 また手をつないでやろうとしたら、すごい早さで避けられた。あーあ、と思っていたら、ちょっとドヤ顔で見られたから、なんかまた笑ってしまった。


 しかし、悩み相談を受けてやるつもりだったんだけど、タイミングを逃しちまったな。


 まあ来週まで時間はあるし、また、次でいいか。そう考えながら、帰りのバスの中、眠ってしまった美雪をコッソリと自分の肩にもたれかけさせた。起きたときの反応を、見たかったからだ。もちろん、それだけだ。


 がたがたがたと、バスが揺れる。昨日、俺がいきなりあらわれた時の美雪の様子を思い出して、頬がゆるんだ。あのときの、顔といったら。


 ブラブラと行くアテもなくこのあたりをうろついてた昨日。久々の雪に、ガラにもなくテンションがあがってた。ぎゅ、ぎゅ、と積もった雪を踏みながら歩いていたら、河原の下に見える家の庭で、一生懸命雪だるま作ってる子がいた。


 雪だるまなんてながらく見てないし、時間と金は腐るほどあるから、なんとなく、本当になんとなく見ていたんだ。ふたつの雪玉がかさなって、女の子は自分のしてたマフラーを雪玉にかけた。雪だるまが完成だ。


 んで、どんな出来か、良く見たくなって、身を乗り出したら、滑った。足を、滑らせた。


 26年生きてきて、あんなに盛大に転げ落ちたことなんてない。とにかく俺は雪だるまめがけて落ちたんだ。


 やばい、と思った時にはもう、目をまん丸に見開いた女の子が真っ正面にいて。ああ、どうすっかな、と思ってると「ゆきだるま」と女の子が言ったんだ。


 だから、冗談のつもりで「そう、俺、雪だるま。いまキミがつくった、雪だるまだよ」とニコニコしながら言った。そう、冗談だったんだ。なーんちゃって、雪だるまこわしてごめんよって、言うつもりだったってのに。なのに。


 あまりにも俺の言葉を額面通りに受け取った女の子が面白くなっちまったんだなこれが。


 雪だるまにかけていた赤いマフラーを拾ったときに「三年二組、大山美雪」と書かれてた。女の子は美雪って名前で、どう見ても中学生か高校生。ということはずいぶん物持ちが良いタイプだって、すぐにわかった。


 俺が落ちてくるところを見ていないにしても、ありえねえってわかれよ。ばあちゃんもだ。


 ただ、あんまりにもコタツと、ばあちゃんと、梅昆布茶があったかすぎて、俺は「冗談」を「嘘」に切り替えちまったんだ。


 だってばあちゃんはあったけえし、美雪は面白れえし、もうちょっと居たくなっちまったんだよ、な。


 でも。


 ――がたがたがた。揺れる古いバスの窓から見る風景に、コンクリートがなくなってきた。積もった雪が少し溶け出して、太陽の光をまぶしく反射してる。美雪の起きる気配は、無い――


 罪悪感なんてなかった。笑えるジョークの延長線。雪だるまのフリをして、雪だるまっぽくふるまって。罪悪感なんてなかったのに。今朝とは違って、平和そうな寝顔を見せる美雪を見てると、なんとも言い難い気分になっちまう。


 もうちょっとだけ。もう、ちょっとだけ。


「ごめん、な」


 嘘ついて。


 せめてこの出来心からの嘘が、ばあちゃんとこの子にとって真実であるように、ちゃんと雪だるまでいるから。もう、ちょっとだけ、ここにいさせて?


ライアー(意味:嘘)/ 了

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