誤解
腕の中で
眠る聡美の顔が
あどけない
少女に 映る
痺れる腕を
かばいながら
首を回すと
聡美が 目を覚ました
互いの顔を
見つめ合うと
照れ臭さだけが
残り
意外な程
罪悪感は
なかった
「おはよう」
掛け布団を握り
胸を 隠しながら
微笑む聡美に
捨てられた女の
面影は 消えていた
「これから
どうするの?」
優しい口調に
渦まく心が
止まる
「…警察に 行くよ」
「………そう」
「根本の遺体が
警察から
引き渡される前に
…間に合えば いいが」
「……そうね」
「とにかく
根本だけでも
誤解が 解けるだろう」
聡美は
寂しそうに
頷いた
胸に 顔を埋める
聡美が
真実の扉に
手を 掛ける
「…ねぇ
今回の事件
多村さんは
どう 思ってる?」
「……犯人の事か?」
「…そうじゃなくて
何故 こんなに
ややこしい事件に
なったのか
考えてみた?
一人の女性が
殺されるのに
絡み合う人間の数が
こんなにも
必要かしら」
たった一人
殺害する為に
取り囲む謎
依頼人が
『五十嵐』として
俺と根本を
【犯人】と【容疑者】に
仕立てる事は
計画的だっただろう
では
何の為に?
あくまでも
犯人を偽造する為だ
よく出来た
シナリオに 見えるが
突けは 脆く崩れる
積み木のように
危うい計画だったに
違いない
「私ね
犯人の手掛かりは
【被害者】に
あると思うの」
聡美の言葉に
忘れかけていた
被害者の顔写真が
脳裏に 蘇る
「…栗原 智子…か…」
「亡くなった方を
悪く言うのは
気が 引けるけど
……殺されるだけの
理由が あると
思うのよね」
「……ん」
「異常なまでの
警戒心が
この殺害に
必要だとしたら
栗原 智子の存在を
闇に鎖す為に
多額の金を
惜しみ無く支払う
人物が 居る
栗原は
愛人だったんじゃない」
……愛人
確かに
【栗原 智子】
喫茶店経営者には
違和感が あった
水商売の女性とも
また 少し違う
雰囲気を 漂わせた
冷たい表情
プライドの高い
……貴婦人のような
社長婦人でも
あるかのような
人を 見下す
冷徹な瞳
……いや
社長婦人ではなく
社長婦人に
なれなかった
影に葬られた
憎しみが
そう 見えたのかも
しれない
そうなると
五十嵐に
多額な資金が
払えるとは
考えにくい
現に
根本のマンションは
確実に存在する
ましてや
都心の新宿物件
手付金もなく
名義を取得するのは
有り得ないだろう
……五十嵐は
殺害を委託され
実行に 移したと
言うのか
では 何故
俺と根本を
巻き込む必要が
あるんだ
犯行を 偽造する為に
そこまでする
意味が 果たして
あるのだろうか
完璧なシナリオでは
なかった殺人事件を
実行に移し
栗原 智子を
殺害する事で
多額の金が
五十嵐に
流れるとしても
【身代わり容疑者】
報酬を 実際に
支払われているとしたら
いったい
五十嵐に
何が 残る
【犯罪者】
汚名だけが
………残る
【人殺しの代償】
……
俺と根本に
流れる事になるのでは?
ベッドから
起き上がると
聡美が 背中に
手を 当てる
「気が ついた?」
「………あぁ」
「裏切られた訳じゃ
なかったのよ」
「……そう言う事か…
……五十嵐が
報酬として
提示した額は
…五十嵐が
残して逃げた
………借金額
連帯保証人として
俺が 支払っている額だ」
その為に
五十嵐は こんな
腐り切った橋を
渡ったと
言うのか
「……根本は…
どうなる…?」
掛け布団のシーツを
巻き取り
胸を隠しながら
ベッドから
立ち上がる聡美が
髪を揺らし
「根本さんは…
残念だけど
自分の意思で
自殺を 選んだと
思うわ」
「……なんだと?」
「母親を失い
生き甲斐を
見失っていたとしたら
………私と同じ
生きてく価値が
なくなるもの」
「………聡美」
「心配しないで
もう自殺しようなんて
思ってないわ
貴方に 抱かれて
わかったもの
男なんて
何処にでも
居るものね」
大人びた顔で
妖艶に笑う
聡美の表情が
逞しく見える
「………それからね
多村さんは
根本の影武者じゃ
ないわよ
五十嵐さんは
本当に 貴方を
慕っていたの
年賀状の束に
五十嵐の葉書は
一枚も なかったじゃない
それほど
親しくは
なかった証拠よね」
さざ波のように
縺れた糸が
解けてゆく
最終的に
縛られた糸が
ひとつだけ
残った
【五十嵐】と【真由美】
柵に硬く
縛られた縄が
引き潮に
残されて
砂浜に
打ち上げられる
これだけは
解決が 出来ない
出来ないが
二人を 引き止める
柵が 俺だとしたら
食い止める事が
出来るのは
俺自身しか
居ない
子供達の母親を
犯罪者に
しない事
ただ
それだけだろう




