哀歌
ビール缶を
持ち上げ
喉を鳴らし
飲み干す聡美が
冷静な顔で
睨みつける
「どうして
本気だったと
言い切れるの?」
数秒 互いの目を
見つめ合い
溜息を ついて
俺は 目を
反らした
「……鞄だ
聡美は 何もかも
捨てる為に
身分証明となる
免許証の入った鞄を
コインロッカーに
捨てたんだろ」
物悲しい表情に
変わる聡美が
目線を 下げ
テーブルに置かれた
遺書に 視線を移す
「………そうよ
……真剣だったわ
発見された時
身分を隠す為に
鞄を ロッカーへ
隠したの
最後のプライド
……かしらね
【自殺する女】
そんな レッテルを
貼られてしまう
私自身を 守りたかったの
……でも 駄目ね
心の何処かで
私に気付いて欲しいと
願っていたのね
コインロッカーの鍵を
捨てられなかったわ」
ソファーから
立ち上がる聡美が
冷蔵庫から
ビールを 二本
引き抜き
ビールを
手渡しながら
ソファーに座り
笑顔を 作る
「…滑稽な話しでしょ」
意味もなく
ビール缶を
俺の持つビール缶に
当てて 乾杯を する
「……聡美
何が あった」
首を 横に倒した
聡美が
ビール缶を
頬に 当てて
「知りたい?」
寂しそうに
微笑んだ
哀歌を歌うように
静かに 囁く
聡美の声に
耳を 澄まし
ただ 黙って
聴いた
「私ね 同棲してたの
もう 同棲して
5年…経ったわ
同棲を 始めた時
私 まだ17歳だったの
家出同然の
【駆け落ち】
…なんて 胸を踊らせて
……子供だったのね」
はにかんだ聡美が
少女のように
照れ笑いを
浮かべた
「……5年も経てば
お互い いろんな事が
変わるわ
相手の欠点ばかり
責め合いだすの
つまらない意地を
張ったり
言わなくてもいい
言葉で 罵ったり
毎日 喧嘩ばかりして
傷つけあったわ
そして 彼は
浮気してた 女の所へ
逃げ込んで
………帰って来なく
……なったの」
唇を 震わせ
涙を 必死で
堪えながら
語り続ける
「彼を 怨んだわ
気が 狂いそうな程
彼を 憎み続けたの
私の青春時代を
返して……てね
全部 彼のせいにして
憎い憎い…と
言いながら
彼の匂いがする
シャツを 握り絞めて
………泣いたわ
帰って来て…って
何度も……泣いたわ
……なのに……」
溢れ出る涙が
聡美の頬を 伝い
ポタポタと
零れ落ちた
言葉に詰まり
震え出す聡美の
横に移動し
聡美の肩を
抱き寄せると
胸の中へ
顔を 埋めた聡美が
シャツを握りながら
必死に 言葉を
しぼり出した
「……昨日…
……家に帰ったら
…鍵が…
開かなくて
……大家さんに
…問い合わせ…たら…
…『解約しました』って
私が 仕事してる間に
荷物を 引き上げて
残った私の荷物は
『処分した』って
………私も……
ゴミとして
『処分』されたのよ…」
聡美の泣き声が
部屋中に
響き渡った
抱き寄せると
腕を 突っ張り
暴れる聡美が
反り返りながら
悲鳴を あげ
かすれた声で
叫び出す
「私なんか
死んじゃえば
いいのよ!
生きてたって
仕方ないじゃない!!」
…それは
聡美だけでは
ない
…俺も
俺も 妻に
捨てられた男だ
暴れる聡美を
押さえ込みながら
悔し涙が
とめどなく
溢れ出し
ボロボロと
零れ落ちた
聡美の苦しみが
鈍い槍となり
胸を 突き刺す
次第に体を 貫き
肉を切り裂く
痛みだけを
残して 消えた
浄化しきれない
残酷なまでの
傷痕を刻み込む
聡美の歎きを
獲物を捕らえる
貪欲な亡者のように
奪い取る
それは
自分の痛みを
飽和させる為の
手段として
搦め捕りたかった
だけなのだろう
抱え込む
残虐な悪感情を
吐き出した聡美が
力尽き
崩れ落ちた
何もかもを
燃え尽くした
焼け跡に残る
真っ黒な炭が
チリチリと
火花を放ち
静かに
鎮火してゆく
腕の中で
沈黙する聡美の
体温が 伝わり
優しく柔らかな
聡美の肌が
安らぎを
感じる
……聡美は
根本に 願いを
託したのかも
しれない
……彼に
捨てられた事より
…彼に
本当の気持ちを
伝える事が
出来なかった事が
何より
後悔の念として
聡美を
縛り付けて
いたのでは
ないだろうか
根本の気持ちを
宮内へ伝える事で
聡美は
自分の傷を
癒し慰めて
いたのだろう
命を絶った
根本と
命を絶てなかった
自分を
重ねて
いたのかも
しれない




