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アリバイ ダイイングメッセージ 三人の容疑者

作者: 藤笠 紺

 私、黒江裕仁は出不精な高遠健一と共に、発売されたばかりの推理小説、「アリバイ ダイイングメッセージ 三人の容疑者」を買いに出かけていた。

 待ちに待った最新刊であり、仕事の都合上で発売日当日に購入することができず、いつ売り切れてしまうかと夜も眠れなかった。

 帰ったら、寝る前には読了してやる。そして、明日の朝起きたら、二度読みをする。これがまたたまらない。初読の際、気づかなかった伏線に気づくため、違った読み方ができる。


 そんなことを考えていると、突然女性の悲鳴が聞こえた。

「ん?何だ?」

 高遠は、あくびをしながらのんきに言う。

「おい、明らかに危機的状況に遭遇した女性の悲鳴だろ!どれだけ、鈍感なんだ君は」

 私は、高遠を置き去りにして悲鳴がした現場へと向かった。

 オフィス・カネマル。こぢんまりとした建物の入り口に四十代半ばに見える女性が後ずさりしながらこちらを見た。

 そして、建物内を指差し、震えた声で、

「金丸さんが……金丸さんが死んでるの!」

 オフィス・カネマルの事務室では、備え付けられた金庫の隣で一人の男性がうつ伏せの状態で倒れていた。

 男性は、頭から血を流しているらしく動く気配もない。

 遅れて事務室にきた高遠も目つきが変わった。

「裕仁、警察に連絡するのだ」

「ああ……」

 高遠は現場を見渡し犯人が潜んでないかを確認していた。もっとも、血が乾いているので、犯人はとっくに立ち去っているだろうが。

「物取りの仕業か……」

 金庫は開けられていて、中は空っぽだった。

 すると、高遠は何かに気がついた。

「この人……犯人の名前を残しているぞ」

 男性の近くに倒れていた観賞用植物の土に、文字が書かれていた。男性の指に土が付着していることから、この人が書いたものに違いはなさそうだ。

「ダイイングメッセージ……なのか?」

 高遠はボソと呟く。

「どういうことだよ?」

「見てみろ。土に書かれたメッセージを」

『ヒラヌマ』

 はっきりと残された文字。しかし、クイズ番組と違うのは、直接犯人の名前が書かれているのだ。

 警察が到着したのは、それから5分後のことだった。


「では、死体を発見するまでの詳しい状況を話して貰いませんか」

 白鳥と名のる四十年配の刑事が訊ねた。

「い、いつもの時間に合わせて、事務室の清掃にきたのですが……室内が暗くて、鍵をかけ忘れて出かけてしまったのかと思ったのですが、給湯室から事務室を覗くと、金丸さんが……」

 今岡文子と名のる女性は、このオフィスの清掃員で、週に一回ここを訪れるらしい。

「なるほど、そこで驚いたあなたはオフィスの外へ出て助けを求めた。そこへ、偶然通りかかった黒江さんと高遠さんが我々に通報したということですね」

「あの刑事さん」

 高遠が不意に訊ねた。

「被害者の死亡推定時刻はどうでしたか」

「ああ、それならとっくに調べはついています。順を追って説明しましょう。殺害されたのは、金丸原蔵さん、五十二歳。この会社の社長です。まあ、会社といっても社員は雇ってないようですが。金貸しで、独身だそうです。死因は詳しく調べてみなければ断定はできませんが、被害者の出血量からして頭蓋骨骨折でしょう。凶器は、遺体の側に転がっているブロンズ製の花瓶で、死亡推定時刻は、今から二時間前の午後一時から二時の間です」

「そうですか……この犯行は外部犯によるものでしょうか」

「そう考えるのが妥当な線ですが、内部の可能性も十分あります。なによりの証拠は、被害者が残したメッセージです」

 白鳥刑事は、植木鉢からあふれ出た土を指差した。

「これには、『ヒラヌマ』と書かれています。実に楽な話です。犯人は、ヒラヌマという人物に間違いないでしょう」

 ミステリーの世界ではよくダイイングメッセージが使われる。作者にとっては便利な素材で、簡単に謎めいた雰囲気を作れる。しかし、大抵の場合、ストーリーが不自然になるのだ。なぜ、死ぬ間際に犯人の正体を明かしておこうと考える被害者がいないのか。どうして、暗号めいたものにするのだろうか。私にはさっぱりわからない。安易な謎作りは、自分の首を絞めることになるはずだが……

 だが、今回の事件はいたって簡単だ。被害者が気を利かせて、犯人の名前を残してくれた。これは時間の問題。ヒラヌマが見つかれば速攻解決!

 そう思ったのも束の間、現場にヒラヌマが現れたのだ。

「か、金丸さん……いったいどうして。どういうことですか刑事さん」

「その前にあなたのお名前をお聞かせ願いましょうか」

「あ、はい。私は平沼俊成と言う者です……」

 平沼俊成。誠実そうな人柄である。なかなか男前の、彫りの深い顔立ちが、今は、神経質な様子を通り越した重い深刻さで灰色になっている。至って普通のポロシャツとジーパン姿なので、なんとなくおかしく見える。

「ほほ〜平沼さんですか」

「なんです、その勝ち誇ったような顔つきは」

「実は、殺害された金丸さんの残したダイイングメッセージがあなたの名前なのですよ」

「なんだって?!」

 白鳥刑事は続けて訊ねた。

「あなたは、今日の午後一時から二時の間、どこで何をしてましたか」

「アリバイって、やつですか。いいでしょう、その残されたメッセージが作られたものだと証明しましょう。その間は、友人と遅めの昼食をとっていました。ファミレスの店員に確かめさせてください。一時から二時の間は、ずっと店にいました」

「途中で、トイレに行かれたりは」

「五分くらい席を外したくらいです。けど、五分じゃ犯行は無理ですよ。そのファミレスからこの現場まで車をとばしても二十分はかかる」

「そうですか……すぐに確認を」

 白鳥刑事は、近くにいた部下に命令した。

「部下が戻ってくるまでに、今岡さん、あなたの行動もお聞かせください」

「わたしは、その時間、自宅にいました」

「それを証明できる方は」

「そ、そういえば、一時半頃に実家の母から電話があったわ」

「それは固定電話ですか」

「ええ、なんならすぐに確かめてください」

 白鳥刑事は、またもや部下に命令を出した。

 私は、高遠に訊ねてみた。

「なあ、高遠。今回の事件の犯人……アリバイ工作でも行ったのだろうか……」

「被害者が残したダイイングメッセージは、平沼さんを示している。今は、平沼さんが最有力候補だろう。アリバイについてはまだなんとも」

 すると、白鳥刑事は今度は平沼に話を振った。

「そういえば、平沼さん。今日はなぜここに?」

 私も疑問に思っていたことだ。

「そ、それは……」

「正直にお話ください」

「実は、金丸に借金していて今日借りてた分を返しにきたのです。金丸は、貸す時は仏の顔をしてますが、返せという時は、それはもう鬼の形相でしつこく……」

「なるほどなるほど……」

 その時、いかにもサラリーマンの格好をした何者かが勢いよく事務室に飛び込んできた。

「か、金丸さん……」

 先程の平沼と同じセリフだ。推理小説にありがちな、意外な発見というやつ。

「え〜とあなたは?」

 丸眼鏡をかけた気弱そうな男は、佐藤照昌という名前で、平沼と同じく借金の返済にきてたらしい。アリバイについては、ないという。

 おそらく、彼にも平沼にも動機はあるはずだ。借金返済に苦しんだ末の殺人。ありがちなパターンだ。

 佐藤は、平沼の姿を認めると鋭い視線を投げかけた。

「平沼さんじゃありませんか。お久しぶりですね。あなたでしょ、金丸さんを殺害した犯人は」

「何だと?!」

「刑事さん。その人はね、金丸さんを殺してやりたいと言ってたんですよ」

「それは、本当ですか」

「ええ、平沼さんと僕は昔からの知り合いでね、この前偶然事務室から出てきた平沼さんを見つけて二人で飲みに行きました。飲んでる内に、ぽろっと口にしたのが、『あいつを生かしてはおけない』だったのですよ……」

 その続きは、高遠が無理矢理私の手を引いてしまったので、聞けなかった。

「どうした高遠」

 いきなりだったので、声が高くなってしまう。

「裕仁君よ。そんな容疑者の罪のなすり合いなどを聞いてて、退屈しないのかね。僕は暇で暇でしょうがないよ。名探偵コ○ンじゃあるまいし、だらだらと引っ張り過ぎだよ。限りある人生を無駄にしないためにも、いらないところはカットしないと」

 私は呆然とした。ミステリーで触れてはいけなそうな部分を堂々と触れている。確かに、この数分高遠の発言がない。高遠にしてみれば、グダグダと容疑者が語っているのを聞くよりも、要点だけ抜き出して事件を速攻解決するほうが楽しいらしい。

 その後の調べで、今岡さんの証言通り、着信履歴が残っていることや、ファミレスの店員が平沼が友人数人と食事をしていたのを目撃してたことが判明した。つまり、あの二人にはアリバイがあるのだ。しかし……

「ダイイングメッセージの謎が解けないな……」

 白鳥刑事は腕を組み、ため息をついた。

 平沼にアリバイがある以上、ダイイングメッセージの意味がわからなくなる。なぜ被害者はヒラヌマと書き残したか。

 考えられる可能性としては、第一に犯人の偽装。第二に、被害者が犯人の姿を平沼と間違えたこと。第三に、クイズ番組にありがちなわざわざ暗号めいたものにしたこと。

 この中で、一番現実的なのは第一の可能性。真犯人が平沼に罪を着せるため、被害者の指を使い文字を残した。その次が、第二の可能性。平沼と佐藤の体格は、あまり似ているとはいえないが、死ぬ間際の人間なら見間違えることもありそうだ。非現実的な可能性は、暗号説。ヒラヌマの読み方を変えると違う人物の名前になるとか。しかし、文字はどこからどうみてもヒラヌマとしか読めず、サトウやイマオカには到底思えない。

 もしかしたら、今岡か平沼のどちらかがアリバイ工作を行ったとか。今岡はさすがに無理があるが、平沼は多いに可能性がある。席を外したのが五分ほど。その間に、何らかの奇想天外なアリバイトリックを施し、見事に殺人をやり遂げた。

 あるいは、アリバイのない佐藤がそのまま犯人か。これなら、ダイイングメッセージの偽装が当てはまる。しかし、これではあまりに単純で、マヌケすぎる。メッセージを偽装するくらいなら、アリバイを作れという話だ。

 あーー頭の中がこんがらがってきた。推理小説を読みすぎると、アリバイがある人を疑いたくなってしまう。こいつには裏があると。アリバイがないやつは、ミスリード要員。犯人ではない。と、思いきやその裏がある。そのまんまパターン。一体誰が犯人だろうか。高遠に意見を求めようとすると、姿がない。

 高遠は、隣の社長室に潜り込み独自で捜査している。すると、スボンのポケットからハンカチを取り出して、何かを拾った。

「これは……」

 黒いボタンだった。大きさからしてシャツについているものではない。またこの暑い時期にご立派なスーツを着こなす大人もそうはいないだろうから、ズボンのボタンだろう。

 高遠は三人のズボンに着目し、誰のボタンなのかをじっくり観察した。

「わかったよ裕仁。今回の事件の犯人が」

「ほ、ほんとうか。ならダイイングメッセージやアリバイなんかもわかったのか」

「まあ、そう急ぐでない。実に簡単な事件だよ。ぶっちゃけ、このボタン一つさえあれば、ダイイングメッセージやアリバイなどは関係ないのも当然だがね」


「さて、皆さん。今回の事件の真相が明らかになったので集まってください」

 高遠は、事務室にいる刑事やら容疑者やらに呼びかけた。

 すると、白鳥刑事は、

「何を言い出すかと思えば、高遠さん。確かに、不可解な点はありますが、外部犯の仕業ですよ」

「いえ、そうでもないのです。順を追って説明しましょう。まず、今岡さん。あなたは犯人ではありません。被害者の死因は断定はされてませんが、おそらく頭蓋骨骨折によるものです。いくらブロンズ製の花瓶で殴ったとしても女性の力では骨まで折ることはできません。せいぜい、重症程度でしょう。それに、固定電話によるアリバイはどうあがいても崩せませんから」

 今岡は、ホッとしたような顔つきだ。

「さて……残ったお二人ですが、先に結論を申し上げますと、佐藤さん、あなたが犯人です」

 佐藤は、一瞬だけ凶暴な炎を瞳の奥に燃えあがらせた。だが、それはすぐに消え、かわりに作り物にしてはよくできた、驚きと困惑が浮かびあがる。

「何を言い出すのかい、高遠君。私が犯人だって?じゃあ、あのダイイングメッセージはどう説明するのかな」

「あれは、あなたが被害者の指を使って、書かれたものです」

「根拠はあるのかい」

「平沼さんが犯人だとおかしな点があります。彼が、犯人だとすれば犯行の手順として、まず被害者を花瓶で殴った後、外部犯の仕業に見せかけるため、金庫からお金を取り出します。それから、なんらかのアリバイ工作を施したはずです。しかし、これが妙な話で、なぜ平沼さんはダイイングメッセージを見逃したのでしょうか」

「どういうことだ」

 私は訊ねた。

「あのメッセージが、死ぬ間際の人間によって書かれたとすれば、当然金庫からお金を取り出す際気付くはずです。金庫と被害者が倒れていた位置をよく思い出してください。金庫の側に被害者が倒れていたはずです。犯行を成し遂げた心理としては、その場から早く立ち去りたいはず。だとすれば、殴った後、すぐに金庫の方へ向かった。そして、お金を取り出した。その時、被害者がメッセージを残していたとしたら、犯人はすぐにとどめをさし、それを消すはずです。妙じゃありませんか。平沼さんは、今まさに容疑がかけられるものを残されているのに、それに気づかずその場を離れた。どこにもメッセージを残してまで、アリバイを作る理由がないのです。初めから、証拠を隠滅すればいいだけの話。回りくどいことをしなくてもいい。よって、平沼さんは犯人ではなく、残った佐藤さんが犯人ということになります。どうですか、納得いただけましたか」

「納得も何も、証拠がないじゃないか証拠が。そもそも、君の話だって空想にしか過ぎない。君の考えが及ばないような人間だっているかもしれないじゃないか。平沼さんは、焦っていて気づかなかっただけかもしれないじゃないか!」

 佐藤は、思わず天井に向かって吠えた。

「それもそうですな。けど、既に見つけています。証拠をね」

「なんだと?!」

 高遠はポケットから先ほどのハンカチを取り出してひろげた。

「黒いボタン……」

「大きさからして、ズボンの後ろのやつだと思われます。今岡さんは清掃にふさわしい格好なので除外。平沼さんは、私服な上、ジーパンをはいていて、色が合いません。あなたはスーツを着てますよね。ご確認ください」

 白鳥刑事は、佐藤の後ろへ周り目つきが変わった。

「ボタンがありません。なにかの拍子で外れてしまったのでしょう。これにあなたの指紋が付着していたら決定的な証拠になります」

「ちなみに、それは隣の社長室で見つけたものです。さすがに、そこまでは目がいかなかったようですね。以上、私の推理は終了です」

 佐藤が、突然ひれ伏した。

「すべて君の言う通りさ……私は借金が苦しくなってね。今回の計画を思いついた」

 とても計画と呼べる代物ではないが……

「外部犯の仕業に見せかけ金を奪う。最高じゃないか……」

 そう言った瞬間、高遠が私の腕を引っ張って外へ出た。

「では、これでさよならー!」

「おい、高遠?!」


「どうして、外へ引っ張りだしたんだ。いくら終わりが近いからといって、それはないだろう」

「裕仁。さっきもいったが、これは名探偵コ○ンじゃないんだよ。どうせ、グダグダと動機を語るはずさ。とても耐えられない。これ以上、犯人どもにアピールをしてほしくない。もううんざりなんだよ。 あれは、トリックが毎回違うだけで、動機は一緒なんだよ。ネタの尽きた作家のやることなんだよ。それをいちいち聞いてたら埒が明かない。わかるかね?」

 とまるで、学校の傲慢な教員のような口ぶりで言った。

 名探偵コ○ンは、毎週観ているが、高遠の言うとおり、動機がだいたい同じである。金○一少年のような壮大な動機ではないのだ。そりゃ子どもも観ているわけだから、トリックを重視してるのだろうが、もう少しなんとかならないものか。毎回同じじゃ面白くない。たまには、あまりに重すぎる動機もありではないのか。私にはそんな疑問が浮かびあがってくる。しかし、プロデューサーではないのでどうにもならないが。

 それはそうと早く新刊を買いに行かなければ……え〜と、タイトルは「アリバイ ダイイングメッセージ 三人の容疑者」……

 今回の事件じゃないか!














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