霧の街 異郷の街
ここは風が吹かない場所。
湧水があちらこちらで湧き出るせいか、常に晴れることのない霧が立ち込めており、視界はとても悪いのが特徴だ。
そんな霧で覆われた場所に、さほど大きくはない街が存在していた。
人はその街を『異郷の街』と呼んでいた。
そんな霧の立ち込める街に、二人の男女がやってきた。
二人は前の街で仕入れた情報を元にここまでやってきた。
前の前の街で手に入れた大金を使い、『セレブな旅がしたい』という理由から前の街でセグウェイを購入してここまでやってきた。なんともベクトルのおかしい二人である。
二人は霧の中を進み、街の目印である城門ならぬ街門の前でセグウェイから降りた。
「イテテ。もう腰が痛い」
「これなら車の方がいいわね。ずっとたってるとか正気の沙汰じゃないわ」
「ジェットコースターでもここまで立ちっぱなしのアトラクションはないぞ」
「まったく。誰のせいでこうなったと思ってるんだか」
「お前のせいだろ! 誰が『私、セグウェイで旅できたらセレブだと思うの』って言ってたんだよ!」
「馬鹿だな。後悔はあとで悔やむと書いて後悔なんだ。その時に後悔できるはずがないだろ」
「もっと計画的に生きろよ」
「たどり着いたからいいじゃないか。あんまりグチグチ言うと、その口にセグウェイを突っ込むぞ」
「どうやってだよ」
そんな掛け合いをしていると、街門の奥から衛兵らしき人影が現れた。
「旅人さん、ですかな?」
「はい」
「なんとまぁ、こんな辺鄙なところまで……何もないところですが、どうぞごゆっくりしていってください」
「ありがとうございます。この霧はいつもこんなに?」
「それがこの街の魅力ですからね。これが普通です」
衛兵に案内されて街の中に入ると、その霧はもっと濃さを増したように感じられ、コンクリートで舗装された道路の真ん中を歩くと、両脇にある削り取った石で作り上げられた家屋が霞んで見えるほどだった。
道路の真ん中には、一定間隔で背の高い街灯が設置されており、ぼんやりと見える街灯のおかげで先に道があることがわかった。
セグウェイは街門前に放置してきた。あとで取りに行く気はなさそうだ。
「手はつながなくても大丈夫か?」
「大丈夫だ。そんなに離れることもないだろう」
「繋ぎたくないの?」
「俺たち、そーゆー関係じゃないでしょ」
「まぁそれもそうか」
衛兵の話を聞きながら歩く。
この街では、霧のせいもあって、自動車を始めとした乗り物は規則で禁じられている。
この街では、霧を『神様』と讃えており、どこにでもある霧に常に見られているため、悪いことやなんかはすぐに見つかる、という方針だそうだ。
この街では、大量の湧水のおかげもあって、水を始めとした飲み物全般が飲み放題で、蛇口をひねれば出てくる水は使い放題。
この街では、霧のせいで太陽の位置がわからないために、時間という概念がない。
「では仕事とかはどうしているんですか? 私たちが見てきた街では時給というものもありました」
「基本的には仕事量と質で判断されています。なので、長い時間働いていようが短い時間しか働かなかろうが、どれだけやったか、どんな仕事をしたか、というのが重要視されています」
「お店の営業時間とかは?」
「結構適当ですね。開いている時もあれば開いていない時もあります。気分で営業しているところがほとんどです。ですが、これから向かうホテルは常に営業しているので、閉まっているということはありませんよ」
衛兵さんに案内されるがままにホテルへとたどり着いた二人。
ここで衛兵はまた街門のほうへと戻り、二人はホテルの中へと足を踏み入れた。
入口には観葉植物なんかも飾ってあったが、見たところ作り物だということがわかった。太陽の当たらないこの街では、植物も育たないのだろう。
さすがに建物の中までは霧は立ち込めておらず、二人はこの街に入って初めて霧のない場所を見た。
フロントにいた女性が笑顔で二人に声をかけた。
「ようこそお越しくださいました。この度はご宿泊で?」
「はい。二人で」
「お部屋はご一緒でよろしいですか?」
その質問に二人は顔を見合わせた。
男が眉を上げて表情で『任せる』の意を伝えると、女が代表して答えた。
「なるべく大きな部屋を一部屋。ベッドは別々で二つ用意されていると嬉しいです」
受付を済ませた二人は、案内された部屋へと向かった。
中に入ると、大きなリビングとそれの半分ほどの大きさの寝室が見えた。
シャワールームやキッチンなんかも設備されているらしい。
各自荷物を置くと同時に旅の疲れを感じて、とりあえず並んでソファにドサっと腰を沈めた。
「こんないい部屋とって良かったのか?」
「あるお金は使わないと。盗られでもしたらもったいないでしょうに」
「たしかに」
しばらくくつろいでいたのだが、女の腹の音により空腹を感じた二人は、そろって食堂へと移動した。
食堂はいくつかの円卓と椅子が並べられており、そこそこ高そうな雰囲気を醸し出していた。
そばにいたボーイに壁際の席に案内されたのだが、誰もいないのをいい事に、勝手に二人は真ん中の席へと移った。
戻ってきたボーイに一言詫びると、ボーイは笑顔で言った。
「いえいえ。構いません。お好きな席にお座りいただければ幸いです」
メニューを開いて値段を見てみると、意外にもお値段はお手頃で、そのへんの大衆食堂となんら変わらない値段だった。しかし、素材に限りがあるのか、メニューの数は少なかった。
そんな食堂でオススメだという『仔牛のステーキ』と『とんこつ麺』を半分こしながら食べ、空腹を満たした。
部屋に戻ってくると交代で、湯船に貯めた風呂に入って身体を温めた。
そしてすっきりしたところで、部屋にあったワインのボトルを開け、二人で雑談をしながら飲みきった。
「それにしても本当に暗いんだな」
「持ってきた時計がなかったら、本当に時間がわからないところだった」
「明日は何時に起きる?」
「この街に習って、起きた時に起きよう。互いに起こすことがないように注意してな」
「はいよ。じゃあおやすみ」
「ああ。おやすみ」
男が電気を消すと、真っ暗になった部屋の中で二人の寝息だけが聞こえた。
翌朝。
時間という概念はないものの、身体には『朝が来た』という感覚は染み付いているもので、二人はほとんど同じ時間に目を覚ました。
「同時か」
「時間は?」
「キチンといつも通りだ」
着替えて、リビングに置きっぱなしだったワインのボトルとグラスを片付け、昨夜と同じ食堂で、二人の間で好評だった『とんこつ麺』を食べた。
その後部屋に戻り、身支度をして荷物をまとめると、昼頃にはチェックアウトをした。
笑顔のフロントの女性に見送られてホテルを出た二人は、教えてもらった通りの道順で進み、目的の場所へとたどり着いた。
街灯を四つ分進み、その左手にある道へ進み街灯三つ、右に曲がって街灯七つ、そこの通りの二つ目と三つ目の街灯の間のお店。
「ここで車が買えると聞いて」
「はいよ。どんなのがご希望だい?」
またしても二人は顔を見合わせ、男が女にまたしても任せた。決定権は女のほうにあるらしい。
「乗っていても疲れない二人乗りの車」
入ってきた街門とは違う街門から街を出て、街門の外で車を受け取った。
金はさっきの店で払っておいたので、店主とは車を受け取るとそのまま別れた。
後部座席に荷物を置き、運転席に男、助手席に女が座る。
「いい座り心地」
「だな。次は何処へ行く?」
「野菜が食べたいかな」
「だな。味が濃すぎた」
「あの麺は何で作られていたんだろうか?」
「あれだけはさっぱりしてたから助かったよ」
「霧を抜けて、太陽が見えてから考えよう」
「じゃあ目指すは太陽だな」
「はい」
「んじゃ出発ー」
「ごーごー」
ブロロローと音を立てながら、霧の外を目指して走っていく一台の車。
そんな車を見送るように、今日も風の吹かない場所では霧が立ち込めていた。
おしまい。
前にツイッターで頂いた三題噺のリベンジでした。