042 誤解
ジョギングを終えると、チビはちょっとお高めの焼肉屋に連れてってもらった。ここは黒毛和牛専門の焼肉屋さんであり、駐車場にもスポーツカーや高級車ばかりが並んでいる。その中でもミラベルは普通の日本車に乗っていたので逆に目立つ。本当はこの店の誰よりもお金を持っている筈なのに、お店の人には貧乏人に思われてしまっただろう。しかもジョギングを終えたばかりだから二人は軽装をしている。他のお客さんはこれまた高級な服に身を包んでいるのにだ。
「失礼ですが、お客様のような貧乏人には当店に相応しくないですね」
テーブルで待っていると、一人の店員がそう言ってきた。恐らく、ミラベルの事を知らないからそんな発言が出来るのだろう。見るからに、その店員はサッカー派の人間に思える。すると他のお客さんもチビ達に気が付いたのか、冷ややかな目線を送りつけてくる。
「あらそうですか。それでは帰りましょうか」
ミラベルがそう言って席を立とうとした瞬間だ。後ろからものすごい勢いで他の店員が早歩きしてきたと思うと、先程の失礼な店員の髪を掴んで無理矢理体勢を低くさせた。
「バカ野郎。天下のプロ野球選手様になんて口を聞くんだ! すぐさまVIPルームにお連れしろ」
すっかり大汗をかきながら、彼は必死に頭を下げていた。ところが失礼な店員はまだ信じられないという様子で頭を上げようとしていた。恐らく貧乏人に頭を下げるという行為を許せないのだろう
「こ、このような者達が野球選手なのですか」
「愚か者め。見て分からんのか、この方は2000本安打を達成したミラベル様だぞ。本来ならば、お前のような人間が軽々しく口を聞いてはいけないのだ。私も含めてな」
「し、失礼しました。すぐさまVIPルームにお連れします」
先程の店員はそう言うと、今度は他のお客さんと同じような振る舞いで接客を始めていた。どうやらこの店は見るからに貧乏人な人はお断りのようで、チビのような二軍選手はミラベルがいないと相手にもされなかっただろう。それと同時にミラベルが本当に超一流の選手だと改めて感じさせられる瞬間だった。そしてVIPルームに行くまでに、お客さんの目線が変わったのは言うまでもない。さっきまで憐みを送っていたにも関わらず、今度は尊敬と驚きになっているのだ。
 




