107 スランプの原因
ミラベルは2000本安打を達成した大打者だ。他の動物出身の選手よりもベテランでありながらも、若手を積極的に指導してくれるコーチ的な匂いを醸し出している。そんなミラベルとのお食事はとても有意義だと考えられた。テーブルに置かれた数々の高級料理に舌鼓を打ちながら、チビは自然と涙が零れそうになった。これだけ頑張っているに何で自分は他の選手よりも遅れているんだと、卑屈な思いが内なる身体に芽生えてしまっていた。誰よりも遅くまで練習している自負はある。疲労困憊の中で成長の兆しを見せながら、本番に臨めば凡打ばかり繰り返す。魅力の少ない選手だと自分でも分かっている。足もそこそこ速いのに、盗塁数が少ないのもメンタルの影響だと分かっている……分かっているが打開策が見つからないのも悩みどころの一つだ。それを踏まえて、ミラベルの助言を問うのだった。
「なんで僕は他の人よりも落ちこぼれなんでしょうか。試合が終わっても寮に帰れば2000回近く素振りをして、野球以外の全てを捨てて練習しているのに」
チビの中では練習こそが全てになっていた。徹夜してまで練習するのはさすがに非効率的なのでやってはいないが、時間の余る限り野球に撤しているのは確かだ。飯を食ったり風呂に入っている以外は大抵、野球の事ばかり考えている。1軍で使ってもらうためには最低限の打撃力も必要だ。野球の賭けが非合法とされていた昔は、守備力に定評さえあれば1軍に出場出来たらしいが、今は時代が許さない。守備で魅了するよりもホームランやサヨナラヒットを打って豪快なプレーを魅せる方が観客も悦ぶのだ。今では守備で魅せる選手など一握りのエリートだけだ。大抵の選手は打撃力で勝負して観客を喜ばせようとしている。目の前で上品にワインを飲んでいるミラベルが一握りのエリートであるのは秘密だが。
「あのね……練習漬けで疲労困憊した身体で試合に出て、良い結果を残せると思う?」
ミラベルの一言は稲妻の如く鋭く突き刺さった。確かに彼女の言う通りなのだ。毎日毎日夜遅くまで素振りをして泥のように眠り、疲労感が抜けないまま翌日を迎える。試合の際は自分が自分じゃない感覚に陥って、身体が鉛のように重たい。その理由を今まで分からなかった自分がどれだけ愚かなのか……もはやそれは計り知れないレベルだ。普通に考えれば分かる筈だ。疲労困憊の状態で試合に出ても、本調子のプレーは見せれないと。試合に臨む際はコンディションを整えてからという基本的な常識さえも忘れて、ただがむしゃらに技術を向上したいと焦って努力を続けていたのだ。素振りでいくら技術が上がろうとも、体調が悪ければ結果を残せないのは当たり前だ。そんな当たり前の事にさえ気が付かなかった自分に否定的な思いをしつつ、チビは身体の内側から燃え上げるような決意を噴火させていた。